第2話 早瀬さん
昼休みになり、つい数分前まで行っていた授業の時間が終わった途端、静かだった校内が息を吹き返したかのように騒がしくなった。
鞄からお弁当を取り出し、仲の良いグループ同士で食べ始めるもの。食堂に向かうため友人と連れ立って教室から出ていくもの。
友人もいない俺は、鞄からお弁当を取り出し一人で教室から出た。
居心地の良い場所である中庭に向かうと、幸いにも誰もいない。
中庭に設置されたベンチの近くには木が植えられており、夏の陽射しを遮ってくれる。
そのため昼休みにおける人気スポットの一つなのだが、今日は人っ子一人見当たらない。
俺はベンチに座り、膝の上にお弁当を乗せ、一口ご飯を食べる。
うん、うまい!
ご飯を誰にも邪魔されずゆっくりと食べたい俺は、こうやっていつも誰もいないであろう場所を探し、一人で食べるのが学校での最大の楽しみなのだ。
俺が一人でベンチに座って食べていると、数人のグループがやってきた。
俺は祈る気持ちでそのグループが通り過ぎることを望んだが、俺の期待とは裏腹に、中庭に設置された別のベンチに腰を掛けた。
ああ、まじか……。
その喜ばしくない結果に落ち込んでしまう。
もちろん、中庭は誰が使ってもいい。だけど、どうしても一人で食べたい俺としては気分が沈んでしまう。
ただ近くに人が座っただけ。たったそれだけのことなのに、途端にご飯が味気無く感じた。
まるでゴムを食べているかのような感覚。
さっきまで普通に食事をしていたことができなくなってしまう。
俺はいつも何回咀嚼していた? 食べている姿はおかしくないか?
たぶん普段よりも多い回数咀嚼し、無理矢理ご飯を飲み込んだ。
喉が蓋をしているような感覚に陥るも、詰め込むように食事を流し込む。
だめだ、全然美味しくない……。
食欲がみるみる萎んでいく。
俺は嘆息し、食べかけのお弁当をしまい、ベンチから腰を浮かせて中庭から離れた。
次に俺が向かったのが、体育館裏である。
一般的に体育館裏とは、建物が陽射しを遮りジメジメとした場所を想像するだろうが、うちの高校は全くの逆。むしろ陽射しをモロに受けてしまう。
なのでこの場所は、夏は直射日光で暑くて避けらてしまう不人気なスポット。
体育館裏の扉に繋がる数段しかない階段に腰を落ち着かせると、俺は弁当の箱を開け改めて食事を再開する。
一口、二口食べ進める。中庭にいたときとは比べようもないほど旨味が口一杯に広がる。
うん、美味い。
やっぱり食事は一人で食べるに限る!
一気に食欲が戻り、あっという間に弁当を平らげてしまった。
なぜ一人じゃないとご飯を食べらないのか、いつ頃こうなってしまったのか、原因もハッキリと覚えていない。
たぶんだが、人が苦手なあまりその流れだと推測している。
弁当に蓋をして傍に置き、まったりと食後の休憩を取る。
一人は気が楽だなー……。
誰かといると気を遣うし、会話するのに色々と話題を考えないといけないから疲れるんだよな。
「あ」
俺がぼんやりしていると、短く驚く声が聞こえてきた。
まったく人の気配に気付かなかった俺は、ビクッと肩を震わせ慌てて声の主を探ると、すぐそばで緑髪が特徴の早瀬さんが立っていた。
やる気が全く感じられない瞳。三白眼というか、ジト目と表現すればいいのかな。
そんな、常にやる気スイッチをオフにしているかのような瞳で、早瀬さんは座っている俺を見下ろしている。
「珍しい、ここに人がいるなんて」
まずい、どうしよう。
これは今話しかけられているのか、それともただ大きい独り言を呟いているのか。
早瀬さんの雰囲気からはまったく読み取れない。
向こうは俺のことを知らないだろうな。なんせ向こうは二大美少女の一人であり、スクールカーストでいう一軍。
一方俺はというと、スクールカーストを作ったとしても、カースト外。アウトオブ眼中の人間。
もしかしたら早瀬さんは、制服を着ている俺を見ても同じ学校の人とすら認識していない可能性がある。
そんな人間から挨拶されたりなんかしたら、驚かせてしまうか、最悪、知らない人が話かけてきたと思われてしまうかもしれない。
しかし仮にもクラスメイト。知っている可能性も考えられる。
そうすると、逆に挨拶しないことで失礼なやつという印象を与えてしまう。
俺がどうしようかと考えを巡らせていると、早瀬さんは抑揚のない口調で続ける。
「私も、ここに座っていい?」
別にここは俺だけの場所ではない。
早瀬さんがどこに座ろうと自由だ。わざわざ俺に許可なんて取らなくても好きに座ったらいいのでは、と思いながらも聞かれたので一応俺は頷いておいた。
「ありがと」
早瀬さんはそう言って、俺の隣にちょこんと腰を下す。
ん、俺の隣に?
自分で確認しておいてなんだが、その事実に頭が混乱する。
いや、確かに体育館裏は誰のものでもない。どこに座ろうと自由である。
が、しかし、それが俺の隣だと話が変わってくる。
かといって、早瀬さんは確かに俺の確認を取ったので、拒絶することもできない。
俺は身動ぎひとつすらできず、石のように硬直しながら座り続けた。
腕を少し動かせば、彼女の身体に触れてしまうのではと思うほどの距離。
そんな至近距離にドギマギする俺とは違い、早瀬さんは落ち着いたようすでスマホを取り出し触り続けている。
やばい、近くに人がいるという状況。しかもそれが二大美少女の一人とあっては動悸が激しくなってきた。
緊張のあまり壊れた蛇口かのように汗が噴き出し、身体が小刻みに震え、奥歯がガタガタと鳴る。
挙動不審になっていく自分に、落ち着け落ち着けと自制すればするほど緊張が増していく。
チラッ、と横目で早瀬さんを確認すると、そんな俺に気付いていないようすで、変わらずスマホを弄っていた。
「ふっ……あははははは!!」
唐突に、早瀬さんが笑い声を上げ始めた。
いきなりの出来事に、俺は身体を震わせて驚いてしまう。
「あ、ごめん。いきなり笑って」
笑いすぎて目尻にたまった涙を人差し指で拭いながら、早瀬さんは謝罪してきた。
「えっと……、なにか面白いものでも見てたの?」
俺が早瀬さんのスマホを指差しながら訊ねると、どうやら違ったようで彼女は首を横に振る。
「ううん。この気まずい雰囲気のなかで、急に奇声を発したらとんでもない空気になるなって想像したらおかしくって」
え、こわ……。
なぜその発想に至ったのか。
「あ、もちろん奇声を発するなんて変なことしないから。想像しただけだから安心して」
早瀬さんはニッコリと、俺を安心させるように笑顔を向けてくれるが、急に笑い出すのも変わらないから。
……やっぱり早瀬さんって変わってるんだな。
噂に違わぬ奇行ぶりに、俺はさきほどまでの緊張が嘘のように無くなる。
かわりに、その狂人ぷりに恐ろしくなり、別の意味で身体が震えてきた。
この場から早く離れたかったが、俺が腰を浮かした瞬間、早瀬さんがまた変なことをし始めるのではと思うと恐ろしくて離れられず、昼休みの間、なぜか肩を並べて一緒に過ごす羽目になった。




