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第1話 二人の美少女

「ぎゃぁぁぁああああ!!」


 教室内に響く俺の悲鳴。


 窓から差し込む夕暮れの陽の光。あかね色に染まる教室の中央で、細い陶器のような指からは想像もできない力で俺の顔面を鷲掴みしてくる目の前の美少女。


 あまりの握力の強さに、頭の中でミシミシと骨が軋む音が伝わってくる。


 目の前の美少女は、サラサラとしたブロンドの髪を逆立てる勢いで振り回し、淡いブルーの色をした瞳を細め、キッと俺を睨めつけながらより一層指に力を込めて凄みを利かせた低い声で囁いた。


「わーすーれーろー」


 宙に浮いてしまうほどの握力で顔を掴まれ、痛みのあまり抵抗することもできず俺はただただ絶叫することしかできない。


 ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 これまでの出来事が走馬灯のようによみがえっていく。


 そう、俺は教室に忘れ物を取りに来ただけなのに。


        ※ ※ ※


 七月の容赦ない陽射しを一身に受けつつ、朝の通学路を歩きながら何度もスホマで時間を確認し高校に向かう。


 八時二十分。


 あと十分ほどで朝のHRが始まろうとする時間だが、それでも俺は陽炎立ちのぼるコンクリートの上をのろのろと歩いていた。


 俺以外の生徒だったら、そのギリギリの時間に慌てふためき走って学校に向かうであろう時間だが、俺は決して慌てない。

 むしろちょうどいい時間だ。


 そのまま炎天下の通学路をゆっくりと歩き、校舎に入るとちょうど予鈴が鳴った。

 クラスに向かうと、わいわいと賑やかに盛り上がっているのが教室の外からでも伝わってくる。


 疎外感に苛まれながら俺は教室の扉を開けると、何人かのクラスメイトが視線を向けてきた。

 が、それだけ。俺から視線を外し、友人と談笑することに戻る。


 俺に話しかけてくる生徒なんて一人もいない。

 それがいつものことなので特に気にもしない。


 自分で言ってて悲しいが、俺という存在はアニメや漫画でいう「モブ」という役割に近い。


 このままいくと、高校を卒業して同窓会が開かれても招待する知らせは来ないだろう。


 そして同窓会に俺がいなかったところで誰も気に留めない。

 むしろ誰が気にするのか。


 空気のような存在。

 なので、誰一人して俺に話しかけることなんてない。


 しかし、今日は違った。


 教室内で談笑するクラスメイトたちの間を縫うようにして自分の席に向かうと、鞄を机に置いた直後、背後から肩をポンッ叩かれた。


「おはよう、内野君」


「……へぇっ!?」


 まさか話しかけられるとは思いもよらなかったので、自分の名前――内野行孝うちの ゆきたか――を呼ばれているのにもかかわらず、反応が遅れてしまい、裏返った変な声が出てしまう。

 

 俺は振り返ると、クラスメイトの女子がニコニコと笑顔を浮かべていた。


「内野君っていつもこの時間だよね? HRが始まるギリギリに登校するから遅刻しないかヒヤヒヤしてたんだ」


「…………」


「内野君?」


「へっ!? あ、うん、そうだね!」


 や、やばい! まさか話しかけられるとは思わなかったから、他人事のように聞いていた!


 緊張のあまり一気に汗が噴き出してきた。


 声は裏返り、しどろもどろになりながら質問に答える俺の姿は、傍から見てもヤバい人物に見えるはず。それなのに目の前の心優しき女子は、そんなことをおくびにも出さず、笑顔のまま話しかけてくれる。


「今日さ、放課後にみんなでカラオケでも行こうって話になってるんだけど、内野君もどうかな?」


 放課後に、カラオケ……。

 そんなリア充みたいなイベントを俺が?


 みんなで仲良くわいわい騒ぎながら楽しく歌う姿を想像すると、胸が躍った。


 俺がそんな期待で胸を膨らませていると、カラオケを誘ってくれた女子の背後から、数人のクラスメイトが視線を向けてきていた。


 どうやら彼らは目の前の女子と同じグループなのだろう。俺たちのやり取りを注意深く見続けている。


 彼らの瞳は、誰も彼もが同じだった。

 不快、拒絶、嫌悪。


 言葉にはしていないが、その思いが伝わってくる。


 たぶんいつも一人でいる俺を気にして、彼女はカラオケに誘ってくれたのだろう。

 しかし、他の人は違った。それが彼らの瞳からありありと伝わってくる。


 俺は嘆息し、ゆっくりと首を横に振った。


「ごめん、今日は予定があってさ。カラオケは行けないかな」


「あ、そうなんだ。それは残念……」


「誘ってくれたのにごめん」


「ううん。じゃあまた機会があったら!」


 そう言い残し、俺を誘ってくれた女子は彼らのグループに小走りに戻っていく。

 そうして聞こえてくる彼らの話し声。


「せっかく誘ったのに、断るとか何様だよなー」


「ほんとほんと、こっちが気を利かせてるのに」


 わざと俺に聞こえるように、彼らは話し声を少し大きめにしているのがわかった。


 ああ、やっぱり人は嫌いだ。


 どうして断っただけでこんな風に嫌味を言われなきゃいけないんだ。


 俺だって断りたくて断ったわけじゃない。

 それに断るにしても最大限気を遣ったはずなのに、どうしてこんな嫌な思いをしなければいけないんだ。


 胃の中が嫌な気持ちで溢れかえり、気を緩むと涙が零れそうになった。


 人と話すとすぐにこれだ。こんな嫌な気持ちにさせるくらいならずっと放っておいてほしい。

 一人でいるのが一番気が楽なんだから。


 俺は吐き気と涙を堪えながら緩慢な動きで椅子に座る。


 教室の窓に視線を移すと、抜けるような青空が広がっていた。

 俺の汚れ切った心とは違う、青々とした空が果てしなく広がっている。


 外の風景を頬杖をつきながらぼんやり眺めながら、しかしどことなく寂寥感が心を蝕んだ。


 一人でいるのが楽だけど、やっぱり寂しいなー……。


 そんな矛盾した気持ちを抱えていると、隣に座って話しているクラスメイトの囁くような話し声が耳に届いた。


「やっぱり桐野さんは美人だよなー」


「俺は断然早瀬さん派だな」


 桐野さん、早瀬さん……。


 話題の中心人物である二人は、そんな話し声が聞こえていないようで、少し離れた場所で仲良く楽し気に会話をしていた。


 桐野きりの 真理愛まりあ早瀬はやせ 麻衣まい


 うちの学校での二大美少女である。


 二人には悟られないように顔は一切動かさず、眼球だけそれとなく視線を向ける。


 二大美少女の一人である桐野さんの容姿で真っ先に目を惹かれるのは、その日本人離れした容姿だ。


 髪はブロンドのロングヘアーで、瞳は淡いブルーに染まっている。

 それも美容院で染めたとか、カラコンを付けているとかじゃなく、正真正銘、生まれつきその身に備わっている色。


 所謂、ハーフらしい。


 背は高く、涼やかに通った鼻筋、瞳はパッチリとした容姿は、まるでアニメや漫画から飛び出てきたような美少女。


 あまりに整った容姿に、どことなく近寄りがたい雰囲気を感じてしまう。


 片や早瀬さんはというと、こちらもまず目立つのが緑色に染まったショートヘア。


 こちらは地毛というわけではなく、自ら染めているようだ。


 しかし桐野さんのような冷たい印象を受ける外見とは違い、小柄故か、幼い容姿をした早瀬さんは、どことなく守ってあげたくなる印象を持ってしまう。


 が、そんな第一印象とは違い、学校での早瀬さんの評判は変わり者で通っている。


 噂によると、話をしている最中にいきなり走り出したり、校庭で変な模様を描いたりと、奇行が目立つ。


 早瀬さんはいつも首にヘッドホンをかけていて、そこからはお経が聞こえるのではと囁かれている。


 住む世界が違う二人と、ボッチ陰キャな俺が交わることなんて決してないと、このときは思っていた。

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