第38話 桐野さんとデート
デートと言って差し支えない、待ちに待った桐野さんと出掛ける当日は嫌になるくらい晴天だった。
雨じゃないだけマシかもしれないが、暑くてたまらない。
早瀬さんのときにも着て行った一張羅を身に包み、俺は駅前に佇みながら今か今かと桐野さんがやってくるのを待っていた。
正直、これをデートと言っていいか自分でも疑問が残るが、好意を持っている女性と出掛けるならデートと思った方がやる気が上がるのでそう思っておこう。
内容がエロゲーの聖地巡礼という、デートとは程遠いことは除くとして。
場所は最寄駅から十分ほど。
俺は行ったことがないが、どうやらコラボカフェとして有名な喫茶店があり、それ目当ての客がよく訪れる場所らしい。
スマホで時間を確認すると、集合時間まで十五分前。
緊張のせいかよく眠れず、家にいても落ち着かないので俺は無駄に早めに待ち合わせ場所に着いてしまった。
とりあえず腕を上げ脇の下に鼻先を近付け匂いチェック。
臭くはないけど、もしかしたら緊張で匂いが気になるかもしれないので、一応念のために制汗スプレーを吹きかけておく。
身だしなみを入念にチェックしていると、遠目からでもわかるほど全身からオーラを放っている人物がいた。
ブロンドのヘアーを靡かせた美少女、桐野さんだ。
手を上げかけた俺はその姿に一瞬、気圧される。
桐野さんの恰好は夏の直射日光対策なのかキャップを被っていて、ライトブルーのクロップド丈のシャツと、ハイウエストのスカート。
スタイルの良さをこれでもかと引き立たせ、その美貌と合わさってやたらと目をひく。
今からこんな美少女とデートするのかと考えると、怖気づいてしまう。
「お待たせユキユキ。まだ十分前なのに早いわね!」
怖気づく俺とは違い、桐野さんが軽く手を振って気軽に話しかけてくる。
「あ、いや、俺も今来たところだから……」
二十分前から待っている俺だが、とりあえず定番のセリフを言っておく。
もちろん桐野さんが美人なのは知っていたが、私服は初めて見た。これはズルいな……。
あれだけ入念に身だしなみをチェックしたにもかかわらず、桐野さんを目の前にすると緊張で髪の毛一本すら乱れてないか気になってくる。
カチコチに固まってる俺を、自然なようすの桐野さんが言葉を続ける。
「今日は晴れてよかったわね。今日は絶好の、エロゲー日和りだわ!」
思わず俺はズッコケそうになった。
うん、いつもの桐野さんだ。
なんか緊張してるのが馬鹿らしくなってきた。
たしかに私服姿は素敵だが、中身が変わったわけじゃない。なら、俺も自然体で過ごそう。
「桐野さんの私服、オシャレでとても良いね」
だから俺の口から褒め言葉が自然とこぼれる。
桐野さんが目を丸くして、驚きに満ちた表情を俺に向ける。
「へー、意外。ユキユキの口からそんなスマートな言葉がでるなんて」
とても失礼なことを言われた。俺だって褒め言葉の一つや二つ言えるさ。
俺が顔をしかめていると、桐野さんが白い歯をのぞかせてニコリと笑って肩を叩いてきた。
「ありがとうね。お世辞でも嬉しいわよ」
お世辞じゃなくて本音なんだけどな。
上機嫌になった桐野さんがまたもや俺の肩を軽く叩き、スキップする勢いで先を歩き始めた。
俺もその背中を追いかけ、一緒に電車に乗り込んだ。
休日の少し混み合った電車に揺られること十分ほど、ホームに降りた桐野さんが感嘆の声を上げる。
「わー、ユキユキ見てみて! ゲームと一緒の景色よ!」
遅れて俺もホームに降り、桐野さんと横に並んでその景色に感動した。
目の前に広がるホームベンチや柱の位置、駅名標の場所までエロゲーで見た背景とまったく同じであり、まるで自分がエロゲーの世界に入り込んだ錯覚を覚える。
主人公が転校してきてこの駅に着き、最初にメインヒロインに出会う場所ということもあり、感慨深いものがある。
「ちょうどここ! 転校してきた主人公を待ってたヒロインが立ってた場所!」
桐野さんがエロゲーの立ち絵と同じ場所に立ち、俺に笑顔で語り掛けてくる。
二次元から出てきたような美貌の持ち主がエロゲーと同じ場所に立つと、まるで主人公の視点になった気分だ。
スマホを何度も構えては下し、桐野さんはもどかしそうにしている。
「あー、できれば写真撮ってみたい!」
「やめておいたほうがいいかもね。許可が必要かもしれないし、他の人の迷惑になるかもだから」
もしかしたら撮るだけなら許可なんて必要ないかもしれないけど、禁止だったときや写真に写り込むのが嫌な人がいるかもしれないので、一応自制しておいた。
「それもそうね。ならこの目に焼き付けておくわ」
両の手の親指と人差し指を使い、目前で組み合わせた桐野さんは、長方形型の指の窓を作る。
その指の窓を通して覗き込んだ景色をしっかりと記憶するように、それからしばらくその場から動かなかった。




