第37話 聖地巡礼
『聖地巡礼するわよ!』
スマホから響いてくる大声が鼓膜を容赦なく叩きつけ、頭の芯が溶けてしまうような激しい耳鳴りがキーンと鳴り響いた。
俺は耳元からスマホを遠ざけ、改めて画面を見ると通話相手の桐野さんの名前が表示されている。
聖地巡礼という訳の分からない発言に、俺は嘆息してしまう。
俺が自室でゴロゴロしているとスマホが振動し、毎日セットしている目覚まし以外で鳴ることがあまりないうえ、使ってもソシャゲや時計を確認することしか用途がない悲しいデバイスが通知を知らせたのは、桐野さんにエロゲーをプレゼントした晩のこと。
ごくまれに早瀬さんからメッセージが送られてくることがあるので、今日も彼女からかなとスマホを確認した俺は息を呑んだ。
まさか桐野さんからメッセージがくることがあるなんて。
想い人からの連絡に鼓動が高鳴り、嬉しさと緊張で震える指でなんとか返信すると、通話がかかってきた。
唐突な通話なんて桐野さんや早瀬さん以外だったらイラッとするところだが、好きな人からの通話なら喜んで出てしまう。
『ユキユキって、週末なにか予定でもある?』
開口一番そんなことを訊かれたら、即答で「なにもない」と答えるに決まってるじゃないか。
これがクリスマス直前で、同じバイト先の人に訊かれたら勘繰ってしまうところだが、そんな心配することはない。
次の桐野さんの言葉が「デート」であることを期待しつつ、それを見事に裏切ったのが冒頭のセリフだ。
そりゃ都合のいいことだと分かってはいるけど、少しは期待しちゃうじゃん。
夢から覚めた気分になり、俺は再度嘆息して発言の意味を訊いた。
「聖地巡礼ってどういうこと?」
『ユキユキ知らないの? アニメや漫画とかの舞台になった場所を聖地って呼ばれてて、そこを巡ることを聖地巡礼って言われてるわ』
「それは知ってるけど、どうして急に聖地巡礼なんてしたくなったの?」
『最初に貸したエロゲー覚えてる? そこの聖地が意外と近いのよ』
へー、そうなんだ。それは知らなかった。
『しかも! 今ならなんと、そのエロゲーとコラボカフェをやってるの店もあるのよ! これは行くしかないわ!』
最初は静かに語っていたはずなのに、徐々に桐野さんは舞台役者のように声を響かせ、発言していくたびに自分の言葉に火をつけられたようで、どんどん声が大きくなっていた。
またもや俺は耳元からスマホを放し、そのままの距離で話を続ける。
「なんでまた俺を誘ってくれたの?」
『他に誰と行くのよ。あたしがエロゲーやってるのはユキユキと麻衣しか知らないんだから』
そりゃそうか。
エロゲーじゃないとしても、聖地巡礼なんてその作品を知らない人と巡ってもなにも楽しくなさそうだし。
『それとユキユキには恩返ししたいし』
「恩返し?」
『あんな高いものをプレゼントしてもらって、なにも返さないってわけにはいかないわ』
「あれは普段から桐野さんにエロゲーを貸してもらってるっていう俺からのお返しだってば」
『お返しにしては高すぎるわよ』
「うーん、低価で買ったから特に高くはないんだけどな」
『もういいの! あたしの気が済まないから! コラボカフェはあたしが出すからそれでおあいこにさせて』
俺が呻っていると、桐野さんがすべての反論を拒絶するようにピシャリッと言い切った。
ここまで言ってくれてるんだし、桐野さんの厚意に甘えようかな。
「早瀬さんは誘っているの?」
『誘ったけど、相変わらず麻衣はエロゲーに興味ないって言って断られたわ』
そうか、早瀬さんは来ないんだ。
せっかくだし三人で出掛けてみたかった気持ちはあるけど、興味ないなら仕方ない。
あれ、ということは……、俺と桐野さんと二人で出掛けるってことか?
つまりそれは、デートってことになるんじゃないのか?
意識すると、途端に緊張してきた。
桐野さんは全くそんなことを考えていないようだけど、好きな人と出掛けられることを自覚した瞬間、俺の動悸が早くなっていく。
「そそそ、それで……、どどどこに集合する?」
『……なんでそんな声が震えてるの?』
まだ予定を決めている段階なのに、緊張のせいか俺の声が震える。
「ききき、気のせいでしょ」
『……とりあえず土曜に駅前集合で。細かいことはLINEで送っておくね』
俺の挙動不審な声色に、完全にドン引きした桐野さんが返事を待たずに通話を切ってしまった。
やばい、桐野さんの好感度が下がったかもしれない。
シャツが脇汗で濡れていくのを感じながら、なんとか休日には挽回しようと意気込む俺だった。




