第36話 プレゼント
鞄の底に忍ばせたエロゲーが圧倒的な存在感により面積と重さを増やすも、桐野さんが喜ぶ姿を想像させてはそんな重さなんて羽毛のように一切感じなくなるほどに心が浮ついてしまう月曜の登校。
自然と目尻と口角が下がっていくのを自覚しながらもそれを抑えることができず、授業中にもかかわらず気持ち悪くニヤニヤしている俺を、隣に座る女子から不審めいた目を向けられてしまった。
授業が終わり待ちに待った昼休み。桐野さんを誘って三人で体育館裏に移動した。
三人肩を並べ、桐野さんは弁当を早瀬さんはコッペパンを食べている。
二人のようすを窺いながら、俺は横に置いた鞄からいつエロゲーを取り出そうかとタイミングを見計らっていた。
「ユキユキはご飯を食べないの?」
桐野さんが卵焼きを半分だけ切り取り、小さく口に運びながら訊ねてきた。
「うん、今日はお腹が減ってないから」
それは半分嘘で、半分本当だ。
お腹は減ってはいるが、それよりも俺の意識は早くエロゲーをプレゼントしたくてうずうずしていた。
さすがに今渡すほど俺の頭はイカれてはない。
渡すにしても二人の食事が終わってから。食事中に下の話をして喜ぶなんて、隣にいる桐野さんぐらいだ。
「ふーん、そうなんだ、ちょっと残念。あ、そうだ、麻衣聞いてよ!」
俺がご飯を食べないことなんてさほど気にはならないのか、桐野さんは隣にいる早瀬さんと楽しく談笑し始めた。
そして待つこと三十分ほど、話をしながらの食事は結構時間がかかり、ようやく二人は食事を食べ終える。
こんなことなら俺もお昼を食べればよかった……。
早瀬さんがいるけど、もしかしたら食べられたかもしれない。
「実は桐野さんにプレゼントがあるんだ」
俺はおもむろに鞄を膝に置き、底のほうに大事に仕舞っていたエロゲーに手を伸ばす。
「え、なになに?」
前触れもなく告げられたプレゼントという言葉に興味津々なようすの桐野さんは、鞄の中身を見るように前のめりになった。
俺はあえてもったいぶるように、彼女の位置から鞄の中身を見られないように身体で隠し、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「なに、ユキユキ。隠したりしてもったいぶるじゃん。てか、急にプレゼントとかどうしたの?」
「い、いや、その……、桐野さんにはよくエロゲーを貸してもらったりするから、そのお返しというか……」
「あたしが貸したくて貸してるんだからそんなの気にすることないのに」
あ、危ない……。
さすがにあなたに好意があってプレゼントしたいんです、なんて直球なことを言えるはずないから、咄嗟に誤魔化せてよかった……。
内心ヒヤヒヤしている俺の気も知らず、桐野さんが小悪魔なような笑みを浮かべる。
「それであたしにプレゼントがしたいとか、ユキユキも結構可愛いとこあるじゃん」
うりうりと揶揄うように俺の頬をつついてくる桐野さん。
好きな人に触られているという嬉しさと、まるで弟のように接されているという虚しさが胸中に渦巻き、とりあえず俺はつついてきている指を軽く払う。
「揶揄うならプレゼントしてあげないけど?」
「あー、ごめんって。ユキユキ拗ねないでよー」
そうして桐野さんはまたもや俺の頬をつついてくる。
「こほんっ」
好き放題俺の頬を楽しんでいる桐野さんと、されたい放題の俺を止めたのは早瀬さんの咳払いだった。
なんとなくだけど、早瀬さんが不機嫌なオーラを纏っているような気がする。
俺と桐野さんは顔を見合わせて、慌てて話を元に戻した。
「それでプレゼントなんだけど……」
俺は鞄の底に忍ばせていたエロゲーを取り出し、初めて異性にプレゼントするという気恥ずかしさからか、桐野さんに押し付けるように渡した。
最初それを受け取った桐野さんは、箱の大きさからエロゲーとまず気付き、喜びを顔全体に溢れ出させるも次第にその表情を曇らせてゆく。
「え、これって……、あたしが欲しいって言ってたのじゃん……」
「そうそう、桐野さんのために苦労して手に入れたんだ」
いまだ照れ臭さが抜けきれない俺は、照れ隠しに首の裏をさすっていると、桐野さんが首を振ってエロゲーを突き返してきた。
「ごめん、さすがにこんな高価なものは受け取れない」
「……え」
予想だにしなかったことで一瞬呆然としてしまった。
俺は慌ててエロゲーをもう一度渡そうとするも、桐野さんは頑なに受け取ってくれない。
「ユキユキには悪いけど、二十万以上もする高価な物はちょっと……」
バツが悪そうな顔をして、桐野さんが俯いてしまった。
桐野さんが受け取ってくれないなんて少しも考えもしなかった俺は、どうしていいかわからず押し黙ってしまう。
重たい沈黙が横たわる。
その気まずい空気をうち払ってくれたのは早瀬さんだった。
「真理愛、大丈夫。それは二十万もしてないから」
「麻衣? 二十万もしてないってどういう意味?」
「低価で売ってる店を見つけて、わたしとユキで買いに行ったの。だから安心して、二十万なんて大金は使ってない」
「麻衣とユキユキで……?」
真偽を確かめるように桐野さんの視線がこちらに向けられ、俺はなんども頷いた。
「早瀬さんの言うとおりだよ。わざわざ早瀬さんが低価で売ってる店を調べてくれて、一緒に買いに行くのもついてきてくれたんだ」
「麻衣が……」
桐野さんがおずおずとしながら、俺の手にあるエロゲーに腕を伸ばす。
「うん、それならありがたく貰うね。二人とも本当にありがとう」
腕の中で大事そうに抱え、桐野さんが俺たちに感謝の言葉を告げた。
そのようすに俺はホッと一安心する。
もしあのまま受け取ってもらえなかったら、どうしよかと不安に思ってたから、早瀬さんが助け舟を出してくれてよかった……。
早瀬さんのほうをチラリと見ると、彼女のほうも受け取ってくれたことに安心したのか、表情が柔らかくなっていた。
「そういえば、麻衣ってヘッドホン新しくしたの?」
いつも首にかけている早瀬さんのヘッドホンが新調されていることを指摘する桐野さん。
それは休日に一緒に買いに行った、俺が選んだ黒色のヘッドホン。
「麻衣が黒を選ぶなんて珍しいわね」
「うん。でも、これはとても気に入ってる」
早瀬さんがヘッドホンを耳に着けて音楽を聴き始めた。
楽しそうに、そして愛おしそうにヘッドホンをさすりながら、音楽の世界に没頭し始める。




