第35話 ユキ
早瀬さんの買い物が終わったころには、辺りはすっかり陽が沈みかけていた。
規則正しい振動に身を委ねながら周りを見渡すと、広い車両には俺と早瀬さんの二人しかいない。
行きは郊外に向けて出発したため、帰りは都心に向かう電車に乗っている。
こんな時間から都心に行く人など少ないのだろう。
ホームで電車を待っているときも、反対側では人が賑わっているのに対し、こちら側は静かであった。
隣に座る早瀬さんの膝の上には、家電量販店で買ったヘッドホンの箱が置かれていて、大事そうに両手で抱えている。
彼女の頭がこくりこくりと揺れている。
どうやら電車の心地よい振動と、長時間の移動での疲労もあってか、眠気を誘っているようだ。
「早瀬さん、眠いなら肩を貸すよ? 駅に着いたら起こすから」
「……ううん、大丈夫」
行きのときは俺の肩に寄りかかりぐっすり寝ていたのに、なぜか帰りでは眠気に抗っている。
車両には俺たちだけなのだから気にすることなんてないのに。
しかし眠気が限界なのか、時々俺の肩に微かな感触を感じると、すぐにそれは離れていき、それを何回も繰り返した。
このままでは本格的に耐えきれないと悟ったのか、早瀬さんが頭を思いっきり振り始め、眠気覚ましなのか話題を切り出す。
「真理愛、喜んでくれるといいね」
「うん、きっと喜んでくれる思うよ。なんたって桐野さんが楽しみにしてたエロゲーなんだから」
「それもあるけど、ユキが必死に探したってことが大事。自分のために手を尽くしてくれたっていうのは、本人にとって嬉しいものだよ」
「手を尽くしてくれたのはどっちかていうと早瀬さんじゃない?」
「わたしは売ってる場所を教えただけだよ。あとはユキの買い物についていっただけ」
一番重要なところな気がするけど……。
売っている場所がわからなければ買いに行くこともできないんだし。
俺は仕舞ってあるエロゲーを確かめるために、鞄の上からパッケージの輪郭を撫でた。
渡したときの桐野さんの顔を想像すると、思わず頬が緩んでしまう。
「……ふふ」
微かな笑い声が聞こえ隣を見ると、早瀬さんが微笑みを浮かべていた。
「真理愛に渡せるときが楽しみだね」
「……うん」
桐野さんが喜ぶ姿を見たくて、早く学校が始まらないかと楽しみで仕方ない。
しだいに電車がゆっくりと速度を落とし、滑り込むようにホームについた。
最寄り駅に着き俺たちはホームに降り立つと、改札から出る。
「今日はわざわざついてきてくれてありがとう早瀬さん」
駅前で改めてお礼を告げ、軽く手を振り俺は背中を向けて家路を辿ろうとその場から離れた。
「ユキ!」
呼びかけられ振り返ると、早瀬さんはいまだに手を振ってくれている。
彼女の唇がなにかを呟いているが、距離が遠くて聞こえない。
唇の動きでなにを言ってるか予測する。
『ユ・キ』
そんなことを言ってる気がした。
俺の名前を呟いたかと思ったが、早瀬さんはそのあとはなにも言わず踵を返した。
なんだろう、早瀬さんはなにを言おうとしたんだ?
俺は首を傾げながら、早瀬さんが去って行く背中を黙って見送った。




