第34話 ヘッドホン
ファミレスを後にした俺たちは、近くにある家電量販店に立ち寄っていた。
駅前は寂れた街なのに、遠く離れた場所にあるこの辺りはなぜか栄えていた。
早瀬さんは買いたいものがあるらしく、少し申し訳なそうに寄りたいと言われたときは、俺はもちろん二つ返事で了承した。
ここまで付き合ってくれてる早瀬さんの頼みを断るなんて、悪魔に魂を売ったとしても俺にはできない。
「なにを買いたいの?」
一階のエスカレーターの前にあるフロアマップを肩を並べて見つめながら、俺は隣にいる早瀬さんに訊いてみる。
「ヘッドホンを買いたくて。今のが壊れそうだから」
「あー、だから今日は珍しくしてないんだね」
早瀬さんと言えば、首からかけているヘッドホンがトレードマークになっている。
今日は服装に合わないから置いてきたのかなとか思っていたけど、どうやら単純に壊れかけているからのようだ。
「ネットで買わないの?」
俺は日用品以外はネットで買ったりしてる。
安くなってることもあるし、そもそも値段が変わらないならネットで買ったほうがわざわざ店に赴くよりも面倒じゃない。
俺が何気なく訊いた質問を、早瀬さんは首を振って否定した。
「わたしが欲しいのはもう生産終了してる。ネットで買ったりすると逆に割高になるから」
「あー、なるほど。その製品の上位モデルとかは?」
「あるけど、わたしにはあまり好きじゃない音になった」
どうやら早瀬さんにはこだわりの音があるようだ。
いつも千円くらいのイヤホンで音楽を聞いてる俺にはよくわからない感覚だな。
「下位モデルは都心だともう売り切れたりするけど、田舎のほうだと定価で売ってたりするから穴場」
なぜか早瀬さんはドヤ顔を俺に向け、親指を突き出してきた。
エロゲーもそうだったけど、田舎のほうだとネットで買うよりもお得なことが多いんだな。
「ヘッドホンは五階に売ってるみたい」
オーディオ機器売り場を確認し、早瀬さんがエスカレーターに向かうのを俺は首を傾げながら呼び止めた。
「あれ、エレベーターで行かないの?」
「うん。密閉空間に知らない人が乗って来る可能性があるのは怖い」
一応俺もいるんだけど、それでも他人が乗り込んでくるのが嫌らしく、早瀬さんはさっさとエスカレーターに向かう。
俺は慌ててその背中を追い、先にエスカレーターに乗った早瀬さんの二段下くらいに留まる。
二段上にいるので、小柄な早瀬さんだが身長は俺を追い抜いていて、当然、彼女のことを見上げる体勢になる。
なにを思ったか、唐突に早瀬さんは一段降りてきた。
「…………」
そのままなぜか無言で俺のことを見つめてくる。
「え、と……」
どうしたらいいかわからず、俺は困惑してしまう。
早瀬さんの卵のような小さい顔が目前にあり、ジッと見るのも失礼かと思い、かといってどこに視線を定めていいかわからずキョロキョロとしてしまう。
エスカレーターの二段差くらいが知り合いとの適切な距離。
それが一段変わるだけで一気に距離が近くなり、唇を突き出せばキスができるのではと錯覚してしまう。
もうこれは恋人としての距離ではないだろうか。
「ど、どうしたの早瀬さん?」
少しは早瀬さんのことをわかった気でいたけど、やっぱり理解不能な行動に困惑しつつも俺は訊いてみる。
「…………」
なぜかジッとこちらを見たまま無言を貫く早瀬さん。
「あ、そろそろ二階に着くし、前を向かなきゃ危ないよ」
俺が早瀬さんの背後を指差して、前を振り向かせるよう促すと、ようやっと顔を背けてくれた。
無言でずっと見つめられ、気まずい時間が終わりホッとしたのも束の間、三階に向かうエスカレーターで二段下にいたら、またもや早瀬さんは一段降りて俺を見つめてくる。
「…………」
そして続けられる無言の時間。
なんだこれ。
四階に向かうエスカレーターでも同様のことが続き、五階に上がるエスカレーターでようやく早瀬さんの口が開いた。
「寝癖」
「え?」
「ユキ、寝癖がついてる」
早瀬さんの小さな手が俺の髪に触れる。
愛おしそうに、優しく頭を撫でられる感覚がくすぐったい。
寝癖を直してくれるのはありがたいのだが、それなら一階からやってくれたらよかったのに。
エスカレーターでのなんとも言えない空気を気にすることなく、早瀬さんは一直線にヘッドホン売り場に。
ヘッドホンなんて普段つけることがないので、物珍しさに俺も色々と見て回る。
結構色んな種類があるんだな。しかもまあまあの値段する。
でも早瀬さんがつけてるのを見ていると、なんかカッコよく見えるんだよな。
試聴できるようなのでヘッドホンを耳につけてみると、ものの数秒で圧迫感で苦しくなって取り外してしまう。
たった数秒でこれなら、ずっとつけてたりすると耳が痛くなるな。
試聴していたヘッドホンを元の位置に戻してると、早瀬さんが商品を二つほど抱えながら近付いてきた。
「目当ての物は見つかった?」
他人からしたらあまり変わっていないように見えるが、早瀬さんの表情はよく見ればわずかだが緩んでいて、欲しかったのがあったんだなと察したが、一応俺は訊いてみた。
「うん、あった。ユキにどっちの色がいいか選んでほしくて」
早瀬さんが抱えていた色違いの二つの商品を見せてくる。
「俺が選んでいいの?」
「うん。ユキの好きな色を買いたい」
どうやら責任重大なことを選ばされるようだ。
早瀬さんが持っているのは黒と白のヘッドホン。
彼女がいつも身に着けているのは白いほうだが、俺はどちらかというと無難な黒のほうが好きだ。
さて、どうしようかな。いつものを選ぶか、俺の好みを押し通すか。
「ユキが好きなほうを選んで」
なぜかわからないけど早瀬さんが真剣な瞳をしていた。
「じゃあ、黒いほうで……」
真剣なまなざしに気圧され、いつのまにか俺は自分の好きな色を指差していた。
早瀬さんはその答えに満足し、噛み締めるように頷いたあとカウンターまで向かっていった。
おそらくだが早瀬さんの好みの色ではないはずなのに、後ろ姿が喜んでいるように見えるのは気のせいだろうか。




