第33話 だめだよ
小躍りしそうな勢いで店を出る俺と、それについてくる早瀬さん。
中古市場価格二十万以上のエロゲーが、二十分の一の値段で手に入ったんだ。これでウキウキしないほうがおかしい。
「ほんと教えてくれてありがとう、早瀬さん」
今の俺は締まりのない表情をきっとしているだろうけど、浮き立つ気持ちを抑えられそうにない。
振り返ってお礼を言うと、俺の表情を見た早瀬さんが同じように頬を緩めてくれる。
「よかったね、ユキ」
しかし、俺の手元には二十万の価値があるエロゲーを持っているということを考えると、胸を躍らせるのとは別に、少しソワソワしてしまう。
盗まれたり、もしくは忘れてしまったりしたら死んでも死にきれない。
宝石を扱うかのようにそっと鞄にエロゲーを仕舞い、無駄にキョロキョロと見渡してしまう俺。
「エロゲーも買えたし、帰ろっか」
と、言ったのは早瀬さん。
「え、もう帰るの?」
「帰らないの?」
驚く俺に、首を傾げて応える早瀬さん。
少し前の俺なら帰っていたが、沙希と遊びに行ったときに目的の物を買って解散するのは物足りないというかつまらないと言われたので、今回もそれに倣ってご飯でも行くのかと考えていた。
「どうせならこのあとご飯でも食べに行くのかなって思ってたんだけど」
リサイクルショップの近くにファミレスがあったので、俺はそこを指差した。
早瀬さんの都合を考慮せず、そうすることが当然だと勝手に思っていたから、このあとの予定なんて一切伝えていないため、俺一人だけがそのつもりでいたようだ。
「ごめんごめん、俺が勘違いしてたみたい。早瀬さんの予定を考えてなかったね」
エロゲーを買うという当初の目的は達成されたので、このまま帰るのもおかしくはないな。
俺が駅に向けて足を進めようとしたとき、袖口に軽い違和感が。
振り返ると、早瀬さんが俺の袖を軽く摘まんでいた。
「…………」
引っ張るでもなく軽い力で摘まんだままの早瀬さんは、寂しそうなな面持ちで無言で立ち尽くしている。
やっぱりご飯を食べたくなったのか、俺に対して申し訳なく思ったのかはわからないけど、そんなことはどうでもよかった。
たった一言。
気が変わったという言葉を言うだけなのに、一度断ってしまった手前だからか、なにも言えずにいる早瀬さんを見てるとどっちでもよくなった。
「……また駅に向かう前にちょっと休憩したいかも。早瀬さん、ファミレスに行くの付き合ってくれる?」
「……うん」
少し大袈裟に疲れた仕草をする俺に、早瀬さんが安心したような表情を浮かべて、か細い声で呟き袖から指を離していく。
指が離れた瞬間、名残惜しい気持ちにはなったけど。
昼には少し早い時間だからか、ファミレスの中はまばらに客がいるだけだった。
正面に座った早瀬さんがドリンクバーとポテトを注文し、俺はドリンクバーだけを頼んだ。
早瀬さんはリンゴジュースが入ったコップを両手で持ちながら、炭酸飲料を飲んでいる俺のことを眉尻を下げて見つめてくる。
「ユキは、やっぱりご飯は食べられそうにない?」
「うーん、厳しいかも」
「そっか……」
落ち込んでしまう早瀬さんに、俺は慌てて手を振って否定した。
「早瀬さんだからとかじゃなくて、人が周りにいると食べられないんだよね」
ファミレスに誘った本人がドリンクバーだけなのは如何なものかと俺も思うけど、こればっかりはどうしようもない。
炭酸でお腹を満たそうと、俺はストローで一口すすり喉の渇きを癒した。
「むしろ早瀬さんと外食するのは落ち着くよ。俺のことわかってくれてるから、無理して食べなくてもいいって安心できるし」
「そう言ってくれると嬉しいけど、ご飯食べなくても平気なの?」
「お腹はもちろん空いてるけど、今無理して食べるくらいなら一食抜いたほうが楽かな。むしろ、早瀬さんこそポテトだけでも平気?」
「うん。わたしは少食だからこれで充分」
早瀬さんは一口サイズのポテトを、リスのように何度も口に運んで食べている。
俺に気を遣っているのか、小皿に乗ったポテトはそれだけでほんとうにお腹が膨れるのか疑問だ。
小柄な早瀬さんが大食いだったら、それはそれで驚きだが。
「服装とかも気を遣って少しずつ自分を変えようとしてきてるんだし、人前でも食べられるようにならないとね」
この問題がいつ克服できるかはわからないし、どう克服するかもわかっていないけど。
前途多難な課題に頭を抱えそうになっている俺に、早瀬さんがなぜか褒めてくれた。
「ユキは凄いね。ちゃんと自分を変えようとしてる。わたしはずっと足踏みしてるのに」
「早瀬さんが? 早瀬さんも髪色を緑にして自分を変えたじゃないか」
「わたしもそう思ってた。けど、変えたのは自分じゃなくて、周りの視線だった。わたし自身の考えはなに一つ変わってない」
早瀬さんは視線を落とすも、その表情には悲壮感が漂っている気がする。
「真理愛もユキも相手に歩み寄ろうとしてる。わたしも、他人のことをわかろうとしておけばよかったと後悔してる」
「早瀬さんはなにか後悔したことがあったの?」
「うん、後悔した。わたしはもう後悔したくないから、ちゃんと他人を理解しようと思う」
顔を上げた早瀬さんの表情は、どこか晴れ晴れとしていた。
「ありがとう、ユキ。きっかけをくれたのはユキだよ」
早瀬さんの真っ直ぐなお礼がくすぐったくて、俺は顔を逸らす。
気持ちは嬉しいけど、身に覚えのないことでお礼を言われるのはどこか居心地が悪い。
早瀬さんが後悔したこととはなんだろうか。
最近は早瀬さんと行動することが多いが、まったく気付かなかった。
顔を逸らした先に、俺の視界に移ったのは鞄があり、その中にはエロゲーが大事に仕舞ってある。
これが手に入らなかったら俺はきっと後悔していただろう。
もしかしたら早瀬さんの後悔というのは、大事なものが手に入らなかったことなのかもしれない。
「…………」
鞄を眺めながら、ふと、気付いた。
欲しかったものはエロゲーじゃなくて、その先にあるプレゼント相手のことだ。
これをそのまま渡すよりも、転売したほうがもっと良いものをあげることができるんじゃないか?
二十倍になって売れることは確定しているし、俺の懐も潤って良いことずくめじゃん。
よこしまなことを考えていたおかげで、知らず知らずのうちに俺は邪悪な笑みを浮かべていたらしい。
「ユキ」
呼ばれて顔を上げると、早瀬さんは非難めいた視線を俺に突き刺していた。
「だめだよ」
「……はい」




