第32話 外で待ってようか
目的の駅まで着き、早瀬さんを起こして二人で改札から出た。
この街はいわゆるベッドタウンとでもいうのか、駅から降りて改めて観察しても、これといって目立った建物は一つもない。
いや、ほんとうに一つもない。
俺の家に近い駅も特別賑わった街ではないのだが、それでも大きな建物が一つや二つあるのだが、この街は同じ県なのかと疑ってしまうくらいに田舎だった。
とりあえずグーグルナビに目的地の店を入力すると、到着時間までの予定を見て驚いた。
思わず隣にいる早瀬さんに確かめるほど。
「早瀬さん、この店であってる?」
「うん、あってる」
早瀬さんが俺のスマホを覗き見て頷く。
むしろ間違っててほしかった。
ここから店まで三十分ほどかかるそうだ。しかも徒歩で。
炎天下を三十分も歩き続けるなんて苦行もいいとこ。これは覚悟しないとな。
「店まで遠いみたいだから、コンビニで飲み物でも買っていこうか」
俺が提案すると、早瀬さんが黙って頷く。
スマホのナビが示す方向を見て思わず辟易する。なぜならとてつもなく長い坂道が目前に伸びていたから。
傾斜四十五度はあるんじゃないかと疑ってしまうくらい急勾配の坂に、今からこれを登らないといけないのかと考えると俺はげんなりしてしまう。
ちゃんと舗装されているし、坂を挟むように住宅が建ち並んでいるが、これはもうただの登山だ。
俺はお茶を、早瀬さんはカルピスを近くのコンビニで買い、気合を入れて坂道を二人で登っていく。
ここに住んでいる人は、毎日この坂道を上り下りして駅まで向かってるんだな。
皮肉とかじゃなく感心してしまう。俺には到底無理だ。
俺が酷暑に苛まれ、額から流れる汗を拭いながら登っているのに対し、早瀬さんは涼しい顔で登っていた。
「早瀬さん、大丈夫? 一度休憩する?」
膝に手を着いて休みたい衝動に駆られた俺は、そんな泣き言を漏らす。
早瀬さんが首を振った。
「一度休憩するとむしろ辛いから、一気に坂を上ったほうがいい」
「……そうだね」
小柄な早瀬さんが頑張っているのに、俺が弱音を吐いてどうする。
それから約十分ほどかけて坂を登り切った。
あまりの疲労困憊に、俺はコンビニで買ったお茶をグビグビと飲みだす。
喉の奥に流し込まれたお茶が火照った身体の隅々まで染み渡り、おっさんくさいかなと思いながらぷはっと息を吐き出してしまう。
「……んくっ!」
早瀬さんがなにやら顔を真っ赤にしながら、カルピスのペットボトルを捻っていた。
「んんっ!」
ペットボトルの蓋が固くてなのか、それとも坂で疲れてしまい力が上手く入らないのか、必死になって開けようとしていた。
「んしょっ! ん、ん~!」
見てないでさっさと開けてあげろよって?
俺も思うが、いつも飄々としている早瀬さんが、ペットボトルの蓋を開けられずに困っている姿が可愛いからもう少し堪能させてくれ。
「…………」
ついに諦めてしまったのか、早瀬さんはペットボトルをためつすがめつ眺め……、そのままペットボトルを振りかぶった。
「わー、ちょっと待って! 開けてあげるから!」
今にも投げ出しそうな早瀬さんを慌てて止め、俺はペットボトルを奪うようにして取った。
「ありがとう、ユキ」
早瀬さんからお礼の言葉を貰ったが、困ってる姿を鑑賞していた手前、罪悪感が凄い。
蓋を開けてあげペットボトルを返すと、早瀬さんが勢いよく傾けて唇に白い液体が流れていく。
まるでそのままCMに使えそうなほど、今の服装や外見によく似合っている。
「カラダにピース……」
気付けば俺はボソリと呟いてしまった。
ジッと見つめていた俺の視線に気付き、早瀬さんがピンク色の薄い唇からペットボトルを離してこちらに差し出す。
「ユキも飲みたい?」
「……ううん、大丈夫」
飲みたいという言葉をグッと堪えた。
早瀬さんが美味しそうに飲むものだから、俺もつい欲求に従いそうになったが、それはあまりに気持ち悪い。
まるで間接キスをしたがっているみたいだから。
それから約二十分ほど歩いてようやく目的の店までたどり着いた。
こんな駅から遠い店だから、たぶん地元の人しか利用しないだろう、俺は見たことも聞いたこともない店だった。
リサイクルショップなんだろうか。
店の中はカードゲームや一般のゲームソフト、漫画、洋服など様々な物が売られていた。
その店の奥に、黒い暖簾で仕切られた場所があった。
たぶん、あそこに目当てのエロゲーがあるはずだ。
俺がそこに足を踏み入れようとすると、早瀬さんも追随してくる。
振り返った俺は、早瀬さんの両肩を掴んで引き止めた。
「……早瀬さんは外で待ってようか」
「どうして?」
ほんとうに不思議そうに、早瀬さんは首を傾げて聞いてくる。
どう説明しようかな……。
別にアダルトコーナーに女性が入ってはいけないなんてことはない。
けど、やっぱりそれは……ルール違反な気がする。
なんていうのかな、あそこは男の聖域なんだ。
男性が周りの目を気にせず、己の性癖にあったエロいものを吟味する場所だからこそ、女性がそこに侵入するのは不可侵条約を違反するようなもの。
女性の下着屋に、男性が入るような感じといえば伝わるだろうか。
もちろん早瀬さんと入るのが気まずいというのもあるが、それ以上に女性を連れて入るのはマナー違反。
「早瀬さんと入るのは気まずいから、外で待っててくれない?」
とりあえず男性のセンシティブな気持ちを説明するのが難しいので、俺が気まずいということで入るのを思いとどまらせる。
「わかった。ユキが嫌ならやめておく」
寂しそうな表情を浮かべて、早瀬さんは一般コーナーに引き返してくれた。
よし、これで大丈夫。申し訳ないけど、早瀬さんには入るのを諦めてもらおう。
安心してくれアダルトコーナーにいる男性たちよ。これで気兼ねなく自分に合ったエッチなものを選べるぞ。
暖簾をくぐると、そこは別世界に迷い込んだと錯覚するほどピンク色が広がっていた。
鎮座されたモニターには堂々とセクシービデオが流れ、これでもかとアダルトグッズが並んでいた。
俺も入るのは初めてなんだけど、なぜか緊張してきた。さっさと目当ての物を買って退散しよう。
エロゲーコーナーに向かうと、目的のソフトはすぐに見つかった。
自分でもよくわからない感情が去来し、震える手でエロゲーを掴んで値段を確かめると、早瀬さんが教えてくれていた金額の値札が張られていた。
俺は思わず心の中でガッツポーズをする。
喉から手が出るほど欲しかった物が、今、目の前にある。
瞼の裏にプレゼントしたときに喜ぶ桐野さんを浮かべながら、俺は意気揚々とカウンターにエロゲーを持って行った。




