第30話 弄ばれた
待ちに待った次の日。開店と同時に購入したかったので、土曜という惰眠を貪りたい日だが早起きした。
無駄に五分刻みにセットしたアラームを五回くらい止めたところでようやく身体起こしベッドから這い出る。
休日なのにわざわざ付き合ってくれる早瀬さんを待たせるわけにはいかないからな。
沙希に付き合ってもらったときに買った洋服を引っ張り出し、俺は服に袖を通す。
買っておいてよかった。この服なら女性と二人で遊びに行っても心配することなんてない。
一階のリビングに降りると、沙希は朝食のサンドイッチを口に運ぶ途中だったが、俺の姿を見ると目を丸くする。
「どしたのお兄? そんなオシャレして」
「ちょっと出掛けてくる。恵子おばさんには昼食はいらないって言っておいて」
「それはいいけど……、どこ出掛けるの?」
なにやらしつこく追及してくる沙希。
なにもやましいことがないので、俺は堂々と胸を張って真実を告げる。
「友達と遊びに行くんだ!」
腰に手を当てて、鼻をここぞとばかりに鳴らす俺を、沙希は冷たい視線で見てくる。
「へー、よかったじゃん。お兄、友達ができたんだ」
まるで興味が無いといった感じで、素っ気なく言われた。
高校に友達がいないことを知ってるんだから、俺に遊びに行く友人ができたことをもっと喜んでくれてもいいのに。
サンドイッチを食べながら、沙希は抑揚のない声のまま「どうせ桐野さんでしょ?」と、こちらを一瞥もせずに言ってきた。
ところがどっこい違うんだな。
俺は指を一本立てて、チッチッチと横に振る。
「なんと桐野さんじゃないんだ」
「桐野さん以外に友達できたんだ。相手は女性?」
「そうだよ、女性だよ」
早瀬さんはもちろん女性なので、これから遊びに行く相手の性別を告げると、視線を落としていた沙希の視線がこちらに向けられる。
ギロリッ、と擬音がつきそうな目つきで。
「お兄、それってデートじゃん」
「デートじゃないって、遊びに行くだけだから」
「男女が遊びに行くのは、もろデートっしょ」
デートっていうと、多少なりともお互いに好意がないと成り立たないと思っていたんだけど。
となると、俺はともかく早瀬さんほどの美少女に好意を持たれることなんて天地がひっくり返ってもありえないので、デートというのは些か語弊がある。
「買い物に付き合ってもらうだけだって」
俺は首を振って沙希の言葉を否定した。
なのに沙希はそれでも信用できないのか、追及の手を止めない。
「買い物に行くだけなのに、オシャレする必要はないっしょ」
「女性と買い物行くんだから、最低限の身だしなみは整えないと」
「ダウト! お兄その人に気があるんだ!」
「あのなー……」
なにを言っても沙希は信用してくれなさそうだ。
呆れてため息を吐く俺に、沙希は指を指して来る。
「その服、ウチがコーディネートしてあげたやつじゃん! お兄、最低! ウチを都合のいい女にした!」
「大声で人聞きの悪いことを言うな」
「ウチ、汚された! 弄ばれた!」
ヤバい、大声でとんでもない言葉を叫んでる。
このままじゃ、近所中に俺が沙希を襲ってると勘違いされてしまうではないか。
そのとき、騒ぎを聞きつけて恵子おばさんがキッチンから顔を出す。
「どうしたの、そんな大声で騒いで」
「ママ聞いてよ! お兄がウチを捨てて別の女とデートするって言うの!」
事情をなにも知らない第三者が聞けば痴情のもつれと勘違いされるようなことを言ってるが、別に俺は沙希と付き合ってるわけじゃないので、捨てるもくそもないんだけど。
「行孝君、沙希と付き合ってたの?」
案の定恵子おばさんが勘違いしてしまった。
もちろん沙希とは付き合っていないので、俺は首を振った。
「いえ、付き合ってないです」
「じゃあ行孝君は潔白じゃない。捨てられた物騒なこと言わない」
諭すような恵子おばさんの口調にも納得できないのか、沙希は変わらず顔を真っ赤にしている。
「ママだって知ってるくせに! ウチが、ウチがお兄のこと……っ!」
そこでなぜか沙希の口が噤む。
唇を開けては閉じてを繰り返し、終いには俯いて黙ってしまった。
「沙希は大好きなお兄ちゃんが誰かに盗られたから寂しいのよね」
穏やかな笑みを浮かべた恵子おばさんが、沙希の頭を優しく撫でる。
「沙希にはわたしからちゃんと言っておくから。行孝君は気にせずデートに行ってらっしゃい」
「……はい、ありがとうございます」
恵子おばさんの言葉に甘えて、俺は踵を返した。
そのとき俺の視界の端で、沙希の目からキラリと光るものが見えた気がした。




