第29話 あったよ
その日の晩、俺は自室の勉強机で教科書と睨めっこしていると、手元の近くに置かれたスマホが振動する。
珍しく通知を告げるスマホに驚き慌てて確かめてみると、早瀬さんからLINEのメッセージが届いてた。
『今、暇?』
短く素っ気なさを感じる文章。
たまに早瀬さんからLINEのメッセージが来るが、いつも簡潔な文章しか送らない。
スタンプや絵文字なんてまずありえない。もしそんなのが添えられていたら、それは絶対に別の人だと確信できる。
勉強するのも飽きていたので、俺はすぐに返事をした。
『暇だよ。なにか用事でもある?』
『うん』
「…………」
やり取りが終わってしまった。
待てど暮らせど早瀬さんから続きのメッセージが届かない。
これは俺がおかしいのか?
確かに早瀬さんは返事を送り、次は俺のターンかもしれないけど、「うん。用事というのは……」と続くと思うじゃん?
仕方ないので俺から水を向けてあげる。
『用事ってなに?』
『通話で話したい』
届いたメッセージが信じられなくて、俺は眉を寄せてスマホを凝視ししてしまう。
早瀬さんから通話がしたいなんて今まで言われたことがない。
スマホの向こう側で操作しているのは別人なのではと疑ってしまう。
それともよほどの重要な用事なのだろうか。
まあ、いいや。とりあえず通話してみよう。
『通話大丈夫だよ』
俺がメッセージを送り、続けてスタンプも送信しようとしたところで、早瀬さんから通話がかかってきた。
早すぎる通話と心の準備をしていなかった俺は、あたふたしながら通話ボタンを押して耳にスマホを押し当てる。
「はい、もしもし」
『ユキ、見つけたよ』
どうでもいいが、通話したときの声と実際に会って会話したときの声って違うように感じる。
直接その人を見ながら会話すると、雰囲気も声に上乗せされてしまうのだろうか。
いつもは感じたことのない早瀬さんの澄んだ声を楽しみながら俺は返事する。
「見つけたってなにを?」
『真理愛が言ってた二十万のエロゲー』
「へー、そうなんだ。……え、見つけたの!?」
桐野さんがやりたくてもやれなかったあの伝説のエロゲーを!?
思わず俺はスマホを床に落としかけ、慌ててスマホを握りなおした。
「どうやって見つけたの!?」
『情報経路は秘密。真理愛に買ってあげればきっと喜ぶと思う』
なんとなく怖いのでなぜ秘密かはあえて深く追求しないが、早瀬さんの言うとおりプレゼントしてあげれば喜ぶに違いない。
しかし桐野さんもだが、俺にも買えない問題がある。それはもちろん、二十万なんて大金を持っていないこと。
俺は首を横に振ってその問題を伝える。
「見つけてくれたのはありがたいけど、俺には無理だよ。そんな高いの買えない」
『大丈夫』
なにが大丈夫なんだろうか。借金でもして買えと言うんじゃないだろうな。
そんな不安が俺の胸中を渦巻いていると、早瀬さんは次に発した言葉に今度こそスマホを落としてしまった。
『低価で売ってた。たぶんだけど、店の人はあのエロゲーをプレミアムだと知らない』
夢のような言葉に頭が真っ白になり、スマホを落としたことにも気づかず、俺は慌ててスマホを拾い上げる。
「そ、それ、ほんとう!?」
『うん、本当』
早瀬さんは続けて値段も教えてくれ、俺でも難なく買える金額に胸が激しく動悸しはじめる。
高揚した気持ちが抑えられないまま、俺は財布を引っ掴んだ。
「そのお店どこにあるの? すぐに買いに行くよ!」
『ユキ、落ち着いて。もうそのお店閉まってる。今から行っても意味がない』
スマホで時間を確かめると、時刻は二十二時を過ぎていた。
こんな時間に開いてる中古店なんて滅多にない。
「なら明日行ってみるよ。ちょうど土曜日で学校が休みだから」
『わかった。わたしも一緒に行く』
「? 早瀬さんは大丈夫だよ。わざわざ来てもらうなんて申し訳ないし」
『わたしも一緒に行く』
「店の場所さえ教えてもらえたらそれでいいよ。ありがとう、わざわざ教えてくれて」
『…………』
早瀬さんから返答がない。
時が止まったような沈黙が続き、もしや電波が悪くて通話が途切れてるのではないかと不安になりかけたとき、ぽつりと、少し震える声で早瀬さんの言葉が聞こえてきた。
『……わたしも、一緒に行きたい』
なぜだろう。早瀬さんの声からは懇願するような、必死さが伝わってくる。
「わかった。早瀬さんも一緒に行こう」
そんな風に頼まれてしまっては断ることなんて俺にはできなかった。
『うん、ありがとう』
どちらかというとお礼を言わなきゃいけないのは俺なんだけどな。
心の中でクスっと笑いつつ、早瀬さんに集合場所と時刻を伝え通話を切った。




