第26話 辛い
「早瀬さん、このあと時間あるかな?」
終礼のチャイムが鳴り、ほとんどの生徒が一斉に席に立ちあがって教室から吐き出される中、俺は人波から逆らうように早瀬さんに近付いて声をかけた。
いつもなら誰に挨拶をすることもなく、俺もその波に乗って教室から出ていくのだが、今日はどうしても話したいことがあった。
珍しく、というか初めてじゃないかな、教室なのに俺から話しかけるのは。
我先にと教室から出ようとするクラスメイトとは違い、マイペースにいまだ椅子に座りながら教科書を鞄に仕舞っていた早瀬さんがこちらを見上げる。
まさか俺から話しかけられるとは思っていなかったようで、いつものやる気が感じられない目を大きく見開いた。
「どうしたの?」
「早瀬さんにちょっと話したいことがあるんだ」
「ここでは言えないこと?」
「……うん、ここではちょっとね」
なぜなら桐野さんを好きになってしまったという相談をする予定だから。
教室にはたしかに多くの人が下校もしくは部活に向かったが、まだ何人かの人が残っている。そんな場所で恋愛相談はキツイ。
「ちょっと待ってて。すぐに準備する」
視線を戻し、若干さきほどよりも早いペースで教科書を鞄に仕舞っていく早瀬さん。
その耳が少し赤くなっているような気がするのは気のせいかな?
「それでどこに行くの?」
準備が整い、席から立ちあがってこちらを見上げてくる早瀬さんの顔はいつもの表情をしている。
「ちょっと遠いけど駅前の喫茶店にでも行かない?」
「喫茶店? うん、いいよ」
早瀬さんと会うのはいつも体育館裏だが、あそこは放課後に限ってはダメだ。
あの場所は昼間だと直射日光が暑くて人がいないが、夕方になると幾分涼しくなり人が来ることがある。
駅前の喫茶店だと学校の生徒が来ないのかと言われるとそんなことはないが、他の客のにぎわいがあるのでまだ相談がしやすい。
俺の提案に二つ返事をしてくれた早瀬さんを引き連れて学校を出た。
「……わたしも、ユキに話したいことある」
喫茶店に向かっている途中、早瀬さんが切り出してきた。
「早瀬さんも? 今ここで話せないこと?」
できれば喫茶店では桐野さんのことを相談したいので、道中で早瀬さんの話を聞きたいのだが、俺が話を促しても言いたくないのか首をゆっくり縦に振る。
「うん、ここではちょっと」
それなら仕方ない。早瀬さんも誰にも聞かれたくない話があるんだろう。
喫茶店に着いて、俺と早瀬さんは向かい合わせで座った。
駅前という立地の良い場所にあるからか、店の中は満席に近いほどお客さんで埋まっており、他人の話し声など聞こえていない状況にある。
これなら恋愛相談というセンシティブな話も気にせずできるだろう。
「それで早瀬さんの話したいことってなにかな?」
俺が切り出すと、早瀬さんは首を振る。
「ううん、先にユキの話を聞きたい」
「俺からでいいの?」
「うん。ユキから言ってほしい」
「うーん、俺の相談事は少し重いって言うか、ちょっと長くなりそうだから早瀬さんの話が先がいいような……」
「わたしの話は後でも大丈夫」
どれだけ話を促しても頑なに早瀬さんは話をしないので、仕方なく俺は相談事を切り出す。
「その、実はさ……」
直前になって気恥ずかしさがこみ上げてくる。
友達がいなかった俺にとって恋愛相談を他人にするというのは、自分の恥ずかしい部分を見られているような気分だ。
頭を掻きながら話し出すタイミングを失っていると、俺の緊張が伝わったのか早瀬さんもモジモジとし始める。
「実はさ、好きな人ができたんだ」
何分躊躇っただろう、俺はようやく踏ん切りがついて相談事の核心を話し始める。
「そうなんだ」
俺にとって清水の舞台から飛び降りるほど勇気が振り絞っての告白なのに、早瀬さんの表情はいつもと変わらない。
表情こそ変わらないけど、その声は少し震えているように感じる。
「それで、ユキの好きな人ってだれ?」
声を震わせながら、早瀬さんは俺の好きな人を聞いてきた。
意を決して、俺は好きになった人の名前を告げる。
「桐野さんなんだ」
「……そう」
俺が桐野さんに好意を寄せていると伝えた直後、早瀬さんは少し肩を震わせただけで、そこまで驚きはなかったようだ。
あれ、もっと驚くかと思ったんだけどな。
「うん、真理愛は美人だし明るいから良いと思う」
さきほどの少し震えていた声は元に戻り、いつもの早瀬さんがそこにいた。
「ユキのこと、応援するね」
笑顔で、俺の恋愛を応援すると言ってくれた。
「ありがとう。早瀬さんに応援してもらえたら励みになるよ」
「……ユキは、真理愛のどこを好きになったの?」
「どこをって聞かれると難しいんだけど、いつのまにか好きになっていたんだよね」
桐野さんの性格や外見で好きになったわけじゃない。
なので、本当に気付いたら好きになっていたとしか言えない。
「いつのまにか? いつ真理愛を好きだって自覚した?」
首を傾げながら訊ねてくる早瀬さんだが、好きになった経緯を詳しく説明するのが恥ずかしくて俺は頬を掻きながら昼間の出来事を話した。
「昼休み桐野さんとご飯を食べたんだけど、なぜか彼女の前だと平気でご飯を食べられたんだ。それで好きなんだって自覚したんだ」
「真理愛の前だと食べられるんだ」
あれ、なぜか早瀬さんが少し落ち込んでいるような。
「早瀬さん、大丈夫?」
心配になって早瀬さんの顔を覗き込むと、さっと顔を逸らされてしまった。
「うん、大丈夫。ただ、わたしには他人は難しいなって思っただけ」
「?」
どういう意味だろう。
「そういえば早瀬さんも話があるって言ってたよね。なんの話だったの?」
「ううん、大丈夫。わたしの話は終わったから」
俺が聞き逃してしまったのか、いつのまにか早瀬さんの話は終わっていた。
もしかしたらそれで早瀬さんは落ち込んでしまったのかもしれない。
※ ※ ※
「どうしてこうなるかな……」
あれから早瀬さんと別れて帰宅した俺は、自室でエロゲーの続きをやっていた。
三角関係がテーマのエロゲーは終盤に差し掛かり、とうとう誰か一人に決めなければいけない状況に。
そしてついに主人公は一人のヒロイン好きになってしまうのだが、密かに恋心を抱いていた別のヒロインにそのことを告げる。
告げられたヒロインはショックを受けるが、健気にも笑顔を浮かべ主人公を応援する姿勢が俺の涙を誘った。
恋愛アドベンチャーによくあることだが、視点が主人公だけじゃないのが面白いところ。
このゲームも色々なヒロインに焦点が当たるので、どのヒロインがどんなことを思っているのか知れるのがエロゲーの見所の一つなのかもしれない。
主人公の視点から失恋したヒロインに視点が移り変わり、そこでは主人公のことを応援すると言ったものの、傷心した辛さで涙を流すヒロインの姿が。
「なんで主人公は気付かないんだよ……」
エロゲーの主人公の鈍感さに腹が立ってきた。
客観的に見てる俺からしたら、あからさまなヒロインの好意に気付かない主人公の行動にイライラしてしょうがない。
これがエロゲーでよかった。
なぜなら、例え好意を寄せているヒロインを振ることになっても、そのヒロインのルートにいけば救われるのだから。
「けど……」
それはエロゲーだから。
もしこれが現実だったとしたら……。
誰かを好きになったとしても、その人は別の人を好きになってしまうことなんてよくあること。
もしくは、好きになった人には別のパートナーがいる。
そうなってしまったら、そのヒロインは涙を流すしかないのだ。
「辛いな……」
エロゲーだから、失恋したヒロインに焦点が当たり傷付いてることも知ることができる。
でも現実は違う。この主人公と同じように、ヒロインが失恋したことを知ることはないんだろうな。




