第25話 自覚
次の日の昼休み。
今日は久しぶりに桐野さんが体育館裏にやってきていた。
俺の隣に座る桐野さんは、連日のようにクラスメイトから誘われることに対して辟易していたのか、少し疲れた表情をしている。
「あー、毎日毎日お昼に誘われるんだもん、やっと逃げきれたわ」
桐野さんが伸びをしながら愚痴を吐いてるのを聞きつつ、俺は弁当の食事を続ける。
今日も今日とて、恵子おばさんの作ってくれた弁当は絶品である。
「別にあたしもクラスメイトと食べるのが嫌ってわけじゃないのよ? けど、エロゲーの話を気軽にできないのは辛いわ」
桐野さんの変わらないエロゲー熱に、俺は唐揚げを一口を齧りながらクスッと笑ってしまう。
さすがに桐野さんもクラスメイトにエロゲーの話をできるほど打ち解けてはいないみたいだ。
クラスの連中も驚くだろうな。まさか桐野さんがエロゲーをやってるなんて露とも思わないだろうし、しかもその熱量たるや男の俺ですら引くぐらいだから。
「そういえば早瀬さんはどうしたんだろ?」
今、この場所には俺と桐野さんしかいない。
桐野さんはともかく、早瀬さんが昼休みに体育館裏に来ないことは珍しい。
初めて話してからというもの、毎日のように一緒に昼休みを過ごしているので、来ていないことを疑問に思い俺が訊ねると、桐野さんは理由を知っているようで、少し笑みをこぼした。
「麻衣ったらまた変なことしたのよ」
「変なこと?」
「そう。朝、学校の至るところで水を撒き始めたんだって」
水を撒いたって、早瀬さんはなんでまたそんな変なことをやりだしたんだ。
突拍子な行動するのはいつものことだが、今回もまた常人には理解できないことをしでかしたようだ。
桐野さんが肩を竦めながら続ける。
「校門とか中庭とかを水鉄砲で撃ち始めて、まあ校舎の中まではやらなかったみたいだけど、何リットルも入ったリュック型の水鉄砲を持ってそこら中を水浸し」
「あー、なるほど。それでか」
「そうそう。今頃先生に怒られてるんじゃない?」
桐野さんの説明に、早瀬さんがなぜ来ていないかを把握した。
俺もそろそろ慣れてきたというか、行動に理解はできないが早瀬さんならやってもおかしくないとどこか変に納得してしまう。
小学生のときから知り合いでもある桐野さんはもう慣れきっているようで苦笑している。
「あたしたまたま麻衣に会ったんだけど、小柄な容姿に少し大きめのリュックを背負ってるからそれがおかしくって」
そのときのことを思い出してるのか、桐野さんがクスクスと笑っている。
想像してみると確かに不釣り合いかもしれない。
小学生が無理して背伸びしようとしているように見えるというか、俺はどちらかという微笑ましく感じてしまった。
それにしても、何リットルも入ったリュックを背負えたことが凄いな。
「本人は打ち水のつもりで銃を撃ってるって言ってたんだけど、水鉄砲じゃなくてもいいんじゃないって聞いたら、普通に撒いてもつまらないだって」
桐野さんの説明を聞きながら俺は卵焼きを口に運び、咀嚼しながらなぜ早瀬さんが水を撒き始めたかを考察してみる。
打ち水するということは、少しでも暑い気温を和らげようとしたからなんだけど、もしかしたら昨日俺が暑い暑いと愚痴っていたから、とか?
……まさかな。
早瀬さんも暑いとこぼしていたし、自分のためだろう。
「普通に打ち水してたら大丈夫だったのに、麻衣ったら水鉄砲で水を撒いちゃったからね」
「さすがに早瀬さんでも学校に関係なものを持ってきたら怒られるか」
「そういうこと」
二個目の唐揚げを食べながら、早瀬さんに会えないことに一抹の寂しさを覚えた。
特にこれといって会話に花を咲かせたわけではないが、昼休みは彼女と過ごすことが日課になっていたので、顔を見れないとなると日常のピースが欠けたような寂寥感。
それにしても、相変わらず恵子おばさんの唐揚げは絶品だな。
衣と肉の旨味が口一杯に暴れ回り、溢れ出た肉汁が舌の上で甘くほどけていく。
唐揚げに舌鼓を打つ俺に、桐野さんがジッと眺めてくる。
「ユキユキって、ほんと美味しそうに食べるわよね」
「……え?」
その一言に、思わず食べかけの唐揚げが箸からこぼれおち、弁当の上で跳ねた。
「……俺、ご飯食べてる?」
「ん? なに言ってんの、今食べてるじゃん」
瞬間、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
全身の血液が身体中を駆け巡り、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほど脈打つ。
まるで突風を真っ正面から受け止めたような衝撃。
家族や沙希以外の人の前で食事をするのが苦手な俺にとって、それがどれほど信じられないことだろうか。
いや、今でも信じられない。現に食べてるはずなのに。
いつからだ? 俺はいつから桐野さんがいても食事ができるようになった?
呆然とする俺に、桐野さんが首を傾げる。
「ユキユキ? おーい、どうしたのー?」
首を傾げただけなのに、たったそれだけの行動ですら桐野さんの顔がまともに見れないほどドキドキした。
胸が高鳴りすぎて呼吸が苦しくなり、体の芯が、にわかに火が点いたみたいに熱くなる。
そこでようやく自覚することができた。
俺は、いつのまにか桐野さんのことが好きになっていた。




