第24話 少し寂しかった
「あっつい……」
毎日のように暑い日が続いているが、今日は輪にかけて暑く、ただ座っているだけなのに汗が止まらない。
日差しを遮るものが一切ない体育館裏は、それのおかげもあって人っ子一人いないのはいいが、さすがに俺もこの場所から退散しようかと考えるほど。
食べ終えた弁当を横に置いて座っている俺の隣には、早瀬さんがちょこんと座っていて、暑さを感じないのか汗一つかいてない。
彼女はヘッドホンをつけ、音楽に没頭している。
以前、なにを聴いているか訊ねてみたが、どうやら古い音楽が好きなようで、二十年前に流行ったのを中心に聞いてるらしい。
そして桐野さんはといえば、またもやクラスメイトに捕まったらしく、別で昼休みを過ごしているらしい。
隣に座る俺が暑さでへとへとになっているのを心配してか、ヘッドホンを外して早瀬さんが訊ねてきた。
「大丈夫?」
「……ちょっと暑すぎるね。熱中症になってもおかしくない。早瀬さんは汗をかいてないけど暑くないの?」
「わたしも暑いよ」
まったく暑そうな雰囲気を感じさせないで早瀬さんは応えた。
「早く夏が終わってほしいな、そうしたら過ごしやすくなるのに。ここだと倒れてもおかしくないし、そろそろ別の場所で昼休みを過ごすか」
俺はそう呟いたものの内心では、他に一人で過ごせそうな場所を知らないので結局は体育館裏に落ち着きそうだな、と考えていた。
「ユキ、別の場所に行くの?」
早瀬さんの無感情な瞳が俺を捉える。どこか寂しそうにしているように感じるのは俺の気のせいか。
「こうも暑いとね。早瀬さんはどこか過ごしやすい場所知ってる?」
「ううん、わからない」
短く言って、早瀬さんはまたもやヘッドホンをつけ始めた。
どうやらそれ以上会話を続ける気がないようだ。
唐突に音楽を聴き始めるのはいつものことなので気にならなくなったが、ちょっと寂しい。
この間なんて、俺が話している途中に「ちょっと待って、音楽を聞くから」なんて言って、まるで急に電話がかかってきたような感じで聴き始めたくらいだし。
俺の話がよほどつまなかったのか、それともそれだけ気を許してくれているのか。
これが早瀬さん以外の人だったら相当傷付いていただろうな。
昼休みの予鈴が鳴り、早瀬さんの肩を軽く叩いて教室に戻るよう促した。
彼女は立ち上がり、スカートを少し叩いて先を歩き出す。
その背中を追いかけるように、俺も教室に戻るのが恒例となっている。
隣に並んで教室に戻ったりすると、どんな噂話をされるかわからないためだ。
教室に戻る途中の廊下で、前方からクラスメイトの女子数名がこちらに駆け寄って来る。
前を歩いてる早瀬さんには見向きもせずにすり違った女子たちを、同じようにすれ違うだろうと思い俺は邪魔にならないように少し廊下の端に寄ったのだが、予想に反して彼女たちは目の前で立ち止まった。
「ねえねえ、内野くん」
「へぇっ!?」
まさか話しかけられるとは思わなかったので、俺は素っ頓狂な声で返事してしまう。
「な、なに……?」
早瀬さんや桐野さんとはなにも緊張せずに話せるようにはなったが、親しくないクラスメイトに話しかけられると、いまだに俺はオドオドとした対応してしまう。
それがおかしかったのかどうかはわからないが、クスクスと彼女たちは笑いあっている。
先を歩いていた早瀬さんが立ち止まり、こちらのようすを窺っていた。
胸の前で拳を握り、瞳は心配そうに揺れ、俺のことを助けに行こうかと迷っているように見えた。
目の前にいる彼女たちは、俺に聞こえないように耳打ちしながらなにかを話し合う。
内緒話をこれみよがしにされるのは気分が良いものではないが、邪険にすることもできないのでとりあえず話し合いが終わるのを待っていると、一人が笑みをこぼしながら前に進み出た。
「内野くんって、家から出てる?」
その質問にどういう意図が含まれているのか。
家を出ているかと聞かれたら、今まさに家から出て学校に登校しているので、もちろんと答えるだけなのだが、そんなことは彼女たちも知っている。
考えを推し量っていると、質問を補足するように彼女が続ける。
「ああ、もちろん学校以外でって意味ね。内野くんって休日とか外に出掛けるのか気になって」
「……あんまり外出しないかな」
「だよね! だって内野くんって気持ち悪いくらいに肌が白いもんね!」
……またか。
たった一言だけのことなのに、その一言は俺の胸を深く抉った。
肌が白いはまだわかる。しかし、「気持ち悪い」の一言は果たして本当に言う必要があっただろうか。
たぶん、彼女たちに悪意はないのだろう。気持ち悪いと思ったから俺に言ってきただけ。
そこに言われた側の気持ちを一切考えていないだけ。
俺が一番嫌いな悪意のない言葉。
こんなの気にせずに流せばいいじゃないかと思うかもしれないが、どうしてもまともに受け止めてしまう俺は、なるべく表情には出さないように下唇を噛んで耐えた。
俺が視線を落とそうとしたとき、こちらを心配そうに窺っていた早瀬さんが、怜悧な光を瞳に宿し一歩進むのを見た。
その一歩が俺に勇気を分けてくれた。
早瀬さんも桐野さんも、自分を変えようと頑張ってきたんじゃないか。
そんな二人が尊敬できるほど羨ましくて、自分も変わろうと決意したじゃないか。
なのに、俺はいつまでここで足踏みしているんだ。
桐野さんの貸してくれたエロゲーの主人公は、こういうときいつもどうしてた?
あの主人公は、こんな風に心無い言葉を言われたとき、笑っていたっけな。
「……うん、肌白いってよく言われる」
果たして俺は自然に笑えているだろうか。
もしかしたら上手く笑えなくて変な表情になっているかもしれないが、そんなことが気にならないくらいに勇気が湧いた。
視界の端に映る早瀬さんが、いつか勉強をしたときと同じように、ただそばにいるだけなのに励ましてくれているように感じ、彼女の存在が俺に一歩を踏み出させてくれる。
「この間なんか従妹に羨ましいって言われちゃった」
「あ、わかるー! 内野くんの肌って女子みたいだもん、交換して欲しいくらい!」
彼女たちが楽しそうに話し合っているのを見て、本当に肌が白いことだけを言いたかったことが伝わった。
男子にしては白すぎる肌に対して、つい「気持ち悪い」なんて余計な一言を言ってしまっただけなんだろうな。
心無い言葉に対して敏感に反応していた自分が情けない。
それと同時に、俺と同じような気持ちになる人がいるかもしれないことを危惧して、彼女たちに言った。
「でも人の肌に対して、気持ち悪いなんて言うと気分を害する人もいるから気をつけたほうがいいよ」
俺の言葉に、それまで明るく笑いあっていた彼女たちの声が止まる。
少しきつい言いかたをしてしまったかもしれない。それでもここでちゃんと言っておかないと、また彼女たちは他の人に対しても同じことを繰り返すような気がしたから。
「あはは、確かに! 気持ち悪いは余計だったね、ごめんね!」
強い口調にもしかしたら気を悪くしたんじゃないかという予想に反し、彼女たちは変わらず明るく笑い合い、それどころか俺に謝罪してきた。
「あ、そろそろ授業が始まる!」
嵐のように言いたいことだけ言って去って行く彼女たち。
代わりに早瀬さんが俺のそばに寄って来る。
「ユキ、頑張ったね」
まるで子どもの学芸会を見守っていた母親のような慈愛の満ちた瞳と口調で話しかけてくる早瀬さんに、少し照れ臭くなって思わず俺は視線を逸らし頬を掻いてしまう。
「ちょっと強い口調になったのが反省だけどね」
「ううん、すごく大事。嫌なことを言われたなら、少し強い口調になってもいいから嫌だってハッキリ言わないと」
早瀬さんに穏やかな口調が、まるで母親から頭を撫でられているように心地よかった。
「相手は気分を悪くしてないかちょっと不安」
彼女たちは笑っていたけど、内心は穏やかじゃないかもしれない。
向こうからしたら、ただの何気ない世間話をしたつもりだっただろうからな。
俺が不安に思っていると、それを払拭するように早瀬さんは首を振ってくれる。
「ユキは言い返したとかじゃなくて、それは自分にとっては辛い言葉だからやめてって言っただけだから気にする必要はない。もしそれで怒るようなら相手にしなければいい」
「……そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「うん、ユキはちゃんと変われてる。……それよりも」
早瀬さんが俺の袖をキュッと掴み、非難するような瞳を向けてきた。
「ユキが楽しそうに話しているのが、少し寂しかった」




