第20話 寝てた?
あれから俺も桐野さんに触発されてエロゲーにハマってしまい、自分から購入するようになっていた。
桐野さんに貸してもらってもよかったのだが、彼女が勧めてくるエロゲーはなんというか……性癖を見ているように感じて、俺が恥ずかしくなってやめておいた。
そこら辺の抵抗はないのかな、と疑問に思ってしまう。
もしお勧めを聞いて、リョナとかSMプレイが前面に押し出されたエロゲーだったら引いてしまいそうだ。
俺はネットのレビューなどを参考に、評判の良かったエロゲーを購入し、今プレイしてるのだが……。
「うわぁ……」
あまりの展開に結局引いてしまっている。
自室で、沙希に借りたパソコンではなく、自分のパソコンでダウンロード版で遊んでいるのだが、少し重めのストーリーに俺は背もたれに身体を預けるほど。
話の流れは、主人公の男性が二人の女性と親しくなり三角関係になるという、昼ドラよろしくドロドロのストーリー。
恋人どころか友達も少ない俺にとってあまり共感できない内容だし、一人の女性と仲良くなるともう片方の女性が辛そうにしている姿を見せられると、心が痛む。
レビューでは絶賛の嵐だったんだけどな……。
初心者がやるには少し早すぎたかもしれない。
※ ※ ※
次の日、学校での昼休み。
いつものように一人でお弁当を食べていると、早瀬さんがやってきた。
「ユキ、おはよう」
昼に朝の挨拶するのもおかしいが、早瀬さんや桐野さんは俺に気を遣ってか、教室では話しかけないようにしてくれている。
以前、教室で挨拶されたときに、俺が挙動不審で応えてしまったからだろうな。
なので、早瀬さんとは今日初めて会話する。
「おはよう早瀬さん」
早瀬さんに返事をした俺は、いつものように食べかけのお弁当に蓋をして傍に置いた。
「ユキは、わたしがいるとご飯食べづらい?」
俺の横に腰を落としながらなにげなく早瀬さんに問われて、返事が一拍以上遅れてしまう。
「…………」
頭の中では早く返事をしないといけないとわかっているのに、焦れば焦るほどなにを応えていいかわからなくなってしまう。
「……そんなことないよ」
「うそついてる」
明らかな俺のその場しのぎの嘘を指摘されてしまった。
「わたし、邪魔?」
「そんなことない」
それだけはすぐに否定できた。
決して早瀬さんが邪魔じゃないし、今ではそばにいても心は落ち着く。ただ食べられないことは俺の精神的な問題なんだ。
そんなことを言ってあげられたらいいのに、どんな言葉で取り繕っても早瀬さんを傷付けてしまいそうで、俺はなにも言えずに下唇を噛んでしまう。
横目で早瀬さんのようすを見ると、いつものやる気が感じられない瞳ではなく、不安そうに揺れていた。
ここでちゃんと説明しないと、早瀬さんはきっと傷付くだろう。
「……俺、口下手だからさ。ちゃんと説明できるかわからないけど聞いてくれる?」
心の内側を語るのは、まるで自分の恥ずかしい部分を見られるような感覚。
どれだけ弱いかを晒すような、とてつもない大きな一歩が必要に思えた。
俺は覚悟を決め、今まで誰にも言ったことのない自分の心情を吐露した。
早瀬さんはゆっくり頷き、それを確認した俺はポツポツと説明を始める。
「他人が聞いたらそんなことで、と思うかもしれない。俺は人の心無い言葉で傷付きやすいんだ。特に悪意のない言葉が辛い」
「悪意のある言葉は大丈夫なの?」
「うん。悪意があれば受け流しやすいというか、自分の中で消化できるんだけど、悪意のない言葉は本人は悪気がないだろうから、俺もまともに受け止めてしまうんだ。それからどんどん人付き合いがわからなくなって、気付けば一人でいるのが楽になっていったんだ」
そんな俺が、今は早瀬さんや桐野さんと一緒にいられるのは、二人が気を遣ってくれているのがわかるから。
桐野さんはそんな悪気無い言葉を言ってしまいそうな雰囲気があるが、彼女は意外と誰よりも気を遣っている。
「それからかな、誰かがそばにいたり同じ空間にいるとご飯が喉を通らなくなってしまったのは」
「でも、それだとわたしがいると邪魔にならない? ご飯、食べられなくなるんでしょ?」
早瀬さんの問いに俺は首を振って否定した。
「ううん、全然邪魔にならない。確かにご飯は食べられなくなるけど、俺は一人でいたいわけじゃないんだ。矛盾してるよな。一人でいるのが楽なのに、一人でいるのが寂しいなんて」
「そんなことない。誰しも一人は寂しいから」
「自分でもこのままじゃいけないってのはわかってるんだけどね。早瀬さんや桐野さんは頑張って変わったのに、俺も変わらなきゃいけないって思ってるんだけど」
「ユキ」
早瀬さんが俺の手を取る。
優しく包んでくれるその手のぬくもりが心地よくて、まるで身体を抱きしめてくれているような感覚になった。
早瀬さんが穏やかな口調と笑顔で、子どもに語りかけるように言ってくれた。
「大丈夫、ユキは変われる。もし辛いときはわたしがそばにいるから、だから一緒に頑張ろう」
「……うん、ありがとう」
早瀬さんがそばにいてくれる。それだけでどれだけ心強いか。
勉強をしていたときも彼女はずっとそばにいてくれた。俺が怠けそうになったらなにも言わずにそばにいてくれ、気を引き締めることができた。
「……俺って情けないな。二人にはいつも助けられてばっかりだ」
二人が助けてくれる。
早瀬さんや桐野さんはそんな風に思っていないかもしれないけど、桐野さんは変わろうと思ったきっかけをくれた、早瀬さんは励ましてくれた。
俺は二人になにもしてあげられてないな。
「ユキは気付いてないけど、真理愛はユキのおかげで変わったよ」
「俺のおかげで?」
「真理愛はいつも壁を作ってた。でも、ユキと話すようになってその壁が無くなってきてる」
「そうなのか。特別なにかしたつもりないけど」
「今日も真理愛は他の人とご飯を食べてる。前の真理愛なら考えられなかった」
「ああ、だから今日は桐野さんがいないんだ」
「真理愛、本当は明るいのに学校では無理してた。ユキと話すときはいつもの仮面を捨てることができたからかな、だんだんとクラスメイトと話すときも仮面を捨てるようになった」
俺の中でも最初の桐野さんの印象と、今の桐野さんでは全然印象が変わったな。
クラスメイトにもエロゲーの話をしていないか一抹の不安を覚えるけど。
エロゲーの話をしているときの桐野さんは、率直に言うと痛いからな。
「ユキはわたしたちの力になってるよ」
「早瀬さんの力にもなってる?」
「もちろん」
「……それならよかった」
無意識のうちに俺は二人の力になれていたんだな。
それからは俺と早瀬さんは特に喋ることもなく、ただ時間だけが過ぎて行った。
今日は夏にしては過ごしやすい気温なのか、穏やかな気持ちになる。ちぎれ雲がまるで昼寝をしているかのようにのんびりと空を這っている。
ふいに、柔らかくて暖かいものが俺の肩に乗っかり、見てみると早瀬さんが身体を預けてきていた。
ぴったりとくっついてくる彼女の身体は、はてして本当に重みがあるのだろうかと疑ってしまうほど軽く、特徴的な緑髪のショートヘアからは香しい匂いが鼻腔をくすぐり、制服の上からでも甘い体温が伝わってくる。
早瀬さんは目をつむり、可愛らしく寝息を立てていた。
子どものような寝顔に心が和み、女性の寝顔をずっと見続けるのも申し訳ないので俺はまた空を眺めた。
なるべく起こさないように身動ぎを我慢する。
その態勢を続けること十分ほど。
幸せそうに寝ているのを起こしてしまうのは忍びないが、さすがに次の授業が始まりそうなので俺は早瀬さんの肩を軽く揺する。
「……ぅん」
ゆっくりと早瀬さんの瞼が起き上がり、微睡の世界から浮上してきた。
焦点の定まっていない瞳が俺を捉え、自分が寝ていたのに気付いていないのか、早瀬さんはゆっくりと辺りを見渡す。
「あれ、わたし……」
「早瀬さん、おはよう。寝てたところ申し訳ないけど、そろそろ起きないと次の授業始まるよ」
「わたし、寝てた……?」
「もうぐっすりと」
ついさっきまでの早瀬さんの寝顔を思い出す。
すやすやと寝ているのが可愛くて、俺の口角が勝手に上がってしまう。
寝顔を見られてたのがよほど恥ずかしかったのか、早瀬さんは口をパクパクと開いては閉じてを繰り返し、顔は茹でタコのように真っ赤になっていた。
早瀬さんは寝起きとは思えない俊敏さで俺から弾けるように離れ、早歩きで体育館裏を後にした。
その後姿を追いかけながら、俺は自分が失敗したことを後悔していた。
……あー、やってしまったな。
馬鹿にしたつもりなんて毛頭なくて、微笑ましくてつい頬が緩んでしまっただけなんだけど、早瀬さんからしたら恥ずかしいところ見られて馬鹿にされたと思ったんだろうな。
早瀬さんの背中に心の中で謝りながら、俺も教室に戻った。




