第19話 エロゲーにハマる
確かに桐野さんの言ったとおり、貸してくれたエロゲーは大変役立った。
俺が一番苦手な人物名。あの時代は誰もが似たり寄ったりの名前が多くて、覚えるのに苦手意識があったが、そこはちゃんとキャラクターとして表現されると覚えやすい。
しかもそれが美少女で描いてくれるとより一層覚えやすくなる。
教科書で覚えようとすると、どうしても記号を覚えている感覚に陥っていたが、美少女だと話が違う。
すんなりと人物名が頭の中に入っていった。
このエロゲーの良いところは、ちゃんと史実通りに物語が展開されること。
しかもだ、史実通りなのに今風のなろうのようなストーリー。
というのはこのエロゲーは、現代にいる主人公がタイムスリップして義経に転生するという、なろうのようなお話になっている。
歴史の勉強を、なろう展開で学ぶことができたため、勉強という苦手意識なんてどこかに吹っ飛んでしまった。
義経が主人公の話なので、平安時代全てを勉強することはできないが、主要の人物は頭の中で想像しやすくなった。
エロゲーをプレイする前と後では、教科書を読んだときの理解力が段違いだ。
ああ、この戦はあんな風だったな、とか。この人物名はこういうキャラだったな、とか。
頭の中ですぐにイメージができるようになった。
相当なプレイ時間を要してしまったが、なんとか小テストまでにはクリアすることができた。
そして、小テスト本番。
前の席から紙が配られ、教師の合図で裏返しにしていたテストの紙をひっくり返す。
――……あっ、これエロゲーでやったところだ!
早速一問目から、エロゲーで学んだところが出題された。
そして続く二問目。
これもわかる、解ける!
この範囲、エロゲーでやったところばっかりだ!
いつもとは違い、俺はスラスラと問題を解いていく。
気付けば、最後の問題まで俺の手が止まることはなかった。
テストが終わり、昼休みに体育館裏に来た桐野さんに俺は手を取りお礼した。
「ありがとう桐野さん! おかげで問題が解けたよ!」
桐野さんの手を取って喜ぶ俺とは違い、目の前の人は若干困惑した表情を浮かべる。
「そ、そう。よかったわね」
「いや、エロゲーを舐めてたよ! あんな為になる物だったとは!」
桐野さんは前々から言ってたが、どこか俺はそれを他人事のように聞いていた。
エロゲーがそんな勉強に役に立つとか、そんな馬鹿な話があるか、なんてことを考えていた先週までの俺を殴って目を覚ましてやりたい。
こんな面白くて、抜けて、さらに為になるコンテンツはエロゲー以外にない!
「ユキユキがそんなに喜んでくれたなら、貸してあたしも嬉しいわ。……それはそれとして」
桐野さんがそこで一旦発言を止め視線を落とした。
視線の先には、俺が桐野さんの手を握っている。
そこでようやく、自分が興奮のあまり手を握っていることに気が付いた。
「そろそろ離してくれると、ありがたい、かな」
「あ、ごめん!」
俺は慌てて手を離し、そして桐野さんとの距離も吐息が触れ合うほどの近さだと気付き、弾けるようにして距離を取った。
「ユキユキもようやくエロゲーの良さがわかったのね」
ブロンズの髪をかき上げながら自信満々に答える桐野さん。その顔はどこか赤みがさしているように思える。
「そうなのよ、エロゲーって実は高尚なゲームなの。笑いあり、涙あり、抜きあり、そして勉強の為にもなるの」
いやはや、まったくその通りだ。
桐野さんのいつものエロゲーの講釈を、俺は何度も頷いて肯定する。
「それで、ユキユキはどれぐらい問題解けたの?」
「ん? 全部解けたけど」
「は? 全部?」
「もちろん、全部解けたよ」
いや、本当にエロゲーをやっててよかった。まさかまさか俺も全部わかるとは思わなかった。
正解してるかわからないけど、テストの出来は期待してもいいんじゃないだろうか。
期待に胸を膨らませている俺に、桐野さんは手を振った。
「いやいや、ありえないから。あたしが貸したエロゲーで勉強できるのは義経の時代だけ。それ以前はどうやって勉強することができるのよ」
「ああ、それは教科書で勉強したから」
「エロゲーじゃなくて?」
「うん、教科書で普通に勉強した」
桐野さんに貸してもらったエロゲーにハマりすぎた俺は、義経が生まれる前、そして亡くなったあとのことが気になり、教科書で学びなおした。
「ユキユキ……。それだったらエロゲーとか関係ないじゃない。あんた一人で勉強した成果よ」
「そんなことないよ。問題が解けたのはエロゲーのおかげだって」
なぜなら義経の兄である頼朝がなぜ幽閉されていたか、そういった細かいところもエロゲーが解説してくれ、そのおかげで教科書を読んだときに頭の中でイメージしやすくなっていた。
だから勉強が捗った原因は、間違いなく貸してくれたエロゲーのおかげだ。
俺がそう説明すると、桐野さんはどこか納得いかないようすだったが、テストの成果をちゃんと褒めてくれた。
「ユキユキの勉強に役立つことができたなら、貸したあたしも嬉しいわ。テスト良かったわね」
「ああ、うん。本当にありがとう」
桐野さんと話し合っていると、ふいに、背中から微かな違和感が。
肩越しに振り返ると、早瀬さんが俺の制服の裾を摘まんでいた。
やんわりとした、引っ張るわけでもなくただつまんでいるだけなのだが、それが早瀬さんの精一杯の主張だとわかる。
いつものやる気が全く感じられない瞳で感情が読み取れない。
だけど、摘ままれた指先から早瀬さんの感情が伝わってくるような気がする。
「早瀬さんも勉強を見てくれてありがとう」
俺がお礼を告げると、そっと指が離れる。
早瀬さんは瞳を伏せ、なるべく俺と視線を合わせないようにしているようだ。
「……わたしは、なにもしてない」
消え入りそうな声で早瀬さんは呟いた。
「ただ、そばにいただけ」
「それが一番俺にとっては助かったよ」
早瀬さんが言ったとおり。彼女はずっと俺のそばにいてくれた。
教科書で勉強しているとき、ずっと早瀬さんは前にいてくれた。
家で勉強する気にはなれなかった俺は、放課後の教室で教科書と睨めっこし、そのあいだ早瀬さんは文庫本を読みながら前の席に。
暗記するしかやることがないので、特別なにか教わったわけではないが、早瀬さんの存在はとてもありがたかった。
勉強を続けていると、どうしても集中力が切れてしまいそうなときもある。
けれどそんなとき、視線を上げると早瀬さんが助けてくれた。
音楽を聞くこともなく、ただ無言で文庫本に視線を落としているだけなのに、なぜか早瀬さんが励ましてくれているような気がして、もう少し頑張ってみようと不思議とやる気がでた。
俺にとってそんな早瀬さんの存在はとてもありがたかったが、彼女はなにもしていないと自分を責めているのかもしれない。
だから俺はそんな不安を取り除こうと精一杯の笑顔を向ける。
「だから、早瀬さんもありがとう」
「ううん。ユキの役に立てたなら、よかった」
早瀬さんはようやく視線を合わせてくれ、微かに微笑んだ。




