第18話 なにしに来たんだ
「どうぞ、中に入って」
「お邪魔します」
俺が中に入るよう促すと、前回同様桐野さんは少し背筋を伸ばして、軽く頭を下げながら玄関の扉を潜った。
玄関には沙希の靴も置かれていた。どうやら沙希は家にいるみたいだが……さて、どうしよか。
ここに来るまでの会話で、桐野さんは沙希と仲良くなりたいと言っていた。
別にそれはいいのだが、仲良くなった二人が俺のことであることないことを話されるのも癪だ。
なるべく二人が鉢合わせないように、さっさと部屋に入ってしまおう。
「どうぞどうぞ。俺の部屋まで案内するよ」
「いや、前に来たから大丈夫だけど……」
桐野さんの背中を軽く押して強引にホール玄関を抜けようとすると、前回同様、沙希がリビングから出てきた。
「あ、お兄おかえりー」
沙希の姿がいつもの部屋着ではなかった。
少しダボッとしたシャツにデニムパンツ、その上からなぜかエプロンを着用している。
沙希は、俺の隣に桐野さんがいることを認識すると笑顔のまま片眉を上げた。
「あ、どうも」
軽く会釈してリビングに戻ろうとする沙希。
そのとき、俺の脇を軽く痛みが。隣を見ると、桐野さんが肘で突いてきている。
桐野さんが言っていた沙希と仲良くなりたいは本当のようだ。
俺は嘆息し、沙希に桐野さんを紹介することに。
「沙希ちょっと待って。こちらは桐野さんっていって、俺のクラスメイトなんだ」
「はぁ……」
なぜ自分のクラスメイトを紹介されているのか意味がわからず、沙希は首を傾げて気の抜けた声をこぼす。
「それでだな……」
俺がどう紹介すればいいのか困っていると、沙希のシャツに見覚えがあった。
女性の沙希には明らかにサイズが合ってない。けれど、俺が着るとちょうどいいサイズの……って、俺のじゃん!
「こら、それ俺のシャツじゃん! なんで沙希が着てるんだよ!」
「てへっ」
イタズラが見つかった子どものように沙希は俺から視線を逸らし、誤魔化すように可愛らしく舌を出した。
「ちょっとお菓子でも作ろうかなって思って。でもウチの服が汚れたら嫌だからお兄の服借りちゃった」
頬に指を当てながら沙希は言い訳を並べている。俺の服なら汚れてもいいってか?
「自分の服で作ればいいだろ。さっさと脱げって」
「きゃー、お兄のエッチー!」
シャツの肩口を掴んで脱がせようとする俺から逃げるように、沙希が身を捩らせて抵抗する。
そんな俺たちのやり取りを止めたのは、鼻息を荒くした桐野さんだった。
「まあまあ、ユキユキも貸してあげればいいじゃん」
「そうだそうだ! お兄は心が狭いぞー」
桐野さんの背後に回り、肩口から顔を覗かせて沙希が野次を飛ばしてくる。
沙希よ、背中からじゃ桐野さんの表情が見えてないだろうが、今彼女はとんでもない変態な顔をしているんだぞ。
女子二人の攻撃に、男子一人しかいない俺はなすすべもなく白旗を上げるしかなかった。
「わかったわかった。そのかわり終わったらちゃんと洗ってくれよ」
「もち! 桐野さんあざまちゅー!」
沙希は桐野さんの正面に回り、手を握りあい喜びあっている。
そのときにはもう桐野さんの表情は元に戻っていたため、沙希があの変態面を拝むことはなかった。
「沙希ちゃん、お菓子作ってるんだ。あたしも手伝っていい?」
「え、マジ!? やろやろー!」
凄い、これが陽キャ二人のコミュニケーション能力なのか。
出会って数分なのにもう仲良くなっている。俺には決してできない芸当だ。
桐野さんが自分の鞄を俺に渡してきた。
「ということで、ユキユキは一人でゲームやってて。あたしは沙希ちゃんとお菓子作ってるから」
さすがに桐野さんも沙希の前ではエロゲーとは言わず、ゲームという表現をしていた。
ワイワイ楽しげに話しながら二人はリビングの奥へと消えていく。
俺はただ呆然とその後姿を見送り、少し寂寥感に苛まれながら自室に引っ込んだ。
階下から聞こえてくる声を尻目に、黙々とパソコンを用意する。
たまに桐野さんの歓喜のような絶叫ともつかないような声が響いてくるが、聞こえなかったことにしよう。
どうせ危惧したとおり、俺のあることないことで盛り上がってるだけだろうから。
他人の鞄を開けるのは気が引けるが、本人が大丈夫と言っていたので桐野さんの鞄からエロゲーを取り出した。
整理整頓された教科書や筆記用具が並んだ鞄の中に、一つだけ異色の光を出しているパッケージ。
DVDを取り出しパソコンにセットし、インストールするまで一時間ほどかかった。
待ちに待ったエロゲー。
これをやれば平安時代の勉強は大丈夫だと桐野さんは言っていたが、果たして本当なのだろうか。
マウスを操作して「START」のボタンを押そうとしたところで、階下から俺を呼ぶ声が。
「お兄ー、桐野さん帰るってー! 鞄持って来てー!」
え、今からやろうとしてたのに帰っちゃうの? 結局あの人は家までなにしに来たんだ。
沙希と仲良くお菓子を作ってただけのような。
桐野さんの不可解な行動に俺は首を傾げてしまう。
鞄を片手に提げながら階段を下りていくと、ホール玄関に二人が立っていた。
「あ、ユキユキありがと」
鞄を渡すと、桐野さんはさりげなく近づいて俺に耳打ちしてきた。
「エロゲーは貸してあげるから。ちゃんとやっておくのよ」
それだけを囁いて桐野さんは俺から離れ、次に沙希の身体に身を寄せる。
「ほら、沙希ちゃん。ユキユキにクッキー渡してあげなよ」
「桐野さん心配しすぎっしょ。お兄はウチが作ったものならなんでも美味しいって言うんだから」
そう言いながらも少し不安に思っているのか、チラチラとこっちを窺いながら、沙希は緊張した面持ちでクッキーが入った小袋を渡してきた。
すぐに渡すはずなのにわざわざ丁寧に包装された小袋。少し震えている指先から俺はそれを受け取った。
「ありがとう」
お礼を言って、小袋の中からクッキーを摘まみ口に放り込んだ。
舌に広がる甘味を口の中で楽しみながら、目の前で強張った表情をしている沙希に感想を告げた。
「うまい」
そんな陳腐な感想しか言えない。けど、ボキャブラリーの少ない俺にはこれ以外言えないので仕方ない。
たまにご飯を作ってくれる沙希だが、手作りのお菓子は初めてな気がする。
だけどいくら初めてといっても料理には慣れてるだろうから、そんな緊張することでもないだろうに。
俺の賛辞がよほど嬉しかったのか、桐野さんと沙希は手を取り合って喜んでいる。
「ま、まあ、わかってたけどね! お兄はウチの料理が大好きなことは最初からわかってたし!」
頬を染めながら腕を組んで堂々と胸を張っている沙希の後ろを、桐野さんは鼻息を荒くして眺めている。
確かにテンプレのようなツンデレ発言をしているが、桐野さんの表情は異常性癖者にしか見えない。
沙希とのやり取りでお腹が一杯になったようで、送っていこうとする俺を断り桐野さんは満足した笑みを浮かべて帰っていった。
本当になにしに来たんだあの人は。




