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第15話 髪を緑にした理由

 次の日、昼休みの体育館裏で俺は一人でお弁当を突いていた。


 今のところ早瀬さんも桐野さんも来ていない。

 特に約束もしていないから、来ないかもしれないな。


 弁当を半分ほど食べ終えたところで、早瀬さんがやってきた。


「私もここで食べていい?」


 俺の許可なんて取らなくてもいいのに、早瀬さんは律儀に聞いてくる。

 駄目だと拒絶するのも感じが悪いので、俺がとりあえず頷くと、初めて話したときと同じように俺の真隣に腰を下す。


 早瀬さんがコッペパンを取り出し、小さい唇でもそもそと食べ始めた。

 それ一つだけなのかな? そんな量で足りるか不安に思ってしまうが、小柄だし充分なのかもしれない。


 リスのようにパンに齧りついて食べている姿は、思わず餌付けしたくなるほど庇護欲をくすぐられる。


 沙希によく言われるのだが、俺は食事をしているとき、美味しそうに笑みを浮かべながら食べているらしい。

 しかし早瀬さんは、美味しいのかどうかわからない無感動な表情でただ機械的に食べている。


 早瀬さんと何度か話し、クラスメイトの誰よりも親しくなったつもりだが、それでも隣に誰かいると食事が喉を通らない俺は、弁当を半分残して蓋をする。


「もう食べないの?」


 やる気がまったく感じられない瞳を向けながら早瀬さんが聞いてきた。


「うん、もうお腹一杯かな」


 俺はそんな風に答えたものの本当はまだまだ足りない。しかしこの場で食べるくらいなら休み時間、もしくは家に帰って食べた方がマシ。


「そっか」


 早瀬さんが短く答え、コッペパンを食べるのを再開する。そして訪れる沈黙。


 ジージージリリリ、と鳴いている蝉や教室から漏れ聞こえてくる生徒の喧騒が混ざり合った不協和音が二人の間を通り抜ける。


 そんなことを考えてしまうくらいに気まずい雰囲気。


 早瀬さんはよくこの場所に来ては俺の隣に陣取り会話をしてくれるが、彼女と話して会話が盛り上がった試しがない。


 これが桐野さんだったら、向こうが勝手にエロゲーの話で花を咲かせてくれるのに。


「早瀬さんって髪を緑に染めてるけど、学校に怒られないの?」


 重たい沈黙を払いたくて、俺はそんな話題を切り出してみる。


「一度怒られたけど、無視したらそれから怒られなくなった」


 これが早瀬さん以外の生徒だったら、呆れられたか見放されたと推測しただろうな。


 実は早瀬さんはこう見えて(失礼だけど)成績優秀。桐野さんも成績が良い方だが、そんな彼女と比較にならないくらいに優秀なのだ。


 常に学年一位。そのため、多少の校則違反は見逃されている節がある。


「なんで髪を緑色にしようと思ったの?」


 続けて俺は、気になっていた疑問を早瀬さんにぶつけてみる。


 オシャレで髪を染めたかったのかもしれないが、校則違反までして染めようとは普通思わない。

 例え思ったとしても、注意されにくい茶髪にする。


 俺の質問に、早瀬さんはもぐもぐとパンを咀嚼しながら話すかどうか悩むような素振りをみせ、パンを飲み込むとおずおずと口を開く。


「……わたし、こんな見た目をしてるから大人しい子って思われるみたい」


 確かに、俺も早瀬さんの第一印象は大人しいだった。


「だからかわからないけど、最初はみんな穏やかに話してくる。中には高圧的に話しかけてくる人もいる」


「最初はっていうことは、段々違ってくるの?」


「うん。わたしは普通だと思ってることはどうやら違うみたいで、みんなの態度が徐々に変わってきて離れていく」


 一番驚いたのが、早瀬さんは普段の行動が普通だと思ってることだ。

 耳を舐めたり、急に笑い始めたり、到底普通とは思えないけど。


「それが申し訳なくて、だからわたしは髪を奇抜な色に染めたの。見た目で大人しいって思われるなら、そう見られない髪色にしようかなって」


「あー、だから緑色にしたんだ」


「うん。ゆくゆくはスキンヘッドとかモヒカンにすることも考えている」


 やる気がまったく感じられない瞳のまま、自信満々に力強く親指を立てて突き出してきた。


 桐野さんもその見た目に悩み、それに負けずに努力して今がある。

 周りからの勝手な評価、偏見、悪意のない暴言。そんな嫌なことにも負けずに、二人ともちゃんと頑張ってるんだな。


 それなのに、俺と来たら……。


 俺が落ち込んでいると、今度は早瀬さんから質問された。


「ユキはスキンヘッドとかモヒカンは好き?」


「……特には。たぶん、早瀬さんじゃなかったら道を譲っちゃうかも」


「そか。じゃあやめとく」


 なぜ俺の意見でやめるのかよくわからない。


 早瀬さんはパンを食べ終え、それからは特に話をする気もないのか、いつも首にかけているヘッドホンをつけはじめる。

 隣から音楽がかすかに漏れ聞こえる。なにを聞いてるかわからないが、お経じゃないことは確かだ。


 あまり俺の話は面白くなかったみたいだ。

 盛り上がることもなかったし、当然っちゃ当然だけど、ちょっと落ち込んじゃうな……。


 自分のコミュニケーション能力の低さが恨めしい。


 俺が意気消沈していると、最近は聞き馴染みの声で呼びかけられた。


「あれ、ユキユキ。落ち込んでるけどどうしたの?」


 桐野さんだ。

 気まずい雰囲気だったので、彼女が来てくれたことに内心ホッとした。


 昨日のことが少し心残りだったが、どうやら桐野さんは気にもしていないようすで、いつもと変わらない態度だった。


「もうすぐ昼休み終わるけど、桐野さんはお昼ご飯大丈夫?」


「あたしは別の人と食べてきちゃった。ほんと最悪、予定あるって言ってるのに、強引に誘われちゃってさ」


 そこで桐野さんの視線が早瀬さんに移る。


「へー。ユキユキって、麻衣と相当仲良くなったのね」


 一瞬、嫌味を言われたかと思った。

 俺との会話を遮断するように音楽を聞き始めている姿を見て、どこが仲良く見えるのか。


 けれど桐野さんは本当に関心しているのか、しきりに頷いている。


「これのどこが仲良くなったように見える? 完全に音楽の世界に入って壁を作ってるけど」


 少し不満気な声で訊ねると、桐野さんがそれでなぜ俺が落ち込んでいたか察したようだ。


「あー、だからユキユキちょっとしょげてるのね」


「別にしょげてなんか……」


「安心して。麻衣が音楽を聞くってことは、相当気を許しているって証拠だから」


「音楽を聞くことが?」


「そうなのよ。麻衣っていつもヘッドホンを首にかけてるけど、人がいる場所で聴覚を奪うのは怖いって言って絶対に音楽を聞かないの」


「じゃあ、今音楽を聞いてるってことは……」


「ユキユキに心を開いてるって証拠ね。知ってる限りじゃ、あたしと家族以外では音楽を聞くことないから」


 桐野さんが早瀬さんの肩を叩いて、ヘッドホンを外すような仕草をする。


 早瀬さんは今までの俺たちの会話が聞こえないほどの音量で聞いていたようで、肩を叩かれてようやく桐野さんがいることに気付いたようだ。


「あ、真理愛。いたんだ」


 早瀬さんは耳からヘッドホンを外し桐野さんを見上げた。


「麻衣はユキユキといると落ち着く?」


「うん、落ち着く」


 どこでそんなに心を開いてくれたか分からないが、早瀬さんが気を許してくれていることがわかり俺は一安心した。

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