第14話 桐野さんとエロゲー
俺がローテーブルを準備しその上にノートパソコンを置いてある間、桐野さんが手持ち無沙汰に部屋の中をキョロキョロと見渡す。
「それにしても、殺風景な部屋ね」
部屋の中には勉強机とベッド、本棚しか置いていない。壁に好きなアーティストのポスターを貼ったりだとか観葉植物が置いてあるとか、そんなものは一切ない。
「間借りしている部屋だからな。そんな好き勝手にできないよ」
「それもそうね」
部屋の中心にローテーブル置いて、俺はその前にあぐらを書いて座る。その横に桐野さんが女の子座りで並んだ。
「はい、これ」
桐野さんが鞄からエロゲーを取り出して、俺に渡してくれた。
箱から取り出しパソコンのDVDドライブにセットすると、ディスクが中に吸い込まれていく。
俺がマウスをカチカチッとクリックして手際よくインストールしていると、桐野さんが興味深そうに覗き込んできた。
「へー、結構古いパソコンね。このゲーム、古い作品だから対応してるか不安だったのよね」
「俺の持ってるパソコンじゃ対応してなかったかも。DVDドライブも付いてないパソコンだから、沙希に借りたんだ」
「あ、これ沙希ちゃんのなんだ。勝手にエロゲーをインストールしていいの?」
そこで俺は、自分の唇に人差し指を当てた。
仕草で「静かに」という意味は伝わったようだが、意図を測りかねているのか桐野さんが小首を傾げる。
俺はなるべく足音を立てないように音を殺し、ゆっくりとドアのほうに向かった。
ノブを掴み一気に引くと、そこには沙希が座っていた。
直前まであった扉に耳を押し当てていたようで、眉間に深いしわを刻み、息を潜めていたようすから、聞き耳を立てていたようだ。
「なにやってんだ?」
腕を組んで俺が詰問する口調で訊ねると、沙希が両手を上げてしどろもどろになる。
「あ、いや、お客さんにお茶を持ってきたの!」
確かに沙希のそばにはお盆が置かれていて、その上にはお茶やお菓子が乗った皿があった。
……バレたときの保険に用意してたな。
「そうか、ありがとう。もう用は済んだよな?」
俺が手で追い払う動作をすると、沙希が唇を尖らせ小声でブツクサ言いながら去って行く。
片手でお盆を持ちながら扉を閉めて振り返ると、桐野さんが俺たちの光景で興奮したのか、鼻息を荒くしているのを見て思わず嘆息してしまう。
とりあえず興奮した頭を冷まさせるため、桐野さんにお茶を渡した。
「やっと終わったか」
待つこと三十分ほど。ようやくインストールが終えパソコンのモニター一杯に美少女が映りだす。
お茶で唇を湿らせていた桐野さんが顔を上げて、俺と同じようにモニターを覗き込む。
「ほらほら、早く始める!」
モニターに映った美少女に負けず劣らずな隣にいる人物が俺の肩を叩き急かしてくる。
俺は「はじめから」をクリックし、エロゲーを始めた。
すぐに問題が起きた。
やはり一人用のゲームを誰かと遊ぶのは無理があったのだ。俺と桐野さんで衝突が何度も起きる。
「あんた読むの早すぎ! まだあたしが読んでないでしょ!」
という桐野さんの抗議から始まり。
「なんでキャラが喋ってるのに次に進めるのよ! まだ三文字程度しかキャラが喋ってないじゃない! 声優さんが心血を注いでくれた演技はちゃんと聞きなさい!」
と、隣では桐野さんが俺の操作に一々文句をつけてくる。
俺はエロゲーに限らず、アドベンチャーゲームをするときは文字表示速度を最速にして遊び、キャラが喋っていようがさっさと進行してしまうのだが、それが桐野さんにとっては気に入らないようだ。
隣の喚き散らす声がうるさいので、オート進行で遊ぶことに。
ちなみにオート進行とは、選択肢以外は全部自動でゲームが進み、こうなるとぶっちゃけ見ている以外やることがない。
「ユキユキが一日でクリアできた理由がわかったわ」
しかもなぜか桐野さんに呆れられてしまった。
プレイし始めて三十分ほどで濡れ場のシーンに。
桐野さんが貸してくれる前に教えてくれた、抜きが重視しているエロゲーという言葉どおり、泣きゲーでは考えられないほどの展開の速さでエッチシーンに入った。
「…………」
女子と二人っきりで、しかも美少女とエッチシーンを見るのはやはり気まずいな……。
俺が落ち着きなくソワソワしながら、隣の人はどうなんだろう、と気になり横目でチラッと桐野さんのようすを窺うと、めちゃくちゃ真剣な目でモニターを凝視していた。
どうやら気まずい思いをしているのは俺だけのようだ。
選択肢が画面に表示され、その選択肢が「中に出す」もしくは「外に出す」。
うーん、ここは女性もいるし「外に出す」を選択するか……。
なんせこいつら、生でやってるし。
俺がその選択肢を選ぶと、隣から「はぁ!?」と驚愕の声が。
「あんたなんで外に出してるの!? そこは絶対中でしょ!」
「え、だって……生だから妊娠の可能性もあるし……」
「これは創作なの! 男ならとりあえず中に出しておきなさいよ!」
女性の発言とは思えない、とんでもないことを言いだす桐野さん。
そのあとも、俺が選択肢を選んでは桐野さんがケチをつけてくる。
「ユキユキ、そこは『はい』を選んで」
「『はい』ね。この選択肢も同じでいいの?」
「そう、そこも同じ。ああ、そのあとも『はい』を選んで」
「ここも同じね。じゃあ、このあとも『はい』でいいのか」
「なにやってるのよ! そこは『いいえ』でしょう!」
「だぁぁぁあああ! 俺の好きにさせろー!」
ついに堪忍袋の緒が切れ、俺は叫んでしまう。
急に叫びだした俺に桐野さんがビクリッと震え、オドオドしながらも反論してきた。
「な、なによ。せっかく選択肢を教えてあげてるのに……」
「もういいよ! 俺の好きなように選択肢を選ばせろよ!」
「わかったわよ……」
不承不承ながら桐野さんは首を縦に振ってくれた。
……やっと好きなようにゲームを遊べる。ずっと隣で、俺のやり方や選択肢に文句を言われていたのでフラストレーションが溜まってしかたなかった。
最初は、俺の自由に選択肢を選んぶことができ、楽しくエロゲーを遊ぶことができた。そう、最初は。
俺の手となり足となったエロゲーの主人公は、急に人が変わったように暴力的な性格に。
ヒロインを襲いだし、なんと〇〇〇に△△を挿し始め、そこから■を流し始めたのだ。
「えぇ……」
常軌を逸した主人公の行動に桐野さんが引いている。まるで汚物を見るような視線を俺に向けてきた。
いや、待て。なんでそんな目で俺を見てくる。
確かに俺が選択肢を選び始めてから主人公がおかしくなってしまったが、別に俺もやりたくてやってるわけじゃない。勝手にやり始めたんだ。
「あんた、最低ね……」
桐野さんが呆れた声で言い放ってくる。だから俺じゃない。
もちろんそんな行動を繰り返してハッピーエンドになるわけもなく、とてつもない凄惨な終わりを迎えてしまう主人公。
エロゲーをやり終え、室内には気まずい空気が漂った。
その雰囲気には耐えきれなかったのか、桐野さんが腰を上げる。
「あたし、帰るね」
「あ、うん……」
桐野さんを玄関まで見送る。
玄関ホールで沙希と擦れ違った桐野さんが「お邪魔しました」と、軽く頭を下げ家を出て行った。
「……お兄、まさか襲ってないよね? 彼女、しかめっ面してたけど」
……襲ってないけど、ある意味襲ったようなものなのかもしれない。




