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第13話 沙希と桐野さん

「どうぞ」


 帰宅して玄関に桐野さんを招き入れる。


 背筋を伸ばした桐野さんが玄関の扉をくぐりながら軽く頭を下げ、「お邪魔します」と畏まった言葉を口にする。


「そんな気を遣わなくてもいいよ。ゆっくりして」


 まあ俺も居候している身なんだけどな。一応マナーとしてそんなことを言っておく。


 玄関に置かれた一足の靴。どうやら沙希は家にいるようだ。

 できれば沙希に見つかる前に部屋に引っ込みたい。


 見つかったら鬱陶しく騒ぐのは想像に難くない。


「俺の部屋は二階だから、さ、早く行こう」


「あ、うん」


 階段を上がる前にどうしてもリビングの扉を横切らないといけない。


 ホール階段を抜けようと、俺は桐野さんの背中を軽く押しつつ少し強引に部屋に案内しようとして。


「あ、お兄おかえりー」


 沙希がリビングから出てきた。


 最初は笑顔で出迎えてくれた沙希だが、俺の隣にいる桐野さんを見て絶句して固まってしまう。


「あ、お邪魔してます」


 ご丁寧に、明らかに年下の沙希にも、桐野さんは腰を曲げて挨拶する。

 そんな彼女とは違い、絶句して固まったまま現実に返ってこない沙希。


 刹那、沙希の腕が俺の首に巻きつき小脇に引き寄せられた。


「お兄、どういうこと……?」


 く、首が締まっている……!

 沙希の脇の下でガッチリとロックされ、身動きが取れなくされてしまう俺。


 ドスの利いた低い声で、桐野さんに聞こえない声量で沙希が脅してくるが、なにに怒っているか検討もつかない。


「いつのまに彼女なんて作ったの……?」


「桐野さん、は……彼女じゃ……ない……」


「ほんとうに?」


「ほんとう、だって……!」


「あのー」


 俺たちのやり取りを見ていた桐野さんが仲裁に入ろうとしてくれたのか、軽く声を上げて割り込んできた。


「これ、よかったらどうぞ」


 いつのまに買っていたのか。たぶん、さっきコンビニに寄ったときだと思うが、桐野さんがお菓子などが入ったら袋を沙希に手渡した。


「あ、これはわざわざどうも」


 俺を放り投げて、沙希がササっとそれを受け取る。


 さすが女の子。たかだか同級生の家に行くだけなのに、手土産を用意してくれるとは。


 これが男同士だったらそんなことしない。


 教室にいるときの、仮面を被ったよそ行きの顔をした桐野さんは、どっからどう見ても優等生の美少女にしか見えない。

 まさかこの人物が、家にエロゲーをやりに来たとは想像できないだろうな。


 沙希が手土産を受け取りながら、桐野さんの容姿を上から下へと無遠慮に観察する。


 ただ残念なことに、よそ行きの顔をした桐野さんは完璧超人人間。

 どこにも欠点らしいものはない。


 負けを悟ったのか、沙希が眉間にシワを寄せ「ぐぬぬ」と呻いた。


「ごゆっくり!」


 負け惜しみなのか、沙希は最後にそれだけ言い残してリビングに引っ込んでしまった。


「可愛い妹さんね」


 部屋に案内したあと、俺の部屋に入り開口一番に桐野さんがそんなこと言ってきた。


「沙希は妹じゃないよ。従妹だね」


「従妹……? 従妹と一緒に住んでるの?」


「うん。この家は沙希の家で、俺は厄介になってるんだ」


「え、それってもしかして、ユキユキのご両親って……」


 桐野さんがそこで「しまった!」と、失言をしてしまったとばかりに口元に手を当てる。


 視線はおろおろと忙しなくあちこちに動き回り、表情はみるみるうちに青ざめていく。


 これだけの説明だと勘違いしてしまうのは仕方ないか。


「桐野さん勘違いしてるよ。俺の両親は生きてるし、捨てられたとかじゃないから」


「あー、なんだ。焦って損したじゃない、はやく言いなさいよ」


「単純に実家だと学校まで遠いから、厄介になってるだけだよ」


「なるほどね」


 そこで何かに気付いたのか、考え込むように顎に拳を添える桐野さん。


「一つ屋根の下で、従妹と生活……?」


「まあ、そうだな」


「それって最高の展開じゃない。同世代の若い男女が一緒に暮らして、なにもないわけないもの」


「あのな、変なこと言うなよ。従妹だから、そんな関係になるわけないだろ」


「ユキユキこそなに言ってるのよ。従妹なのよ? エッチしても大丈夫な関係なのよ?」


「そんな変な目で見てないから。沙希は従妹といっても妹みたいなもんだから」


「きゃー! なにその一番萌えるシチュエーション!」


 うるさ……。

 いきなりつんざくような絶叫に、思わず耳を塞いでしまう。

 

 なにに興奮しているのかわからないが、桐野さんは鼻息を荒くしてなにやら語り始めた。


「あたしね、最近の妹物には辟易してるの。妹物とのたまいながら、蓋を開けてみたら義理の妹が多いこと」


 そこで言葉を区切り、嘲笑するように鼻で笑う桐野さん。


「義理なんて逃げよ。血が繋がってこそ背徳感があって興奮するんじゃない。実妹こそ正義よ!」


 俺、これを最後まで聞かなきゃいけない……?


 桐野さんはなにやら熱く語っているが、興味が全くそそられない。


「けど、悲しきかな。実妹にはどうしても障害が付きまとうの。そこが興奮する部分でもあるけど、現実的ではないわね」


「現実的っていうか、法律的にアウトだからな」


「そう、そこなのよ! 実の妹はどうしてもその壁が付き纏うけど、従妹は違うわ。血は繋がっているのにエッチしてもいいなんて最高じゃない!」


 呆れて言葉も出ない。


 沙希のことを邪な目で見ることなんてないが、そんな風に邪推されて語られたら今後暮らしにくくなるだろ。


「従妹を従妹として接していたら話が違ったわ! それを妹みたいに思ってるなんて、関係を進めても大丈夫な禁断の恋なんて……どれだけエロゲーみたいな生活してるのよ!」


 えっと、パソコン用意して……。あ、ローテーブルの上でやったほうが二人とも見やすいかもな。


 背後から聞こえる妄想話を聞き流し、俺はせっせと準備に取り掛かった。

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