第12話 別のエロゲー
「桐野さん、貸してくれてありがとう」
早瀬さんからエロゲーを受け取り、俺はそのまま桐野さんに返した。
「まさかこんなに早くクリアするとは思わなかったわ」
桐野さんがエロゲーを鞄の中にしまう。
ようやくこれで、このよくわからない集会は終わりを告げるんだな。やっと昼休みに落ち着いてご飯を食べることができる。
少し寂しいような、ホッとしているような。
心の中で安堵していると、桐野さんが鞄からエロゲーを取り出した。俺が返したエロゲーとは別の。
「はい、これ」
晴れやかな笑顔で俺に差し出してくる桐野さん。
「なにこれ?」
俺はそれを受け取らずにただ見つめてしまう。
「なにって、別のエロゲーを貸そうと思って」
「……え」
思わず絶句する俺に、お構いなしに言葉を続ける桐野さん。
「貸したエロゲーがシナリオ重視だから、ちょっと男子には面白くないかもと思って、抜きがメインのエロゲーも持ってきたのよね」
今更だけど、女子にエロゲーを借りるってとんでもないことだな。
「これも貸してあげるからやってみてよ」
押し付けるようにエロゲーが俺の手元に。どうやらまだまだこのよくわからない集会は続くようだ。
思わず項垂れてしまう。
さらに続けて桐野さんがとんでもないことを言い始めた。
「あ、そうだ。今日ユキユキの家に行っていい? 実際にエロゲーをやってるのを見て、どんなに早くクリアするか見てみたいから」
「…………」
あまりに突拍子な提案に俺が言葉を失っていると、桐野さんの中では決定事項らしく、どんどん話が進んでいく。
「LINE交換しましょ。放課後予定空いてるわよね? あ、麻衣も一緒に行こうよ」
桐野さんが早瀬さんに声をかける。しかし早瀬さんはやる気が全く感じられない瞳を伏せてゆっくりと首を横に振った。
「いい。わたしははエロゲーは興味ないから」
「あ、そう」
桐野さんは断られるとわかっていたのか、さして気にもしない感じで短く答えた。
「早瀬さんはエロゲーに興味ないんだ。いつも教室で楽しく話してるから、同じように好きなのかと思った」
早瀬さんがエロゲーをやってるのは想像できないが、二人はいつもニコイチ。
だから共通の話題だと思っていたのだが、それは勘違いなようで、俺の疑問に早瀬さんが答えてくれた。
「ううん、わたしは全くしない。真理愛がずっとエロゲーの話をして、私は聞いてるだけ」
なんだそのはた迷惑な話題提供。
「けど、真理愛が話してくれるから、やったことはないけど詳しいよ」
だから早瀬さんは自分と似た雰囲気のキャラクターを知っていたんだな。
「だからあたしはユキユキがエロゲーしてくれるの嬉しいのよね。ようやく分かり合える人ができたと思って」
なにやら桐野さんが気持ち悪い笑顔で喜んでいる。
いくら美少女といっても、彼女に恋している人がこの姿を見たら百年の恋も冷めるだろうな。
※ ※ ※
桐野さんと教室で一緒に帰ったりすると、良からぬ噂話になりそうで、学校を出たところにあるコンビニで落ち合うことにした。
俺がそう提案すると、桐野さんは少し不思議そうにしていたが、特に不満はないようで納得してくれた。
なんせ二大美少女のあの桐野さんだ。
一緒に帰るところを見られたら、やっかみや嫉みで誹謗中傷を言われるに決まっている。
放課後になり、教室を先に出た桐野さんから五分遅れで俺も教室を後にする。
スマホが震えて確認すると、滅多に届かないLINE通知が。
コンビニに着いたという桐野さんからメッセージ。さらに続けてよくわからないスタンプも送られてきた。
あまり待たせるのも申し訳ないので小走りでコンビニに向かった。
夏の炎天下で急いで向かったため、到着するころには汗だくになりシャツが肌に張り付いて気持ち悪くなっていた。
周囲の人々も同じようで、額に汗を拭いながらコンビニに入る学生、暑さのあまりネクタイを緩めるサラリーマン。
そんな人たちで出入りするコンビニの前を、一人の美少女が立っていた。
ただコンビニの前に佇んでいるだけ。それだけのことなのに、どうしてあんなに絵になるんだ。
下界に天使が舞い降りたような錯覚すら覚える。
店に入ろうとした人々は、全員、男女関係なく入店する前に足を止め、一人の美少女を陶然とした表情で見つめる。
「あ、ユキユキ」
俺がそんな天使の姿に見惚れていると、いつのまにかそばに桐野さんが立っていた。
「それにしてもあっついわね……」
額を拭う仕草すら、彼女がやると神聖なものに感じられる。
「こんな暑い日に、クーラーが効いた部屋でエロゲーをやるって最高よね」
前言撤回。天使じゃなくて悪魔だわ。
サキュバスという名前の悪魔だ。
「それじゃあ行きましょう」
家の場所も知らないはずなのになぜか先行して歩き出す桐野さんに、俺は慌てて駆け寄り隣に並んだ。
「早瀬さんも来ればよかったのに」
「麻衣はエロゲーに興味ないから仕方ないわよ」
「そういえば、早瀬さんとはいつからの知り合いなの?」
「たしか、小学校からの付き合いかな。麻衣ったらずっとあんな感じなの。昔っから変わってて、急に変なことをしだすの」
当時のことを思い出したのか、桐野さんが堪えきれないようでクスクスと笑っている。
「そんな調子だからいつも一人でいたのね。あたしはあたしでこの見た目だから孤立しちゃって、麻衣とは自然と仲良くなってたな」
「ということは、小中高と一緒のわけだ」
「そういうことになるわね。もう十年以上も経つのか」
十年も一緒とは、二人の仲が良いのも頷けるな。
俺は隣を歩く桐野さんを横目で観察する。
美少女と肩を並べて下校するなんて夢のようなイベントが自分の人生に起こるなんて、つい先日までは思いもしなかった。
ましてやそれがあの天下の桐野さんだ。
これが夢だと言われても信じてしまうだろう。
さらに自分の人生でこんなにも注目されるなんて思いもしなかった。
すれ違う人すれ違う人が全員自分たちを振り返る。
日本人離れした顔立ちで、淡いブルーの瞳にブロンズのヘアー。
目を惹く容姿をした桐野さんをひとしきり鑑賞したあと、その隣を歩く俺に興味が行くようで……。
まさかこれほどまでに人の視線というのがストレスになるとは思いもしなかった。
日陰を歩く、ボッチであり陰キャの俺には相当辛い。
ただただ視線が注がれるだけなら俺も気にしなかっただろう。そこに他意がなければ。
明らかな値踏みをするようなねっとりとした視線。
羨望や憧憬で見られている桐野さんとは違い、俺に集まっている視線には嫉妬や蔑みが。
……ああ、だから人は嫌いなんだ。
胃の中を様々な感情が混ざり合い、気持ち悪さから吐き気を催したが唾と一緒に腹の中に戻した。
美少女と肩を並べて下校という他人から見たら最高のシチュエーションなのに、俺はそれ以上喋る気にもなれず、桐野さんも一言も発さないので無言で帰路についた。




