第311話 城門を目指して⑥
「──よし、第三チェックポイントに到着だ」
目の前に佇む大きな建物を見上げたKatsu-首領-が呟く。
無数の『のぼり旗』や派手な看板で存在感をアピールする二階建ての建造物は、どこかデパートにも近い雰囲気を醸し出していた。
しかし、普段は賑わっていそうなこの建物の周囲は今、静寂に包まれている。
「……周囲に悪魔の気配も無い。疲労が溜まっている者がいれば、小休憩をとる事も出来るが……」
周囲の様子を注意深く観察したKatsu-首領-が振り返り、自分の隊の様子を確認する。
そんな彼を見つめるダイバー達の目は力強く、Katsu-首領-は直ぐに『いらぬ心配だった』とかぶりを振った。
「……大丈夫そうだな。──クリム隊の皆も問題は無いか?」
「はい! こっちの皆も大丈夫です!」
Katsu-首領-の確認に元気の良い返事をしたのは、Katsu-首領-と同じく部隊を率いるダイバー・クリムと、その隊の面々だった。
彼女達は先の籠城戦にて救援に駆けつけた後もKatsu-首領-隊に同行し、Katsu-首領-隊の進攻ルートで魔都の攻略を続けていたのだ。
純粋な戦闘力ではKatsu-首領-を上回る活躍を見せている一方で、指揮経験に乏しいクリムの弱点はKatsu-首領-が上手くフォローしており、二人の相性は悪くないようだった。
「そうか。ではこのまま……──むっ!?」
『さらに先へ進もう』。そう言いかけたKatsu-首領-は、突如として感じた形容しがたい寒気に、魔都の最奥に聳える城の方へと視線を向けた。
その瞬間──
「っ!?」
轟音と共に、城の尖塔を内側から貫く閃光。
悍ましさすら感じる魔力の波動と、生ぬるい風に彼等の緊張は一気に高まった。
「なんだ、あの光は……!? 総員、警戒しろ!」
何かの合図か、それとも自分達を狙う攻撃の一端なのか……何が来ても対応できるようにと大盾を構えたKatsu-首領-の視界の端に、高速で飛来する何かの影がチラリと映った。
直後、飛んできた何かは彼等の直ぐ傍らに佇む建物の壁面を突き破り、着弾。建物の入り口の扉が弾け飛び、屋内に充満した土煙が漏れ出す。
元々薄暗く、加えて立ち込める土煙によってなおさら視界の利かない屋内からは、建物の一部が崩落したのだろう。ガラガラという物音が聞こえて来た。
「……」
その様子を見届けたKatsu-首領-は、続く飛来物が無い事を確認すると……建物の方へと自ら一歩踏み出した。
「皆は警戒を続けてくれ、俺が様子を……」
「──いやKatsu-首領-、ここは俺が行く。影の多い屋内の斥候なら、『エレボスの外套』を持つ俺の方が適任だ」
「……分かった。だが無茶はするなよ、トバリ」
闇乃トバリの提案に頷いたKatsu-首領-は、彼に道を譲るように身体を半歩分ずらす。
既に『エレボスの外套』を使用していたのだろう、彼が屋内に一歩踏み入れると同時に姿が影に同化して消える。
「俺達はトバリの報告を待とう。それまでは周囲を警戒だ。……もちろん、あの商店の中もな」
Katsu-首領-はそう言って、ダイバー達に注意を促した。
先程の轟音を聞いた悪魔達が集まってくるかもしれない。いや、もしかしたら建物の中にも悪魔が潜んでいたかもしれない……数秒が数分にも感じられる緊張を破ったのは、リスナーからのコメントだった。
〔トバリの配信が中断された!〕
〔何かあったのかも!?〕
その報せに息を飲むKatsu-首領-。
やはり自分が……いや、せめて二人で調査するべきだった。
「っ、直ぐに向かう! 皆は──」
「──待て、Katsu-首領-! 俺は無事だ!」
しかし、胸中を占める後悔を後回しに、建物の方へと駆けだしたKatsu-首領-を制したのは、外ならぬ闇乃トバリの声だった。
『エレボスの外套』を解除し、屋内から姿を見せた闇乃トバリの無事にKatsu-首領-の表情が安堵に緩む。
「無事だったか! だが、配信が途切れたのは……」
「少し訳があってな。……クリム隊の女性ダイバー達に来てほしいんだが、構わないか?」
Katsu-首領-の問いに対する返答をぼかしながら、闇乃トバリはクリム達の方へと視線を向けた。
「私達ですか……? 良いですけど……」
「助かる。出来れば配信を一旦中断するか、待機画面にしてから来てくれ」
「? はい、わかりました」
いまいち意図を汲み取れないクリムだったが、とりあえず闇乃トバリの言う通り配信を待機状態に切り替えた後、彼の案内で建物の中へと入っていくクリム隊。
「……?」
あとに取り残されたダイバー達は、小首を傾げるばかりだった。
◇
「──こっちだ」
私達を先導して歩くトバリさんを見失わないよう、薄暗い屋内を進む。
建物の中は思っていたよりも開けていて、一階から二階までは吹き抜けのような構造になっている。
入り口から真っ直ぐ奥へと続く広い通路の両脇には、恐らく商店なのだろう。無数の小物が陳列された商品棚が、いくつも並んでいる。
(こう言うの、ショッピングモールって言うのかな? 前にテレビで見た事あるかも……)
整然と並んだいくつもの店舗を見ると、そこにある日常まで幻視してしまう。
と言っても、きっとここで買い物するのは人間じゃなくて悪魔達なんだろうけれど、それでも先程の衝撃によって荒れ果ててしまった様子を見ると、何とも言い難い切なさを感じてしまった。
そんな調子で、周囲の観察をしながらトバリさんについて行くと……やがて彼は、特に瓦礫が目立つ一角の前で足を止めた。
「……済まないが、ここから先はお前達が先導してくれないか?」
「えっ、一体──」
「理由は直ぐに分かる。勿論、俺も何かあった時の為にいつでも動けるようにはするが……直接見るのは、多分お前達の方が良い」
そう言うトバリさんはどこか居心地悪そうに私達の後ろに回ると、視線で先を促した。
……トバリさんの意図は分からない。けれど、彼がここまで言うという事は、何か意味があるのだろう。
「──それじゃあ、私が先頭で行きますね」
自ら一歩踏み出して、瓦礫の山へと近付いていく。
……ここまでくれば分かる。魔力の気配だ。
これまでに戦って来た悪魔達にも似た気配が、瓦礫の向こうから漏れて来ている。
「……」
鋼糸蜘蛛の焔魔槍を強く握り直し、警戒しながら瓦礫を回り込むと、そこに居たのは──
「──えっ……!? チ、チヨさん!?」
髪の色は真っ赤に変わっていたけれど間違いない。
何があったのかは分からないが、ボロボロの軍服の残骸だけを纏い、意識を失った顔立ちは確かに私とも何度も戦ったチヨさんのものだった。
「……──うっ……!」
「! 意識が……」
私の驚いた声に反応したのか、チヨさんの目が開く。
その視線が私へと向けられると、少しぼーっとしていたチヨさんはハッと立ち上がり──って……
「ちょ、ちょっとチヨさん! 服! 服! 見えてますから、色々と!」
「えっ? ──あっ、そうかあの時の攻撃で……」
トバリさんがどうして私達を先に行かせたのか、どうして彼の配信が中断されたのか、これで納得いった。
悪魔になってしまったとは言え、女性のこんな姿、男性に見せるもんじゃないからだ。
「──いやぁ……ゴメンね、お騒がせしちゃって!」
そう言って紅く染まった髪を掻いて、いつも通りの調子で話すチヨさん。
彼女は自分がいる場所を確認した後すぐ、一つの店舗から適当な服を引っ張り出して身に纏っている。
その為、今はトバリさんも私達のすぐ隣で彼女の様子を伺っていた。
「……一体、何があった?」
明るい様子のチヨさんに、単刀直入に切り出すトバリさん。
チヨさんは『あはは』と力無く笑うと……目を伏せて、小さく呟いた。
「──敗けたんだよ。アイツに……完敗だった」
ぽつぽつと、チヨさんは語ってくれた。
魔王の復活を阻止する為、悪魔達のリーダーである魔族と戦った事。
魔族による強化と洗脳を受けたが、洗脳だけは彼女の体質で防ぎ、結果として実力が大幅に強化された事。
そして……その強化された状態でなお、完膚なきまでにやられた事。
「っ……!」
誰かの息を飲む音が、静寂に響く。
チヨさんの実力は誰もが知っている。オーマ=ヴィオレットさんに並ぶ実力を持ち、近接戦闘も魔法も熟す万能型の戦士だ。
それが更に強くなったのに、完敗……悪い冗談でも聞いている気分だった。
「! まさか、さっきの光って……!」
誰かがはたと気付いたように声を漏らす。
あの時、城を貫いた閃光……アレがチヨさんの言う『アイツ』の魔法なのだとすれば、まともに戦って勝てる相手ではない事は明白だった。
「──一つ、疑問がある」
「……何かな? トバリくん」
「お前は魔族を裏切り、魔王の復活をギリギリで阻止した。それに怒った魔族によって、先程の魔法を使われて敗北した……そう言う事で良いんだな?」
「うん」
「……何故、魔族はお前を追って来ない? 計画の最も重要な部分を台無しにされた怒りは、恐らくお前を痛めつけただけで晴れるものじゃないだろう。お前がこうして生きているのに、確実なとどめを刺しに来ない理由はなんだ?」
追究半分、疑念半分といった視線を向けるトバリさん。
チヨさんの話を聞く限り、彼女は一度魔族の手によって洗脳されかけている。
もしもその洗脳が成功していたのなら、今の話が嘘の可能性だってある……彼はそこを気にしているのだろう。
でも、それは……
「あの……単純に、チヨさんが生きてる事に気付いてないんじゃ……」
「勿論その可能性はある。だが、強化されたチヨを一撃で倒せるほどの魔法の使い手が、みすみすそんなヘマをするのかと思ってしまってな……」
確かにそれ程の実力者が、チヨさんを『確実に倒した』と言い切れない状況で魔力の感知を怠るとは考えにくい。
実力の開きから余程の油断があったとしても、計画を邪魔した相手となればその殺意は余程の物となっただろうに……
トバリさんの指摘に、私も色々と考え込んでしまう。……そんな時だった。
「……──っ! まさか……!」
思い出したように、チヨさんが先程まで着ていた軍服の残骸を広げ、ポケットの一つに手を突っ込む。
「無い……──無い……!」
チヨさんの手は、そのまま軍服の裏地を突き抜けていた。
ポケットに穴が開いていたのだろう。彼女はそこにしまっていた何かを探す様に、軍服の残骸や周囲の瓦礫を漁るが……
「やっぱり無い……ユキの魔石が、どこにも……!」
「! ユキの魔石だと……?」
嘗て『裏・渋谷ダンジョン』で戦った悪魔が、いつの間にか倒されていた衝撃にトバリさんが驚きの声を漏らした。
けど、チヨさんはその声が耳に入らなかったのか、独り言のように呟いた。
「アイツの魔法でポケットが破れて、落したんだ……多分、それでアイツはユキの魔石を、私の魔石だと勘違いして……」
……なるほど。
確かにチヨさんを魔法で攻撃した後に目の前に魔石が落ちてくれば、普通はその魔石がチヨさんの物だと考えるだろう。
魔力探知なんて必要ない。死亡は確認できた……魔族がそう考えてもおかしくない。
つまり、チヨさんは……
「──結果的に、ユキに助けられたという事か」
「お雪……」
トバリさんの確認に、チヨさんは胸の前で手を握り瞑目する。
それは感謝のようにも、祈っているようにも見えた。




