第312話 城門を目指して⑦
「……とりあえず、城からの飛来物による危険が無い事は確認できたな。俺達はこの事をKatsu-首領-に伝えて、魔都の攻略を再開するとしよう」
「──あ、トバリくん。それは待ってくれる?」
そう言えば私達の目的は飛来物の警戒だったっけ……と、トバリさんの言葉のおかげで思い出した私達が立ち上がったその時──踵を返そうとするトバリさんを、チヨさんが呼び止めた。
「何だ? 伝えて欲しい事があるのなら、聞くが……」
「ううん、その逆。伝えないで欲しいんだ、私の事は」
振り返ったトバリさんの目を真っ直ぐ見つめ、チヨさんは続けた。
「今の私は、ユキの魔石のおかげで死を偽装できた状態になってる。あの魔族の警戒を完全にすり抜けて、自由に動ける奇跡的な状況……これをふいにしたくないんだ。分かるよね?」
一瞬、チラリとチヨさんの目が配信を中断したままのドローンカメラに向かう。
彼女は下層で頻繁にダイバー達の配信に割り込んでいた。だからこそ、ドローンカメラのランプの点滅から、今の私達が配信をしていない事に気付いていたのだろう。
……思えば、これも奇跡的な巡り合わせだ。
チヨさんが魔族の攻撃によって裸同然の姿になっていたおかげで、トバリさんは彼女の姿が配信に移る前にドローンカメラを停止させていたし、私達にも予め配信を待機状態にするように促した。
だけど、彼女の事をKatsu-首領-さん達に報告すれば、チヨさんの生存は配信で私達の動きを追う事が出来る魔族にも伝わってしまう可能性が高い。
彼女の立場では当然の要求と言えた。
「……お前の考えは理解できるが、かと言って飛来物について何も報告しない訳にもいかんぞ?」
「そこはなんとか誤魔化しておいてくれないかな? 『城の瓦礫だった』とか言ってさ」
「それは……かなり無理があるな……」
トバリさんはここに案内するメンバーについて、『女性ダイバー』と限定していた。
確かに今更ただの瓦礫だったと報告するのは、かなり不自然だ。
「それならあたし達で誤魔化せると思うから、任せてよ」
そう言って手を挙げた女性ダイバーの一人に、その場の全員の注目が集まった。
彼女は続けて、どう誤魔化すかの作戦を話し始めた。しかし……
「……本当にそれで行くの?」
「協力はするけど……Katsu-首領-さんに通用するかなぁ?」
「うーん……トバリさん、後でこっそりKatsu-首領-さんだけに本当の事を伝えるのって出来そう? 要するに、配信を見てる人達にチヨの生存が伝わらなきゃいいんだから、Katsu-首領-さんだけに伝わる分には大丈夫……だよね?」
「うん。なんとかなりそう?」
「……善処しよう。それしかなさそうだ」
そんな訳で、なんとか作戦も纏まり、私達はKatsu-首領-さんの元へ戻る事になったんだけど……私には最後に、一つだけ確認しておきたい事があった。
私はトバリさん達に少しだけ待ってもらい、一人チヨさんの元へ戻ると声をかける。
「あの……チヨさんは、この後どうするんですか?」
「そうだね……とりあえず変身魔法で姿を変えて、どうにかアイツに一泡吹かせられる策を練ろうかな。──あ、でも先に軍服の調達が先かな? この服じゃ耐久性が心配だし」
あはは、といつもの調子で笑うチヨさん。
だけど……今の彼女に明確な策なんてある訳がない。圧倒的な力の差を覆せる策があるのなら、最初から使ってる筈だ。
それに今回生き残ったのも、本当に奇跡のような偶然が重なったからであって……二度目は無い。
今のチヨさんには、私達の協力が必要な筈だ。
「──【ストレージ】。……チヨさん、これを」
私は腕輪から取り出したある物を、チヨさんに手渡した。
「これって、確かユキが持ってた……」
「はい、スマホです。これがあれば、配信で私達の動きを追う事が出来ます。作戦を立てる時や、行動を起こす目安に使ってください。配信の見かたはこのアプリをタップして──」
そしてロックの解除番号や、配信の見かたを軽くレクチャーすると、彼女は直ぐにそれを理解したらしい。
スマホを大切に握り、私の手を握る。
「──ありがとう、クリムちゃん。これがあれば千人力だよ」
「出来れば、返してくださいね。一緒に生き残って、直接……」
「……うん! クリムちゃんも絶対、生き残ってよね!」
そう言い残し、チヨさんは裏口の方へと駆けて行った。
私は彼女の姿が見えなくなるまでその背を見送り、トバリさん達の元へと合流する。
「用事は済んだか?」
「はい! 皆さんの元に戻りましょう!」
◇
「──遅いな。トバリ達…………やはり、俺達も一緒に行くべきだったのでは……?」
トバリ達が入っていった建物の外で周囲の警戒をしながら、Katsu-首領-がぼそりと呟く。
大きな建物とは言え、飛来物の正体を調べるだけでここまで時間がかかるものだろうか。中で何かトラブルに遭ったのではないか。そんな不安が浮かんでくる度、『トバリを信頼しろ』と自分に言い聞かせて来たが……
〔もうすぐ20分経つぞ…〕
〔いくらなんでも遅すぎる〕
〔配信してないのがこんなに不安になるなんてな〕
リスナー達の方がそろそろ限界に近付いているようだった。
彼等のこうした不安は、時に無視できない事態に発展する事もある。
他のダイバー達の配信にコメントで情報や不安が共有されてしまい、大規模な作戦遂行における情報共有がストップしてしまう等だ。
今もKatsu-首領-が他の隊への情報共有はしないように頼み込んでいるが、それも何時まで持つか分からない。
(トバリ……)
或いはリスナー達の不安が限界を超えてしまう前に、トバリ達の安否確認を優先すべきなのかもしれない……Katsu-首領-がそう思い、建物の入り口へと視線を向けたその時だった。
「──遅れて済まない。待たせたな、Katsu-首領-」
「! トバリ、無事だったか……!」
〔帰って来た!〕
〔良かった生きてた!〕
闇乃トバリの後に続いて、同行した女性ダイバー達もぞろぞろと顔を出すと、リスナー達の不安が一気に解消されていく。
それはKatsu-首領-も同じで、ついついホッと安堵の溜め息が漏れた。
「一体なにがあったんだ? 飛来物の調査にしては随分と時間がかかっていたが……」
「あ、ああ……それは、だな……」
「……?」
妙に口籠るトバリの様子にKatsu-首領-が疑問符を浮かべたその時、女性ダイバーの一人が二人の間に割り込んだ。
「はい、そこまで! ──あんな事、配信で言える訳ないでしょ!?」
「……えっ?」
女性ダイバーの思わぬ反応に、Katsu-首領-の思考が一瞬止まる。
その隙を畳みかけるように、他の女性ダイバー達も加勢した。
「トバリさんが何の為に女性ダイバーを呼んだのか、考えてよ」
「ちょっとデリカシー無いかもねー……?」
「Katsu-首領-さん、そう言う話は配信が終わってからね?」
「ええっ!?」
もしかして、自分は今とんでもない事を聞いたのだろうか。
珍しく動揺するKatsu-首領-は、助けを求めるようにトバリに声をかけるが……
「と、トバリ……一応確認なんだが……」
「……済まない、Katsu-首領-。俺の口からは言えん」
反応は他の女性ダイバー達と同じものだった。
「そ……そうか…………とにかく、危険な物ではなかったんだな?」
「ああ、それだけは確かだ」
「……分かった。それさえ分かれば、今は良い。早く先に向かうとしよう……!」
この場で深く追究する事は、きっと誰の得にもならない。そう判断したKatsu-首領-は、意識を切り替えて魔都の攻略に戻る事にした。
……というか、この空気に居た堪れなくなったのだ。
〔えっ何が飛んできたの?〕
〔配信に乗せられない物ってなんだ…?〕
〔安全ではあるのか〕
〔すっげぇ気になる……〕
──この話題は結局、この後もリスナー達の間で様々な憶測が飛び交ったが……ついにその中に正解が出る事は無かった。




