第310話 城門を目指して⑤
(──急げ! 急げ! もう、時間が無い! 動くなら、今しかない!!)
焦燥に駆られながら、翼を広げて城内を飛翔する。
「チヨ!? アンタこんな時にどこ行くノ!?」
「ちょっと報告があってね~! じゃ、そう言う事で!」
「あ、ちょット!? ホントに勝手なんだかラ……」
すれ違う悪魔達を誤魔化しながら、私は城の奥へ、更に奥へと向かう。
魔都に増え始めた結晶が魔王の……あの方の封印が解けかかっている証である事には、直ぐに気付いた。
(──させない! 義真くんの意志は私が守る!)
それが今私が生きている、たった一つの理由なのだから。
程なくして辿り着いた封印の間。
部屋の入り口の影に隠れて様子を伺うと、アイツはまだ無数の魔石を結晶に取り込ませているところだった。
まだ封印は無事だ。そう安心したのも束の間、アイツが片手で弄んでいる不思議な魔石を目にした瞬間、私は背中にゾッとした物を感じる。
(アレは拙い……!)
『魔』と『人』の両方の魔力が融和したあの魔力は、彼の封印術式にとっては猛毒に等しい。
もはや一刻の猶予もないと確信した私は、ポケットの中にしまってあるユキの魔石をギュッと握る。
(お雪……力を貸して……!)
「……そんなところに隠れて、どうしたのかしら? ──チヨ」
「──ッ!」
ゾワリとした緊張が背筋を駆け上がる。
見つかった……いや、見つかっていたのだ。既に。
私は早鐘を打つ鼓動を悟られまいと、普段通りに仮面を被る。
「いやぁ~、バレちゃいました? なんかいよいよその時が来そうだなって思って、ついつい見学を!」
「そう。確かに貴女は、ユキの次に私に長く仕えてくれたものね? 感動は一入と言ったところかしら……」
「はい! やっぱり感慨深いですよ~! あれからもう二百年ですからね!」
笑顔を張り付け、自然な動作で歩み寄る。
……まだだ。もう少し近付きたい。コイツの隙を突くには、まだ遠い。
(落ち着け……落ち着け。いつもやって来た事だ。道化になれ、へらへら笑うんだ……!)
「──フッ、良いわ。隣に来なさい。記念すべき瞬間を共に迎えましょう?」
「! さっすが、懐が深い!」
悪辣極まりないこの女の口から出たと思えない、望外の申し出だ。私にとっては実に都合が良い。
出来ればこのままあの魔石を奪い取りたいところだが、奴が促したのは魔石を持つ手とは逆の位置……強引に奪うのは流石に難しい。
(今は怪しまれないことが肝心……とにかく、隙を伺うんだ……!)
魔石については気にしない体で、奴の隣に並び立つ。
間近で見た結晶の封印は、かなり摩耗してしまっている。思わず飛び出しそうになる足を強い意志で押さえつけ、私はその時を待つ。
……そして、いよいよその時が訪れた。
「今ので人間の魔石は最後ね。ふふ……封印の方も、良い感じにガタついて来たわ。貴女もそう思うでしょ? チヨ?」
「ええ! それはもう! いよいよ、封印を破壊するので?」
「そうよ。この魔石を撃ち込めば終わり……──魔王の目覚めの時よ」
(──今だッ!!)
奴が魔石を投擲する瞬間、私は結晶の前に立ちはだかった。
そして、奴が手放した魔石を手で掴み……取って……
「……──ぷっ! くくっ、く……! どうしたのかしら、チヨ? 急に飛び出して?」
奴は魔石を手放していなかった。
投擲されると思った魔石は、魔力によって奴の指先に吸着されており、私の方へ飛んできてもいない。
……バレていたのだ。私の目的は。
「あっはっはっはっは……! あぁ──本当に面白いわね、貴女は……」
「……いつからだ。いつから気付いてた……!」
「最初から──って言ってやりたいところだけどね、実は最近なのよ。貴女が春葉アトを逃がす為に演じた茶番……アレは最高の見世物だったわ」
「! く……っ!」
こうなってしまった以上は仕方ないと覚悟を決め、イチかバチか結晶の方へと駆けだす。
まだ封印は破られていない。悪魔となった私の魔力を一気に流し込めば、封印は再び強固になる筈。
しかし──
「──ぐあっ!?」
「ホント……こんな長い間、よく私を欺いたものだと感心したくらいよ」
「ぐっ、ぅ……! は、離……せ……!」
背後から伸びた右手に頭を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。
予想はしていたが、やはり奴の方が私よりもずっと速く……そして強い。
背にのしかかった奴の身体を退かそうと、尻尾による刺突で反撃も試みたが、同じ尻尾で絡めとられて防がれてしまった。
そして──
「チヨ……貴女の事、結構気に入ったわ。今度こそ、本当の仲間になりましょうね?」
奴の両手が私の角を掴み……
「力をあげるわ。その代わり……今度こそ私に誠心誠意、尽くしてくれるわね?」
「っ! やめ──」
私の頭に莫大な魔力と、洗脳の為の術式。そして、情報が流し込まれた。
◇
「──さぁ、立ちなさい。チヨ」
「はい」
魔族の呼びかけに従い、チヨがゆらりと立ち上がり、振り返った。
ピンク色だった髪が血のような深紅に染まった彼女は、どこか虚ろな様子で魔族の言葉を待っている。
魔族はその仕上がりに満足気な笑みを浮かべると、静かに問いかけた。
「どうかしら、新しい力は。気に入った?」
「はい。身体の奥から際限なく湧き上がる魔力に、酔いしれてしまいそうです……」
口ではそう言いつつも、チヨは恭しく礼をするのみで、力に飲まれた雰囲気は感じられない。
まるで人形のように静かな物腰になったチヨに、魔族は首を傾げた。
「……チヨ、貴女──」
その瞬間──チヨは、弾かれたように結晶の方へと駆けだした。
「! しま……ッ!」
今度こそ完全に虚を突かれた魔族は、チヨの動きに対応しきれない。
直ぐに捕えようと腕を伸ばしたが、能力が総合的に向上したチヨは間一髪その魔手から逃れ、結晶に触れることに成功した。そして──
「この人は、起こさせない!」
結晶に自身の──悪魔の魔力をありったけ注いだ。
「──貴様ッ!」
「げぅ……ッ!」
すぐに距離を詰めた魔族の膝蹴りがチヨの脇腹を捉え、彼女を結晶から弾き飛ばすが……既に悪魔の魔力を注がれた封印は、再び分厚い結晶に包まれてしまっていた。
「ぐ……──くっ、はは、は……! 残念だけど……私、洗脳とか、効かないんだよね……! 悪魔になった時に、耐性が付いたみたいでさ──がふっ!」
「……調子に乗らない事ね。元・人間」
想定外の妨害により計画を崩された魔族は、腹いせとばかりにチヨを甚振り始める。
首を掴んで壁に押し付け、尻尾で何度も全身を刺し貫く拷問のような八つ当たり。
しかし……
「──『奈落の腕』!」
「ッ!?」
チヨが無詠唱で発動した『奈落の腕』が魔族の顔に伸ばされると、魔族は咄嗟にチヨの首を離し──チヨの腹を全力で蹴り上げた。
「がぁ……ッ、は……!」
あまりの威力に肺の中の空気を全て吐き出させられ、『奈落の腕』を維持できない程のダメージを受けたチヨ。
次の瞬間──
「──消えなさい」
魔族の右手から放たれた目も眩むほどの魔力砲が、容赦なくチヨを飲み込んだ。
魔力砲はそのまま城の外にまで届き、深層の天井にまで大穴を穿つ。そして──
──カツーン。
封印の間の天井に空いた大穴から、小さな深紅の魔石が一つ、魔族の足元に落ちて来た。
「……」
魔族はその魔石に対して何も言わず、封印の結晶へと振り返る。
そして、内心で自身の慢心を反省した後に……ぼそりと一言呟いた。
「仕方ないわね……やはり、『あの子』がここに来るのを待ちましょう」
そう言い残し、魔族は封印の間を去って行った。
その背を見送ったのは、グシャリと踏み砕かれた紅い魔石だけだった。




