第308話 城門を目指して③
魔都最奥に聳える城のさらに奥──『渋谷ダンジョンの最奥』の部屋に、虚空を裂くようにして一人の女性が現れた。
広くも薄暗い部屋の中央には、ぼんやりと薄紫色に発光する巨大な結晶が鎮座しており、その周囲には悪魔が魔石を取り出した後の腕輪の残骸が無秩序に散らばっている。
女性は残骸には目もくれずに結晶に歩み寄ると、その表面をつつと指でなぞりながら、オーマ=ヴィオレットと瓜二つの顔に冷たい笑みを浮かべた。
「……ふふっ。貴方が自らの内にある魔王ごと、自身を封印したあの日からもう二百年──よくもまあ無駄な足掻きを続けてくれたものよねぇ……」
結晶の中には一人の男の姿がある。
かつて魔王を討伐し、そのまま次の魔王の器として選ばれた男──篁義真の姿が。
……魔族の声に彼が反応する事は無い。彼の意識は自らを封印した際に眠りに就いていたからだ。
しかし、魔族は男に聞かせるように語り続ける。
「まさか、私達の魔力を吸収して結晶を作る術式なんてね……本当に忌々しい封印だこと」
魔王になるまいとする彼の矜持が、この術式の本質だった。
だが──
「もう、そんな悪あがきも終わりよ。魔王は返して貰うわ」
勝ち誇ったように語る魔族は、傍らに置いた籠から水色の宝石──人間の魔力で作った魔石を取り出すと、結晶に押し当てた。
すると、ツプンとまるで水に沈み込むように魔石だけが結晶の中に入り込み、馴染むように溶けてしまった。
(魔族や魔物の魔力で干渉しようとしても、結晶が肥大化するばかり……でも人間の魔力なら、貴方の術式を揺らせる。皮肉な物ね……貴方の『人生』に終止符を打つのは、他でもない人間の魔力なのよ)
彼女は籠の中に収められていた人間の魔石全てを魔法で浮かせると、慣れた様子で次々と結晶に取り込ませていく。
そして懐から水色と紅色が入り乱れた魔石を取り出し、片手で愉しげに弄ぶ。
(術式を十分削った後で、この魔石──ヴィオレットの魔力を撃ち込んであげるわ。貴方の術式にとって、間違いなく致命傷となるこの魔力をね……)
魔族の瞳が喜悦に細められる中、魔石が取り込まれる毎に結晶は少しずつ体積を減らしていく。
その姿はさながら、計画が完了するまでのカウントダウンのようにも思えた。
◇
場所は変わって魔都の公園では、ティガーと魅國の二人に対して悪魔達の絨毯爆撃の猛威が振るわれていた。
しかし……
「──クソッ! たった二人の人間にここまデしてやられるなンテ……ッ!」
そう悪態を吐いたのは、ティガー達を上空から狙う悪魔達の方だった。
数も高低差も、状況すらも自分達が有利の筈なのに、戦局はまるで好転する気配が無い。それどころか──
「魅國! 次は──」
「アイツやね? 任せぇ、直ぐに墜としたる!」
言葉によりも先に、【誇華虎意】によってティガーの意図を汲み取った魅國が大鉄扇を振るう。
忽ち吹き上がる旋風は凍結の魔法を上空へと巻き上げ、数体の悪魔の翼を一瞬で凍らせた。
「グゥ……! 翼ガ……ッ、凍ル……!」
そしてバランスを崩し、地上に叩き落とされた悪魔達を、すかさずティガーの『双雷牙』が容赦なく両断した。
「っし、これで七体目やッ!」
文字通り心が通じ合った二人の連携には隙が無い。
既に公園の至る所には悪魔達の末路である塵の塊が、軍服を纏って土嚢のように散らばっていた。
「くソッ……お前達、高度を上げるゾ! 奴の風が届かない高さカラ攻めるんダ!」
少しずつ……しかし確実に仲間が減っていく状況に悪魔の一体が指示を出し、魅國の魔法の射程外に逃げるべく上空高く舞い上がる。
それを見たティガーの判断は早かった。
(──今や!)
悪魔達が自ら距離を空けるこの瞬間を待っていた彼女は、傍らの魅國を素早く抱え上げると、ティガー隊が逃げ込んだ建物を目指して一直線に疾駆する。
「ナッ!?」
「しまッタ……!」
そう。ティガーにとって、何も悪魔をここで全滅させる必要は無い。
それよりも、ティガー隊のダイバーの安全を確保する事の方が重要だったのだ。
悪魔達もすぐにその事実に気付いたが、時既に遅し。ティガーと魅國はティガー隊が突入時に割った窓から、建物の中に駆け込んでいた。
「まったく、急に抱き上げるなんて強引やわぁ」
「意識繋げとるんやから急も何もあらへんやろ。そろそろ自分で走らんかい」
そう軽口を叩いて魅國を降ろしたティガーは、魅國から伝わって来る魔力感知の感覚を参考にひたすら駆ける。
既にティガー隊は追っ手の悪魔達と交戦状態にあるらしい。戦闘で使われている魔力の反応がひしひしと伝わって来ている為、ティガー達は迷う事無く現場に急行する事が出来た。
「──助けに来たで、お前らァ!」
「! ティガーさん!? まさか、もうあの数の悪魔達を倒したんですか!?」
最初の建物の中を裏口へと駆け抜け、路地裏を進み、また別の建物へ……そうして辿り着いたのは、広い庭園を持つ一軒の屋敷だ。
戦いによるものだろう。踏み荒らされた畳の一部は燃え上がり、多数の悪魔達に包囲されたティガー隊の姿を薄闇に浮かび上がらせていた。しかし──
「いや、半分くらい減らして直ぐこっち来たんや。万が一って事が無いとも言えんからなァ。けど……」
そこで言葉を区切り、ティガーは周囲の様子を見回す。
「どうやら、少し心配し過ぎやったみたいやなぁ」
「ク……!」
いざ駆けつけてみれば、ティガー隊の中には大きな怪我を負ったダイバーはおらず、その一方でそこそこの広さのある座敷の床には軍服を纏った塵の山が二つ。
彼女達も屋内という『悪魔に飛翔を許さない環境』であれば、多少の数的優位は覆せる実力者達なのだ。
(あかんなぁ、どうも『猛虎』と『百華』の世話しとった時の癖が抜けん。こいつらはヴィオレットが実力で選出したダイバーやっちゅうのに……)
右手に持った双雷牙の柄頭で、自身の頭を軽く小突きながらそう反省するティガー。
彼女は苦々しい表情で睨んでくる悪魔達を一瞥すると、ティガー隊のダイバー達に告げた。
「そいつらの相手は任せるわ。ウチと魅國は追って来る悪魔の方を返り討ちにするさかいな」
「! はい!」
頼もしい返事にフッと笑みをこぼし、踵を返したティガー。
その態度が面白くなかったのか、彼女の背中に向けて魔法を撃とうと悪魔の一体が手を翳すが──
「ぐアァッ!? きっ、貴様ァ……!」
その腕は中ほどで断ち切られ、宙を舞う。
「ティガーさんの言葉が聞こえなかったか! お前らの相手は私達だ!」
「おおおぉぉっ!!」
薙刀を愛用するダイバーがそう宣言すると、彼女の士気が伝わったようにダイバー達の雄たけびが上がった。
「……なかなか頼もしいもんやなぁ。こういうんも、悪ぅないわ」
「せやな。──っと、追手が見えたで。どうする? 誘い込むか?」
「ウチはどっちでもええよ? 結果は変わらんからなぁ」
「それもそうやな。ほな……──ん?」
『このまま迎え撃とう』。そう続けようとしたティガーは、視界の端に違和感を覚えて視線を向ける。
「なぁ、魅國──」
「……言わんでも伝わっとる。確かに、なんか変な感じやな……」
ティガーが見つめるのは、庭園に生えた青白い結晶だ。
渋谷ダンジョンの下層以降では珍しくもない、ダンジョン内における天然の光源の一つであり、彼女達が今居る魔都の天井にも無数の結晶が星空のように瞬いている。
しかし、魔都の地上では剥き出しの結晶は今まで目にしていなかった。
それが庭園の景観を崩す様な位置にポツンと生えている。その違和感がティガーの胸に嫌な予感を覚えさせた。




