第305話 決戦・ユキ④
百合原咲と春葉アト、二人の騎士とユキとの戦いは、スマホの爆発によってまさに形勢逆転といった様相を呈していた。
「──グアァッ! ……ぐ、くぅ……っ、こんな、バカな事が……!」
電気を帯びた攻撃が身体に触れる度にユキの全身は感電し、動きが止まる。
思うように攻勢に転じられないユキと、ペースを完全に掌握した百合原咲と春葉アト。このまま戦闘が続けばどちらが勝つのか、誰の目にも明らかだった。
「ゆ、ユキ様……!」
「感電が効いてる! あの様子なら、ユキはあの二人に任せておけば大丈夫そうね!」
「こっちも残りの悪魔を倒しておきましょう!」
彼女達の戦いは、この場に居るそれぞれの仲間達の士気にも直結する。
春葉アト隊のダイバーは確実に近付いて来る勝利に奮い立ち、一方でユキの取り巻きの悪魔はダイバーを始末する事よりも、リーダーであるユキの救出を優先しようとする。が……
「チィ……! こいつ等は私ガ引き受けル! お前はユキ様が撤退出来るヨウ、援護に行ケ!」
「させる訳ないでしょ! 悪魔二体程度、私達だけで充分倒せるっての!」
「ぐゥ、生意気な人間メ……!」
当然そんな事をダイバーが見過ごすはずもなく、彼女達はユキと完全に分断されていた。
「はぁ……はぁ……は、ははっ! 確かに、貴女の目論見通り、私の身体は感電するようになってるみたいだけど……それがどうしたの!? 貴女達の攻撃が、対して私に効かないのは変わってないじゃない!」
しかし、ユキはまだ勝利を諦めた訳ではなかった。
彼女の言う通り、百合原咲と春葉アトの攻撃は彼女を幾度となく捉えたものの、その身体に決定的な傷を与えるには至っていない。
いくら敵の動きを止め、戦いのペースを握ろうと、ダメージを与えられない者に勝機は無い。
寧ろ長期戦になれば、体力の消耗が無いユキの方が有利になるだろう。
当然、百合原咲と春葉アトもそれは理解している。だからこそ、ここで切り札の一つを使う事に決めた。
「──アトちゃん、ユキは私が足止めしておくから今の内にアレの準備を!」
「! うん、任せたよ!」
百合原咲の提案に頷いた春葉アトは、一旦ユキの対処を彼女一人に任せ、この場に居る他のラウンズメンバーの元へ駆けた。
「──グアァッ!」
「ラウンズの皆! アレをするから力を貸して!」
そして合流すると同時に悪魔の一体を切り伏せ、切り札を使う為の協力を要請すると……その瞬間、クラン『ラウンズ』に所属するダイバー達のテンションは目に見えて高まった。
「! 了解!」
「ついに本番だぁ!」
「ゴメン、残った悪魔はそっちに任せた!」
「えっ!? い、いやまぁコイツくらいなら全然良いけど……」
春葉アト隊のメンバー十二名の内、ラウンズ所属のダイバーは九名。
彼女達は残された取り巻きの悪魔一体をラウンズ以外のダイバー三名に任せると、春葉アトの近くに集まった。
そして、オーマ=ヴィオレットに作って貰った魔法の呪文を唱える春葉アトの背中や両肩に手を触れ、意識を集中し始める。
「■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■──」
それは本来、異世界では攻城戦の際に用いられるような、戦術兵器に位置する魔法だ。
一人の術師が立つ魔法陣に数十名の魔導士が魔力を注ぐ事で、防御困難な破壊力を実現する為の術式……その威力を抑える事で、数名かつ場所を選ばず使えるように最適化された魔法を、オーマ=ヴィオレットは彼女に教えていた。
「■■■■■ ■■■■■ ■■■■ ■■■ ■■■■■■■■■──」
(凄く頼もしい力が流れ込んでくる……! 『あの子』もこんな気持ちだったのかな……!)
口元に優しく笑みを浮かべる目の前で、交差させたハルバートに集約された力が共鳴し、円錐状の力場を形成した。
莫大な魔力が込められた事によって、それぞれのハルバートに付与された性質が発揮され、円錐の力場は雷と旋風を纏う。
「■■、■■■■■■■■■■■■■■!」
「──っ! 百合原さん、今です!」
「了解!」
準備が完了した事を確認したラウンズのダイバーが、ユキを押さえ込んでいる百合原咲に合図を送ると、彼女は最後に帯電させた槍でユキをもう一度だけ感電させるとバックステップで距離を取った。
そして、ようやく春葉アトに視線を向けたユキは、彼女の持つ二振りの円錐──突撃槍を見て血相を変える。
「な、何よ……その魔力……!」
「これがあたしの……あたし達、ラウンズの切り札! ──『ラウンズ・オーダー』!」
魔法名を叫ぶと共に地を蹴る春葉アト。次の瞬間──
「ごォ……ッ!!?」
彼女の雷の突撃槍は、落雷を思わせる轟音と共にユキの腹部を貫いていた。
先程まで傷一つ付かなかった身体に大穴が開けられ、更に感電によって硬直する。
「──これで、とどめだああぁぁぁッ!!」
「ぐぅ……ッ!!」
全身を硬直させたユキに、更にもう一撃。旋風の突撃槍による刺突を放った春葉アト。
その一撃の余波で生まれた指向性を持つ竜巻は、旅館の屋根を穿ち、その先の魔都の上空──ダンジョン深層の天井に届くと、その周囲の岩盤を抉る破壊をもたらした。
明治時代の絢爛な都を再現したような魔都の街並みを、降り注ぐ無数の大岩が破壊していく。
「ふぅ……ちょっと、やり過ぎちゃったかな……?」
そして、竜巻が晴れた時──そこにはユキの姿は無かった。
◇
ドズン、ズズン……と、大岩が降る度に足元が揺れる。
私は石造りの壁に身体を預け、倒れる事を防ぎながら、勝手知ったる通路をふらふらと歩いていた。
「──はぁ……っ、はぁ……っ! あ、危な……かった……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、先程の戦いを思い返す様に腹部に手を添える。
しかし、そこにあるのは春葉アトに空けられた大穴だけで……自分がつい数秒前に死にかけた事を再確認し、背筋にゾワリと怖気が走った。
(最後の最後……転送魔法が間に合わなければ、私は間違いなく死んでいた……!)
短時間で転送魔法を二度も行使した反動で、もう冷気を纏うだけの魔力も残っていないが……それでも私は生き延びたのだ。
このまま暫くすれば魔力も回復する。今はとにかく、ベッドが恋しい。
ずるずると片足を引きずりながら自室へ向かう私の無様を見る者は、ここにはいない。皆、魔都の防衛と人間の駆逐の為に出払っているからだ。
(丁度良い……もう私は十分に戦った。仕事はした。後はこのまま、戦いが終わるのを隠れて待っていよう。どうせ『あの方』の力の前には、あの人間共も無力なのだ。魔都が落ちる事は無い。それなら生き残る事を優先しても、罰は当たるまい……)
つらつらと頭の中で言い訳を並べながら、どれ程歩いただろう。いつもより長く感じた廊下の果てに辿り着いた自室。
その扉を開けて中に入ると、そこには──
「──やぁ、おかえり。随分とまぁ、派手にやられちゃったみたいだね」
いつものように能天気な笑顔を浮かべた、チヨの姿があった。
「チヨ……!? あんた、あの方の命令はどうしたのよ!? 都に人間が攻めて来てんだから、あんたも迎撃に行きなさいよ!」
私がこんな目に遭っているのに、まるで普段通りに接してくるチヨの姿に怒りが湧いて来る。
そもそも、コイツが私のお願い通りにあの春葉アトとか言う人間を殺しておいてくれれば、私がこんなに追い詰められる事もなかった筈なのだ。
しかし、チヨは私の追及にあっけらかんとした態度で答えた。
「失礼な。私はちゃんと命令は守ってるよ?」
「え、そうなの……?」
彼女の反応を見て、もしかしたらチヨはチヨで、あの方から何か命令を受けていたのかもしれないと考え直す。
だが……次の瞬間、チヨはとんでもない事を口にした。
「うんうん、ずっと守ってる。この二百年間、ず~っとね」
その瞬間、チヨの纏う雰囲気が変わった。
普段通りの浅慮で軽薄な態度は鳴りを潜め、私を射貫く瞳には確かに深い信念と知性が戻っている。
……それはコイツが悪魔に──チヨになる前の、彼女の雰囲気にそっくりだった。
私は直ぐに、チヨの真意を察する。
「……──ッ! まさか、あんた……!」
「本当に残念だよ、ユキ。アイツをあの方なんて呼ぶなんて……私達の上官は、たった一人だけだってのにさ……」
チヨが冷たい口調で、私の方へと一歩踏み出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、本気で逆らう気なの!? どう考えたって勝ち目は……」
「関係無いよ。アイツがあの人の仇で、私はこの機会をずっと待ってた。なら、やるべき事は変わらない」
間違いない。チヨはこの場で私を殺す気だ。
今の今まで隠し通してきた秘密をバラしたのも、既にチヨの中でそれが決定事項だからだ。
(い、嫌だ……! こんな、折角逃げ切ったのに、こんなとこで死にたくない……! こうなったら──!)
「待ってよ、チヨ! 私も……そう! 私もずっとあんたと同じ! この機会を──あの魔族に反旗を翻す機会を待ってたのよ! 一人じゃ勝てなくても、二人ならきっと──」
「あの人の名前、言える?」
「え……?」
「二百年間ずっとこの機会を狙ってたんなら、言えるよね? 私達の上官の名前。私はずっと覚えてるよ?」
「な、名前……!?」
チヨの言う『上官』……当然あの方の事ではないだろう。あの方の名前なんて、誰も知らない。
誰だ、誰の事だと頭を捻り、思い出した。
(──そうだ、アイツだ! あの結晶の中の男! 次代の魔王になったのに、自らを封印した男! アイツの名前! そうだ、確か……確か……!)
……駄目だ、思い出せない。
そもそも一人の人間の事を二百年も覚えておくなんて、気が狂っているとしか思えない。
アイツは千代にとって、そこまで執着するだけの価値がある男だったとでも言うのか。まるで理解できない。
しかし、あの男の名を思い出さなければ私に未来は無い。今私の命運を握っているのは、千代なのだから。
「はぁ……! はぁ……ッ!」
「──やっぱり忘れてるじゃない」
「ちょ、ちょっとど忘れしただけよ! もうちょっと待ってくれても……!」
もうちょっとだけ……もう少しだけ時間があれば──
「待たないよ。貴女、転送魔法の時間稼ぎしてるでしょ?」
「……ッ!」
バレていた。
魔力が回復するまでの時間を稼ぎ、転送魔法であの方の下に逃げさり、チヨの事も何もかもあの方に密告するという私のプランが。
チヨにはきっと、私との問答に応じようという気は最初から無かったのだろう。目を見ればわかる。奴は直ぐにでも、私を殺しに来る。
……もう、こうなれば残る手段は一つしかない。
(──あの方に貰ったこの力で、何が何でも逃げ延びる!)
既に腹部に空いた穴も塞がった。あの方に強化して貰った今の私なら、例え極低温が使えなくとも、多少はチヨとやり合えるはずだ。
「あんた、誰のおかげでその力を手に入れられたと思ってんの!? あの方が私達を選んで……!」
激昂したフリをしながら機を伺う。
チヨは強い。上手く隙を狙わなければ時間稼ぎも出来ない。だが、上手くやればきっと……
──しかし、そう考えた瞬間には既に、チヨの抜き手が私の胸を貫いていた。
「──違うよ、ユキ。貴女も私も、ただの実験材料だった。心の奥底まで洗脳されちゃった貴女には、もう思い出せないだろうけど……」
「チ……ヨ……──」
あぁ……これはダメだ。急速に薄れていく意識で確信する。
完全な致命傷。魔力も限界だったところに、このダメージでは悪魔の身体でも耐えられない。
視界が白く染まっていく。
走馬灯が見えた。あの方に仕えた二百年を巻き戻すように、だんだんと昔の光景が呼び起されていく。
そして──私を呼ぶ、優しく懐かしい声が聞こえた。
『──お雪』
「──あ……よし、まさ……くん……」
遠い日の憧憬……出会いの記憶。
どうして忘れていたんだろう。こんなにも、温かい人を。
(やっと、思い出せた……)
私の──星野 雪の、たった一度の初恋。
その途端、意識が、心が、鎖から解き放たれたように軽くなる。
やっと……本当の居場所に、帰れる気がした。
「……あり……が、とう……千代……──」
今はただ、貴女に感謝を──
◇
親友だった悪魔が、塵の山に姿を変える。
元が人間だったとしても、悪魔になってしまった者は拾う骨も残らないらしい。それは私も同じ事だろう。
私は塵の中から、骨の代わりに彼女の魔石を拾い上げ、大切にポケットにしまった。
同時に片目から一筋の涙が零れたが、私は直ぐにそれを拭う。まだ私にはやるべき事が残っている。
彼女の分まで、必ずやり遂げなければならない使命が。
「……じゃあね、お雪。多分私も、もうすぐそっちへ逝くよ。極楽浄土なら、きっと……本当の貴女に、また会えるよね。二百年ぶりに」
私が泣くのは、それからでも遅くはない。




