第302話 決戦・ユキ①
サブタイの番号が増えて来たのでちょっと変更
「──あ、ごめん皆。ちょっと四階に忘れ物しちゃったから、取って来るよ!」
旅館の四階にある百畳敷きの大広間から、吹き抜けとなった玄関ホールの階段を降りている途中、春葉アトが思い出したように切り出した。
「大丈夫? 私達もついて行こうか?」
「平気平気、あたしを誰だと思ってんのさ! じゃ、ちょっくら行って来る! 皆は先行ってて!」
やや強引にそう言って、降りてきた階段を引き返す春葉アト。
「……」
その姿に、百合原咲は小さな違和感を覚えていた。
◇
(ゴメンね、皆……)
部隊の仲間を置いて一人、再び百畳敷きを踏みしめる春葉アト。
後ろ手に入り口のふすまを閉めると、彼女は内心で一言メンバーに謝罪した。
(──ユキは、私一人で倒すよ)
四階の窓の外。白い霧を纏いながら魔都を飛ぶ影を見据え、春葉アトは決意を固める。
彼女がその決断をした理由は、一つの直感だった。
『今のユキと全員で戦えば、誰かが死ぬ』。内心の謝罪は彼女達がユキに抱く思いを勝手に一人で背負うという決断と、彼女達の実力を信じ切れなかった事への負い目から来るものだったのだ。
(! 今の狙撃を躱したのが、ユキの転送魔法ってやつか。確かに厄介かもね……アレは)
窓の外で一瞬繰り広げられた攻防。
オーマ=ヴィオレットの放った光線をユキが躱す場面を目撃した春葉アトは、自らの直感が正しかったと再確認する。
何せ、転送魔法を使った直後でも彼女の纏う冷気に陰りがみられないのだ。
前に百合原咲が戦った時のユキとは別物……春葉アトがそう確信するのに、十分な情報だった。
「──見つけたわ! 春葉アトォ!!」
わざと外から見つかる様な場所に歩いてきた春葉アトを目敏く見つけたユキは、迷う事無く一直線に向かって来る。
春葉アトはユキの突進に対して、リーチで上回る風のハルバートを振り抜き──
「そんなのが当たると思った!?」
「!」
空中で身を翻したユキは、一瞬で春葉アトの上空に回り込んだ。
そしてすかさず放たれた極低温のかかと落としをバックステップで躱した春葉アトは、その攻撃に違和感を覚える。
(飛んで躱した。こっちの狙いに気付いた……?)
春葉アトは先程の斬撃の際、罠を張っていた。
ユキの魔法を考えれば、最初の一撃は当然背後に回り込んでの奇襲で来ると思っていたからだ。
だから雷のハルバートを持つ左腕で、いつでも背後を切りつける準備をしていた。
ユキはその気配を読んだのか……春葉アトはそう考え、しかし直ぐに直感がそれを否定する。
(そうだ。こっちの狙いを見切ったのなら、もっと上手く利用する筈!)
転送魔法の移動先を背後ではなく側面にしたり、真上にしたり、絶妙に間合いを外したり。カウンターを見切ったのなら、それに対するカウンターをぶつけられた筈だ。
それをしなかったと言う事はつまり──
(転送魔法を使わなかったんじゃなくて、使えなかった……!)
ユキは転送魔法の直後にも極低温を身に纏っている事から、魔力に余裕が生まれているのは間違いない。
しかし、直ぐにもう一度転送魔法を使えるほどの余裕がある訳でもない。それが春葉アトがたった一度の攻防で見抜いたユキの現状だった。
「動きが止まってるわよ、春葉アト!」
「──っと……! 考察ばかりしてる訳にも行かないか!」
ユキはかかと落としの勢いを利用して床を蹴り、一気に距離を詰める。
両手両脚に尻尾の突きも織り交ぜた攻撃で畳みかけるユキに加え、彼女が引き連れて来た数体の悪魔が波状攻撃を仕掛けて来る。
これらに真正面から打ち合うのは流石に不利と悟った春葉アトは、大きくバックステップで距離を取るが……ユキはそれをさせじと一気に踏み込み、速度を乗せた抜き手を放つ。
しかし、その攻撃を見切っていた春葉アトがサイドステップで躱すと、ユキの抜き手は百畳敷きの大広間を支える柱の一つに突き刺さり、一瞬固定された。
(──良し! 狙い通り!)
ユキの攻撃を誘導し、この状況を作り出した春葉アトは、すかさずユキの突き刺さった腕に雷のハルバートの斬撃を放つ。
これで感電すれば、更に一瞬の隙が生まれる。
その一瞬さえあれば十分だ……そんな春葉アトの目論見は、次の瞬間覆された。
──『バチッ!』
(硬いッ! ──いや、そんな事よりも……!)
ユキの体表は、チヨがそうであるように刃を受け付けない程、頑丈な物になっていた。
しかし、それ以上に春葉アトを驚愕させたのは……ユキに流れる筈の電流が、彼女の体表を滑って行った事だった。
「あら……? どうやら、今の私には電気も効かないみたいね?」
(どうして感電しないの……!?)
ユキが雷の性質の魔力を纏っているのであれば分かる。しかし、彼女が今身に纏っているのは極低温だ。
それが何故、感電を防ぐ事になるのか……春葉アトも、ましてやユキも完全には理解できなかった。
だが……
「これもご主人様が与えてくださった力かしら!? やっぱりあの方は素晴らしいわ!」
(何でかはこの際、後回しだ! こうなった以上はもう、『そういう物』として戦うのみ!)
右腕が柱に減り込んでいようと、ユキの他の四肢や尻尾は未だにフリーだ。
一瞬でも動きを止めれば命を取られる状況は変わっておらず、それを示す様にユキの尻尾が春葉アトに照準を合わせている。
放たれるであろう高速の刺突に対応する為、敢えてその現象に関しての思考を一旦放棄する事で動揺を抑え込んだ春葉アトは、次善の策として風のハルバートを構えた。
(電気が効かないってんなら……!)
「──【ウェポン・ガード】!」
「な……っ、くぅ……ッ!」
僅かにでも触れれば凍て付くだろうユキの尻尾。その刺突を【ウェポン・ガード】によって生み出した盾の力場で受け止めた瞬間、スキルの効果によって刺突の威力を跳ね返す衝撃と共に、凄まじい突風がユキの身体を吹き飛ばした。
「──【レイ】! 【レイ】!」
突風によって飛んで行くユキに、すかさず光魔法で追い打ちをかける春葉アト。
勿論、こんな威力の魔法程度ではユキにとって大したダメージにもならないだろう事は春葉アトも承知の上だ。
時間稼ぎとしてもほんの一瞬が関の山……しかし、今の彼女には一瞬の時間稼ぎが必要だった。
──この場に居る彼女の敵は、ユキだけではないのだから。
「隙あリ!」
「食ラエッ!」
「仲間の仇ダッ!」
ユキが連れて来た軍服の悪魔達が、僅かな隙も逃すまいと攻めかかる。
一体一体では春葉アトに到底敵わない彼女達だが、今はそれすらも脅威になり得る程には不利な状況だ。
春葉アトは、先にこちらを始末したかったのだ。
「──ぐェッ!?」
「な、バカナ──!」
飛び掛かって来た悪魔の攻撃を回避すると同時に、カウンターで放った両手のハルバートの一閃が二体の悪魔を返り討ちにする。
残る悪魔は五体。春葉アトは敵の数を更に減らすべく、ハルバートを構えるが……
「──ッ!」
ゾクリと一瞬感じた寒気。
春葉アトは即座に攻撃を中断し、前方に転がり込むように回避行動を取ると共に振り返る。
「あら……? よく分かったわね」
「そりゃね……そんなに冷たいんだもん。嫌でも気付くよ……!」
そこに居たのは、抜き手を放った直後の姿勢で春葉アトを見るユキだった。
転送魔法による奇襲。悪魔の対処に気を取られていれば、今の一撃が春葉アトの命を凍て付かせていた事だろう。
(まったく……嫌になるね。気を抜く暇もありゃしない……!)
首筋から零れ落ちた小さな氷の粒が、甲冑の中に落ちて冷たさを主張する。
直接触れられずとも、冷や汗が一瞬でこうなる程の極低温……春葉アトが自分の命が天秤に乗っているこの感覚を味わったのは、彼女がパラディンになってからは初めての事だった。




