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第301話 vs魔都⑮

「──ん? なんや、アレ……」


 第二チェックポイントを通過し、最後のチェックポイントである噴水広場を目指していたティガー隊。

 時折遭遇する私服の悪魔を適宜迅速に倒しながら魔都の影を進んでいたその道中、暗い裏通りに目を向けたティガーは、その行き止まりに悪魔の物ではないシルエットを見つけて目を凝らす。


「薄暗くて見にくいけど……石碑か……?」


 それは忘れられたようにひっそりと置かれた石碑だった。

 迷路のように入り組んだ裏通りの、更にその片隅……誰の目にも止まらぬような場所に佇む縦長の石碑には、しかし誰かに何かを伝えようとする文字がびっしりと彫られているのが、遠目からでも何となく分かる。

 そのミスマッチ感が妙に気になったティガーは、部隊のメンバーに合図を出して待機させた後、周囲を警戒しながら単身で近付き碑文を読んだ。


(……! これは、まさか……)


 ダンジョンの奥の奥。雨も降らず、風も無い魔都の中にあるからだろうか。

 古い物のように見える石碑の状態は悪くなく、その内容は彼女にもすらすらと読む事が出来た。

 その一番上に書かれていた一文を目で読んだティガーは、我が目を疑った。


──『中渋谷村魔窟 戦没者慰霊碑』


(『中渋谷の魔窟事変』の慰霊碑!?)


 それは明治元年の出来事として中学校の教科書にも載っている、ダイバーにとっては決して他人事ではない歴史上の一大事に関わる内容だった。

 『中渋谷の魔窟事変』とは、ダンジョンが日本で確認されて以来最も多くの死者を出した事件として教科書に載っている。

 彼女達が通っていたダイバー養成校等ではダンジョンの恐ろしさを忘れない為、今も渋谷の片隅にある慰霊碑を見学する学校行事がある程だ。


(でも、何でそれが魔都にあるんや……?)


 彼女自身、一度は見学した石碑だ。内容も……まぁ、ある程度は覚えている。

 ティガーは疑問を抱きつつも、自分の記憶を再確認するようにその後に続く内容を読み進めていき──そこで更に驚愕する事となった。


(──碑文の内容が、ウチの知っとるもんと違うやんけ……!?)


 彼女が知っている碑文に書かれていたのは、『中渋谷の魔窟』──現代の渋谷ダンジョンで戦死した、百名以上の探索者の死を悼む内容だった。

 しかし、この石碑に書かれていた内容は──


『中渋谷ノ魔窟ニテ ()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()

 義烈千秋ニ照ラス』


「魔王討伐……? 将兵百余名の英霊……!? 何の冗談や、これは……?」


 ティガーは驚愕も冷めやらぬ内に、その一文の後にずらりと並ぶ戦没者の名前を目で追っていく。

 その名前達を全て覚えている訳ではないが、一部の特徴的な名前は彼女の記憶に残る物と合致していた。そして、その最後には……


──『神楽坂 千代 星野 雪 篁 義真』


 その三つの名が小さく彫られていた。

 ティガーはしゃがみ込むと、その部分を指でなぞる。

 ぼろりと砂粒のように小さく欠けた石碑の欠片の感触を指で確認し……そして、石碑の立つ地面を一瞥すると──それの意味するところを理解した。


(この石碑……どこか別の場所にあった物を、誰かがここに運び込んだらしいな。多分、()()()()()()()この三人に強い思いを抱いた誰かや……)


 ティガーが一瞥した地面には台座らしきものは見当たらず、石碑は石畳の上にそのまま置かれていた。

 真下の石畳が僅かに罅割れ、崩れている事からも、誰かがわざわざ運び込んだのは明らかだった。


(神楽坂 千代と星野 雪……──『チヨ』と『ユキ』、か。これは、偶然なんか……?)


 『我ら悪魔は基本的に名を持たぬ』……以前、深層で戦った鱗の悪魔がそう言っていた。

 基本的……つまりは例外があると言う事。

 そして、その例外の一人であるチヨは、自身が元・人間である事をティガー達に打ち明けてくれた。


(名を持つ例外が『悪魔になる前から名前を持っている場合』っちゅうなら、まさか『ユキ』も……?)


 そこまで考えて、ティガーはガシガシと頭を掻いて後悔する。『こんな石碑、見るんやなかった』と。

 ここに来て無駄に濃い情報を頭に入れたばかりに、様々な事が気になってしまったのだ。


(──一旦忘れよう。先ずはこの戦いを勝ってからや)


 何とか気を取り直し、踵を返す。

 振り返った数メートル先では、ティガー隊のメンバーが周囲の警戒をしつつも彼女の様子を気にかけているのが見える。

 皆を待たせるのは悪い。そう考えたティガーが、仲間達の元に駆け寄ろうとしたその時──ゾクリと全身に寒気が走った。


「──ッ!」


 ティガー隊も感じたのだろう。彼女達に隠れるよう指示を出し、ティガーもまた小柄な体格を活かして物陰に身を潜め、隙間から上空の様子を伺う。

 すると──


「そこで待っていなさい! 春葉アトォーーーッ!!」


 そんな声と共に、屋根と屋根の狭い隙間を無数の悪魔が横切って行ったのが見えた。


(なんや、今の()()は……!)


 ティガー達が感じ取った寒気は、魔力の脅威だとか殺気のような物に反応した訳ではなく、物理的な寒気が原因だった。

 その原因が、今しがた上空を通過した悪魔の内の一体だった。


(──ユキ……!)


 数体の悪魔を引き連れ、極寒の冷気を纏い、白髪の悪魔が春葉アト隊に迫っていた。



「──っ! アレは、まさか……!?」


 魔都の上空に響いた声に振り向くと、まるで飛行機雲のような尾を引きながら飛翔する一体の悪魔が視界に入った。

 最後にあった時から髪の色は変わってしまっているが、今の声は恐らく……


「ユキ……!? くっ──!」


 遠目から見ても分かる。今の彼女の纏う魔力は異常だ。

 純粋な戦闘力ではチヨには敵わないと思うが、彼女が纏っている凍結の魔力……アレはチヨとの差を十分に埋めて余りある。

 わざわざあの春葉アトを狙うあたり、相当の実力と自信を付けたという事なのだろうか。今のユキの相手を彼女達に任せるのは危険だと判断した私は、周囲の悪魔達の相手も程々に、ユキに向かって光魔法による狙撃を行った。

 しかし……


「! 躱された!? ──いや、それよりも……!」


 彼女は攻撃速度では雷魔法に並ぶ光魔法の狙撃に反応し、転送魔法で僅かに位置をずらす事で回避して見せたのだ。

 そればかりではない。私を驚かせたのは、彼女が転送魔法を使った後でも全身を包む冷気を維持していた事だった。


(──弱点が無くなっている……!)


 以前『裏・渋谷ダンジョン』の中層で戦った彼女は、転送魔法の直後は少しの間魔法が使えない弱点があった。

 これは戦闘中という変動する環境に於いて、転送魔法という空間の座標に干渉する魔法を実行する事難度の高さが原因だ。

 転送先も現在地点も同時に術式に組み込み、微調整もせずに即座に発動すれば、どうしたって多少のズレが生じる。

 ユキはそれを解決する為に、何らかの魔法を複数同時に起動する独自の転送魔法を使っていると考えられる。それこそしばらくの間強力な魔法が使えなくなる程、複雑な術式を。

 しかし、今の彼女の中にある大量の魔力が、その弱点を潰してしまっている。

 背後に瞬間移動し、ただ身体に触れるだけでダイバーを即死させられる今のユキは、あまりにも危険な存在と言えた。


「──見つけたわ! 春葉アトォ!!」

「く……っ、アトさん……!」


 標的を見つけたユキは狙撃をした私を気にもかけず、その勢いのまま旅館の四階に飛び込んで行った。

 私も後を追ってすぐに助けに向かいたいが、無数の悪魔を引き付けている現状ではどうにもならない。

 彼女と、彼女が率いるダイバー達にかけるしかなかった。

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