第299話 vs魔都⑬
「──そうですか。皆さんご無事で……良かった」
追い詰められていたKatsu-首領-隊が無事難局を乗り切ったという知らせをリスナー達から伝えられ、ホッと胸をなでおろす。
いよいよとなれば私が直接救出に向かうつもりでリスナー達に実況を頼んだまでは良かったが、正直生きた心地がしなかったな……本当に死者が出なくて良かった。
(それにしても、飛翔による優位性があるとはいえ、あのクリムが追い詰められるレベルの悪魔がまだいたとは……)
クリムとは何度も組み手をした事があり、彼女の実力は私も認める所だ。
非常に高い近接戦闘の能力は勿論、ワイヤーによる空中機動や中距離の攻撃手段も持っている事から、幅広い状況に対処できると考えていた為、彼女が一瞬とはいえピンチに陥ったのは私にとっても衝撃だった。
(これは警戒を引き上げる必要があるな……)
今私を襲っている無数の悪魔達は正直そんなに強いとは感じない。
私服の悪魔は勿論、軍服の悪魔だってクリムには到底及ばない筈だ。……しかし、服装でも見分けられない脅威が悪魔の中に混じっているのも事実なのだ。
「今回の一件について、春葉アトさんやティガーさん達にも共有をお願いします。特にダンジョンホッパーの悪魔には気を付けるようにと」
〔了解!〕
〔もうやってるよー!〕
〔複窓で見てたけど何人か忠告してるコメント見かけた〕
「! 既に情報の共有を済ませてくれていましたか。ありがとうございます!」
私服の悪魔の中にもダンジョンホッパーが混じっている事も含め、各部隊に警戒を促すようリスナーにお願いしたが、どうやら既にやってくれていたらしい。頼もしい限りだ。
彼等の気づかいにも感謝しつつ、魔都の上空に引きつけた悪魔達を倒していると、リスナーから気になる情報が飛び込んで来た。
〔そう言えば偽ヴィオレットちゃんって誰なの?〕
「『偽ヴィオレットちゃん』……!?」
詳しい説明を求めると、どうやら春葉アトに迫っていた巨漢の悪魔を引き付けて去って行った『私の偽物』がいたらしい。
偽物と言っても、髪型と双剣使いである事以外はそんなに似ている訳でもないそうだが……
(話を聞いた感じ、その『私の偽物』は少なくとも敵ではないのかな……?)
今回の作戦に参加しているダイバーに、紫色の長髪でレイピア二刀流の女性ダイバーは私以外居ない。
【変身魔法】を教えたダイバーも居ない以上、考えられる可能性は──
(……目的は分からないけど、一応はぐらかしておくか)
「皆さんの言う『私の偽物』も気にはなりますが、今は先ずアトさんやティガーさんの部隊の進攻度を把握しておきたいですね。どなたか凡そでも良いので、教えていただけませんか?」
そう言って私は話題を逸らす。この配信は十中八九、魔族も見ているからだ。
私の誤魔化しがどの程度通用するかは分からないが、馬鹿正直に私の予想を口にするべきではないだろう。
……『偽ヴィオレット』の正体が私の想像通りなら、きっと悪いようにはならないだろうからな。
◇
「待チヤガレェ! オーマ=ヴィオレットオオォォォッ!!」
怒りと執念が籠った咆哮を引き連れ、自身を『オーマ=ヴィオレット』と名乗った女性は路地裏を駆ける。
背後からズシン、ズシンと地面を震わせながら、黒鉄色の巨躯が鈍重な身体を揺らして女性を追うが……二人の距離は近付く事も、まして離れる事もなかった。
女性が速度を調整し、一定の距離を維持しながら無礼童を誘導しているからだ。
しかし、無礼童はそんな露骨な誘いにも気付かない。気付けない。今の彼は『オーマ=ヴィオレットらしい者を追い、殺す事』しか頭に無いのだ。
(まったく……扱いやす過ぎて、逆にやりにくいよ。……柄にもなく同情しそうになる)
そんな内心を隠しつつ、女性は迷う事無く路地裏を進み──目的地に到着した。
「フ……ヘヘ……ッ! 追イ詰メタ! 追イ詰メタゾ! オーマ=ヴィオレットォ!」
「わー! なんて事だ! まさかこっちが行き止まりだったなんてー!」
二人が行き着いたのは、魔都でも特に細く、薄暗い路地の行き止まり。
三方向を居住用の建物に囲まれた小さな広場で、いくつか置かれた小さなベンチがひっそりとした憩いの空間を演出している。
そこで足を止めた『偽ヴィオレット』は白々しいリアクションと共に振り返り、無礼童と相対する。
「こうなったら戦うしかないです! かかって来なさい!」
「殺シテヤル! 殺シテヤルゾ、ヴィオレットォ!!」
石畳が爆ぜる程力強く踏み込み、跳躍して距離を詰める無礼童。
着地と同時に振り下ろされた文字通りの鉄拳が、石畳をたわませて波紋を作る。次の瞬間、一斉に砕けた石畳の破片が、無礼童の拳を中心に全方位に飛散する。
「よ……っと!」
偽ヴィオレットは散弾銃の弾幕のような瓦礫の層を、傍らの建物の壁を使った三角跳びで躱しながら、両手の細剣で無礼童に斬りかかった。
全身の回転を利用した、どちらかと言えば刀を振るう様な軌道で放たれた斬撃が無礼童の肩を捉える。が──
「っ!」
偽ヴィオレットの斬撃は無礼童の体表を『ギャリッ』という音と共に滑り、彼の身体に傷を付ける事が出来ない。
「──ソコダッ! 死ネ、オーマ=ヴィオレットォ!!」
攻撃直後の隙を狙い、無礼童の左腕が唸る。
だが偽ヴィオレットは驚異的な身軽さでその左腕に足を乗せると、更に跳躍。今度は頭上から舞い降りる勢いを乗せ、ついでとばかりに二本のレイピアを交差させて振り下ろす。
しかし、全身が分厚い金属のようになってしまった無礼童に、レイピアの刃を力任せに振り下ろせばどうなるかは自明の理。
「──あっちゃぁ。やっぱり壊れちゃったかぁ……」
『パキンッ』と軽い音が響き、短くなったレイピアの先端が回転しながら宙を舞う。
しかし自身の得物が砕けたというのに、偽ヴィオレットはそれを気にする素振りも見せず、早々に二本のレイピアを手放した。
カランカランと石畳に転がるレイピアの残骸を得意げに示し、無礼童は叫ぶ。
「ハハハハハッ!! 見タカ! コレガ俺ノチカラダ! オ前ニ復讐スル為ニ、マイガクレタチカラナンダ!」
「はいはい……──それじゃ、そろそろ始めようか。戦いをさ」
「──ッ!!」
偽ヴィオレットの雰囲気が変わる。
先程までのような軽さが一瞬で消え失せ、まるでここだけ重力が数倍になったかのような重圧が無礼童にのしかかった。
「ハッ、凄ンダトコロデ……──武器ヲ失ッタオ前ニ、何ガ出来ルッ!!」
プレッシャーを跳ね除け、無礼童が鉄拳のラッシュを放つ。
腕に奔ったラインから漏れだす魔力が絡みつき、拳一発一発に込められた威力を増幅させる。
絶え間なく放たれる連撃が空気を震わせ、まるでビル風のような音と風圧を叩きつけた……が──
「悪いけど、今の私の武器はコレなんだ。──まだ死なないでよ?」
「ナ……ッ、テメェ、イツノ間──ニッ!?」
無礼童が感知できない速度と、卓越した体捌きで彼の側面に回り込んだ偽ヴィオレット。
彼女が握った拳が音も無く無礼童の脇腹を捉えると、次の瞬間には彼は建物の中に突っ込んでおり……一拍遅れて『パンッ!』と空気が弾けるような音が耳に届いた。
「グアァッ!? イ、痛ェ……!? バカナ、俺ハ無敵ニナッタノニ……!」
今の一撃によって小さく放射状の罅が出来た脇腹を押さえ、無礼童が呻く。
しかし、そんな小さな傷は立ちどころに修復されてしまった。それは彼が既に人間ではなく、悪魔となってしまった証だ。
それを憂うような目で見た偽ヴィオレットは、彼が突っ込んだ家に自らも上がり込み、無情にも告げた。
「残念だけど、君はまるで強くなってないよ。前に言わなかったっけ? 『強くなりたいんだったら真っ当に鍛えた方が良いよ』ってさ」
「何ノ事ダ! コレハ俺ガ努力デ手ニ入レタチカラダァ!!」
かつて彼女から直接された忠告の言葉も、もう彼の記憶には残っていない。
無礼童は自身が不当に侮辱されたと思い込み、殺意を乗せた拳を再び偽ヴィオレットに振り下ろした。
「……仕方ないね」
残念そうに俯いた偽ヴィオレットの姿が掻き消える。そして──
「……グアァッ!?」
無礼童の視界がぐるりと回転する。
そしてその現象に反応するよりも早く胸を打つ衝撃と、いつの間にか捻られていた右腕から伝わる痛みに声が漏れた。
「──思い出さない? 君は前にも私にこうやって、軽くあしらわれた事があったんだよ?」
「ナンノ、事ダ……ァアッ!!」
ギリギリと掴んだ右腕を締め上げるも、彼の記憶は──人間だった頃の無礼童の記憶は戻らない。
偽ヴィオレットがここまで無礼童の事を気にかけるのは、彼の境遇に自分と──いや、自分のかつての親友と似たものを感じたからだ。
魔族の目的の為に意思も記憶も歪められ、今も植え付けられた使命の為に生きている親友を。
「……ふふっ、やっぱり無理か。もしかしたら……なんて期待も、あったんだけどね……」
未だに奇跡に縋っていた自分に気付いた彼女は『フッ』と自嘲すると、無礼童を取り押さえたまま彼の身体に左手を添える。そして──
「■■■ ■■■■■■ ■■■■■■■■ ■■■■■■■■■ ■■■■■■■ ──『■■■■■■■■』」
「グウゥゥ……ッ!? テ、テメェ……コノ魔法ハ……!」
彼女の魔力が無礼童に打ち込まれると、彼の身体が途端に重くなる。……否、彼の身体にかかる重力が増幅させられているのだ。
ただでさえ金属鎧と一体化した筋肉を更に肥大化させ、ゾウ一頭分程の重さになっていた無礼童の身体はミシミシと異音を鳴らし始める。
加えて、彼の身体が叩きつけられた事で脆くなっていた地面が重力魔法によって更に重くなった彼の重量に耐えられずに陥没。
無礼童は俯せになった身体を半分ほど床に減り込ませるような姿のまま、動けなくなってしまった。
「これでしばらくは動けないでしょ。──あぁ、安心して? 殺す気はまだないよ。今の貴方を殺すと……──流石の私もどうなるか分かったもんじゃないからね」
倒れ伏した無礼童の前に偽ヴィオレットが歩み出ると、無礼童の怒りの籠った視線が向けられる。
そして──彼の視線の先で偽ヴィオレットの輪郭が揺らぎ……その正体が明らかになった。
「ナッ……テメェハ、チ、チヨ!? バカナ、俺ハ確カニヴィオレットヲ……!」
「これだけは言っておくけどさ……あたしが変身した姿って、ヴィオレットちゃんには全然似てないんだよね。変身魔法って、特定の人の顔になろうとすると凄い練習が必要なんだよ。……分かる? 今の貴方、それだけ正気じゃないって事なんだけど」
「ナ、ナニヲ……何ヲ言ッテイル……? 俺ガ正気ジャナイ?」
「……まぁ、無駄だろうと思うけど、そこでしばらく考えておきなよ。貴方の記憶の事。何が本当なのか、嘘なのか……本当の敵が誰なのか──思い出せると良いね」
「マ、待──」
無礼童が縋るように出した声は、途中から聞こえなくなる。
チヨが人間側の味方として動いているという事実が、彼の口から他の悪魔に伝わるのを避ける為、彼の周囲に【消音】の魔法を使ったからだ。
(これでヴィオレットちゃんはもうしばらく、ブレイドに追われる事もない。……今は一先ず、それで良しとしようかな)
こうしてオーマ=ヴィオレットに迫る危機の一つは、人知れず封印されたのだった。




