第298話 vs魔都⑫
司令官の悪魔とクリムの決着から、時間は少し巻き戻る。
BARの二階では、Katsu-首領-隊と軍服の悪魔達が入り乱れての激戦を繰り広げていた。
「ぐッ……! ──くソッ、生意気な人間メッ! これでも喰らエ!」
「マズっ──……ぐぅぅッ!?」
「とどメ!」
左腕を斬り落とされた悪魔が、右手で雷の魔法を放つ。
咄嗟に槍で防御してしまったダイバーは、直撃こそ防げたものの、金属の装備を伝う電流に全身を一瞬硬直させてしまう。
致命的な隙を晒してしまった彼女の身体を、悪魔は鋭い刃を備えた尻尾で貫こうとするが、ダイバーは咄嗟の判断で地面に倒れ込み、致命傷を回避した。その瞬間──
「──ハッ!? くゥッ……!」
音も無く薄闇を裂いて現れた鋭利な刃が、悪魔の首に迫る。
短剣の一撃を咄嗟に構えた右腕でガードした悪魔だったが、その直後にがら空きになった腹に蹴りを受け、後方へと飛ばされた。
倒れ込んだダイバーを窮地から救ったのは……
「援護する! 今の内に体勢を立て直せ!」
「慧火-Fly-さん! ありがとう、ございます……!」
『軽業師』のジョブを持つ慧火-Fly-は、気配察知と身軽かつ柔軟な体捌きで、ティガー程ではなくとも数体の悪魔を同時に牽制できる実力者だ。
彼のアシストによって窮地を脱したダイバーはこの場にも多く、闇乃トバリと並ぶ陰の功労者と言えた。
「っちィ、妙ナ動きしやがッテ……!」
「……やはり蹴りではダメージは薄い──かッ!」
全力の蹴りを叩き込んだのにもかかわらず、まるで効いてない様子で目の前に現れた悪魔。
しかしそのくらいは当然と考えていた慧火-Fly-に動揺は無く、悪魔の翳した手に魔力が集まっている事を感知するや否や、悪魔の右側へと回り込むような軌道で跳躍する。
それを目で追った悪魔は、すかさず魔法の照準を合わせるように右手を動かすが……
「ッ!」
それに反応した慧火-Fly-が空中を蹴ると、一瞬だけ光の波紋が広がり、彼の身体が空中で鋭角に軌道を変えた。
悪魔が慧火-Fly-の最初の攻撃に対して反応が遅れた原因が、この予測困難な空中制動だ。
空中に一瞬だけ自分専用の足場を作る魔法、『フリッカー・ステップ』。
オーマ=ヴィオレットが多用する風のエンチャントよりも出来る事は少ないが、空中機動においては直感的に扱えると言う事で、彼女はこの魔法を慧火-Fly-に教えたのだ。
「っ──く、グァッ!?」
右から左へ、かと思えば上へ……と視線を誘導したところで、一転して地面に着地して真下からアッパーカットのような鋭い切り上げ。
『軽業師』の持つ機動力を高める複数のパッシブスキル群と『フリッカー・ステップ』は、非常に相性の良い組み合わせだった。
悪魔はその動きに対応しきれず、右腕を肘の下辺りで斬り飛ばされる。
「こいツ……っ! これでモ……──カッ……!?」
慧火-Fly-の攻撃の直後、伸びきった姿勢で動きが鈍くなる一瞬に尻尾の突きを食らわせようとした悪魔は……慧火-Fly-の背後から鋭く伸びた槍の一撃によって胸を貫かれ、全身を塵へと還した。
「どうやら、すっかり痺れは取れたようだな」
「はい! この通りです、ありがとうございました!」
そう告げる槍使いの女性の様子から戦線復帰は可能と判断した慧火-Fly-は、一つ小さく頷くとまた危うそうなダイバーの援護をするべく跳躍する。
(慧火-Fly-さん、海外のリスナーからますます『リアルニンジャ!』って言われそうだなぁ……)
一瞬だけ思い浮かんだそんなイメージを振り払うように、槍を数度振るって具合を確認した女性ダイバーは自身もまた他の悪魔との戦闘に臨むのだった。
「──皆、怯むな! クリムがここに来てくれていると言う事は、救援も近いと言う事だ! 踏ん張れ!」
乱戦が長引き、疲労の色が滲むダイバー達を奮起させるべく、Katsu-首領-の激励が飛ぶ。
個々の実力では悪魔を上回るダイバー達は戦闘を重ねる事でレベルアップし、更に強くなっている。しかし、開いたままの奥の窓と一階に通ずる階段から次から次に現れる悪魔という数の暴力が、ダイバー達の成長を上回る脅威となっていたのだ。
(まだか……まだなのか!?)
魔法使い系ジョブのダイバーは勿論、近接系ジョブのダイバー達もスタミナ以上に魔力の消費が激しい。
当然ながら魔力回復用のポーションは各自いくつも用意してはいるが、それを使う余裕が無いのだ。
この苦境を自分の策で打開できない事に無念を覚えながら、Katsu-首領-はその時を待っていた。
そして今……彼の耳にそれは確かに届いた。
──『な、なンダ、お前ラッ!』
──『そこを退くッスぅーーっ!!』
(──っ! 来た!)
部屋中に響く剣戟や雷鳴に混じって、階下から微かに届いた騒乱の音。
クリム隊の救援が、漸く一階のBARに到着したのだ。
それによって、戦況は僅かに……しかし、即座に変化を見せた。
(階下から上って来る悪魔がいなくなった! このペースなら──!)
「総員聞け! 一階にクリム隊の救援が到着した事で、悪魔の数が減ってきている! 今こそ全力を注げ! 一気に押し戻すぞォ!!」
「っ! ぅ、オオオォォォッ!!」
疲労によって衰えかけた士気が蘇る。
それはまるでバックドラフトのように、一時的に彼等のパフォーマンスを万全以上にまで高めた。
そして、Katsu-首領-の言葉は、同時に悪魔達に不安の種をばら撒く。
『このまま押し切られるのでは……?』
勢いを盛り返したダイバー達の剣幕に悪魔が僅かに怯んだその時、彼女達を更に追い込む報告が彼女達の背後から届いた。
「──Katsu-首領-さん、無事ですか!? 悪魔達の司令官さんは今さっき倒しました! 私も加勢します!」
「ナ……ッ!?」
それは開きっぱなしの窓から飛び込んで来たクリムの報告だった。
自分達の上官の死を知らされると同時に、更なる強敵が参戦するというダブルパンチに、悪魔達の士気はどん底まで落ち込む事になったのだ。
「そんな、司令官ガ!?」
「あの方が敗けルなんテ……」
「流れはこっちにあるぞ! 攻めろォォーーッ!!」
「オオオォォォッ!!」
明確な士気の逆転。そして正面、背後、階下をダイバー達に包囲された状況……この時点で、勝敗は決していた。
「──Katsu-首領-先輩! お待たせしたッス! 高野恋、今駆けつけ……って、もう終わってたッスか……」
「はぁ……はぁ……救援、感謝する。高野恋……」
一階のBARに居た悪魔達を殲滅した高野恋達が二階に駆けつけた時には、既にKatsu-首領-達は荒い息を吐きながら身体を休めているところだった。
大通り側の窓に加えて、今はクリムが入って来た窓も氷漬けになったタンスで塞がれており、安全が確保されている。
そして暗室の中心付近には、ダイバー達の腕輪の中にあった探索用のランプが円状に配置されており、ささやかながら憩いの場を演出するのに一役買っていた。
「……ふぅ、どうやらみんな無事みたいで何よりッス。必要かは分からないっスけど、体力が戻るまでの護衛は私達が受け持つッスよ!」
「済まない、お願いしよう。……ところで、そちらの消耗は大丈夫か? 一階にも悪魔は居ただろう?」
「そうッスね。でも、私達だけで対応できる数だったッスよ。多分、悪魔達は先輩たちを倒す為に、二階に戦力を集中させ過ぎたッスね」
「なるほど……我々の奮闘も、全くの無意味ではなかったか……」
疲労の滲む顔に薄く笑みを浮かべ、Katsu-首領-は大きく安堵の溜め息を吐いた。
こうして彼等の最初の危機は、何とか乗り越えられたのだった。




