第297話 vs魔都⑪
上空から無数の細い雷がクリム目がけて降りそそぐ。
司令官の悪魔が放ったそれに対して、クリムは焔魔槍のワイヤーで作ったラウンドシールドを掲げる事で防御した。
現在焔魔槍のワイヤーには彼女の【エンチャント】によって雷の性質が付与されている。それを蚊取り線香のようにぐるぐると巻く事で、雷魔法に対する盾にしていたのだ。
だが、その行動も司令官の悪魔にとっては想定内だった。
「──そコッ!」
「っ、くぅ……!!」
上空からの攻撃に踏ん張り、足を止めた一瞬──司令官の悪魔はその隙を見逃さずに上空から急降下。
横殴りの軌道で急接近した悪魔は、その勢いのまま炎のサーベルをクリムに向かって振り抜く。
辛うじて焔魔槍でその攻撃を受け流したクリムはすかさず反撃の為に得物を構えるが、司令官の悪魔は既に上空へと撤退してしまっていた。
その高度は凡そ五メートル──クリムの攻撃の有効射程の外だった。
(飛翔を最大限活かした戦い方だ……攻撃のチャンスが無い!)
上空からの魔法の牽制によって防御か回避をクリムに強制させ、その隙を突いてのヒットアンドアウェイ……クリムはこの戦法によって苦戦を強いられていた。
「やはり雷は貴様に効果が薄いカ……ならば、これならどうダ!?」
「──っ!」
悪魔の次なる攻撃の予兆に、クリムは息を飲む。
それは巨大な水球だった。
まともに受ければ水圧によって体勢を崩され、雷のラウンドシールドで防ごうものなら帯電した水を全身に被る事になる。
「さぁ、喰らエッ!」
(回避しかない……っ!)
「くっ……!」
半端な回避では着弾後に発生する水流に足を掬われる。
そう判断したクリムは、建物の二階に飛び乗る軌道で跳躍した。その直後──
「空中でこれを受けられるカ!?」
大きく跳躍した事で生まれた隙を司令官の悪魔が見逃すはずもなく、容赦ない刃がクリムの身に迫った。
「っ……!」
悪魔の刃を焔魔槍で受けたクリムの身体は、踏ん張りの効かない空中と言う事もあって容易に吹っ飛ばされる。
さらにそこに追撃を仕掛けようとする司令官の悪魔。しかし……
「──ムッ!?」
クリムは雷のラウンドシールドを解いたワイヤーの先端を、悪魔に向けて伸ばしていた。
それに触れてしまう事を嫌った悪魔は追撃を取りやめ、再び上空へと撤退する。
(く……っ、強い……!)
射程の外に飛び去った悪魔の代わりに、屋根の一部にワイヤーの先端を張り付けたクリムは直ぐに戦線に復帰するが、しかしその手強さに嘗てない程の緊張感を抱いていた。
──それは敗北の予感。
(私のワイヤーではあの悪魔の飛び去るスピードに追い付けない……でも、【クレセント・アフターグロウ】はあのサーベルで弾かれてしまった……)
クリムはここまでの戦闘で自身の手札の殆どが封じられている事を確信していた。
その一方で、司令官の悪魔もまた、自身の勝利を確信していた。
(もう一押しダ。後僅かに押してやるだけデ、奴に完全なとどめを刺セル……!)
この人間にとどめを刺したら、部下の悪魔に命じてその死体を窓から投げ入れてやろう。
それで中の人間共の心は、今度こそ完全に折れる。
「──翼も持たぬ身で我々に歯向かった事を後悔しロッ! 人間ッ!」
「っ……!」
再び生み出した水球をクリムに向けて放った司令官の悪魔。
二階の屋根に居たクリムが一階の屋根に飛び降りる刹那、高速で迫った悪魔の凶刃。
「──っ、ぐぁ……ッ!」
それを辛うじて防ぐも、吹っ飛ばされたクリムは今度は二階の外壁に叩きつけられ、その衝撃に彼女の身体が一瞬硬直する。
(取っタッ!)
「──とどめダッ!」
即座に距離を詰めるべく、司令官の悪魔が翼を広げたその瞬間──
「ッ、な、ニィ……ッ!?」
広げた彼女の飛膜を、一条の光線が貫いた。
(──攻撃ッ! どこカラ……!?)
素早く視線を走らせる悪魔。しかし、彼女が発見した狙撃手の正体は……
(まさか……アイツガ……!?)
目測で凡そ一キロメートル先。無数の悪魔に包囲され、空中戦を演じているオーマ=ヴィオレットだった。
一体一体はそれ程の実力者でないにせよ、数十体の悪魔の集中砲火。そんな状況でこちらの戦況を把握し、長距離狙撃を成功させる余裕と集中力に、流石の彼女も一瞬呆気にとられた。
そして、その隙をクリムは見逃さなかった。
「っ、しマッ……!」
悪魔の脚にクリムの焔魔槍のワイヤーが絡みつく。
「──ありがとうございます、ヴィオレットさん……」
自身の敗北を確信した司令官の悪魔。
次の瞬間にはこのまま感電させられ、すかさずとどめの刃が振り下ろされるだろう。
(くそッ、あと少しだったのニ……!)
最後の最後で意識を余所に向けてしまったのが敗因か、と、無念に目を瞑る。
……しかし、少し待っても彼女の予想に反してワイヤーに電流が流れる事は無く、司令官の悪魔の脚を固定するだけだった。
「……どうした、もう魔力が尽きたのカ? 人間は随分と燃費が──」
「一騎打ちです! せめて最後は対等に、技と技で勝負をつけましょう!」
疑問に目を開いた悪魔が見たのは、真剣な顔でそんな提案をするクリムの姿だった。
「何を言っていル……? 馬鹿なのカ? これは試合じゃナイ。正々堂々など存在しない殺し合いダ」
「分かってます! 私がするべきなのは、一刻も早く貴女を倒してKatsu-首領-さん達を助ける事です! これは私の無意味な拘りで、純然たるエゴです! ──でも!」
さっきの今で再び呆気にとられた悪魔の言葉に、クリムはそれが正しいと受け入れながらも訴える。
「仕方ないじゃないですか! 正面から戦いたくなっちゃったんですから!!」
それは彼女が元々そう言う試合の世界で生きて来たからこその性。
純粋に槍術を極め、強者との戦いに意義を見出してしまった彼女故のこだわりだった。
だが、それに異を唱える声が上空から投げかけられる。
「卑怯者! 遠くから狙っテおいテ、何が一騎打チダ!」
「司令官! 我々モ加勢しまス!」
そう言ってクリムに向かって放たれた魔法は、外ならぬ司令官の魔法によって迎撃された。
「私の指示を聞いテいなかったのカッ! 貴様等は建物の中に立てこもっタ人間を、さっさと殺してこイッ! さっきも言っタように、これは正々堂々等存在しない殺し合イッ! あるのは互いの戦術のみダッ!」
そう一喝して悪魔達を黙らせた司令官の悪魔は、クリムに向き直る。
「──良いだロウ……貴様の挑戦を受けヨウ。ただしその選択、精々後悔しない事ダ……」
そしてクリムの要望に応えるように、彼女と向かい合う形で屋根の上に着地した司令官の悪魔。
油断なくサーベルを構え、彼女は冷徹に考える。
(バカな人間だ。近付いたところで雷の魔法を叩き込めば、私は労せず貴様を殺せる。それに気付かんのか……)
その内心を知ってか知らずか、クリムはまるで彼女が身を置いていた槍術の大会のように一礼すると、自身の得物である鋼糸蜘蛛の焔魔槍を構えた。
「ありがとうございます。では……いざ──」
「尋常ニ──」
「「──勝負ッ!」」
次の瞬間、瓦を全力で蹴り砕き、二人の影が一瞬交わる。そして──
「ありがとうございました。──正々堂々、勝負してくれて。貴女は魔法を使う事も出来たのに、それをしないでいてくれた……」
ガシャリと瓦の上に前のめりに倒れた悪魔に、クリムはそう語りかける。
司令官の身体は左わき腹から心臓のある位置までの範囲が大きく円形に抉れており、いくら頑丈な悪魔といえど致命傷となるダメージを受けていた。
悪魔は結局、魔法による攻撃ではなく、正面からの斬り合いを選択していた。
それはクリムの真摯な熱に浮かされたからだけが理由ではなく──
「ふン……私が貴様を見誤ってイタ。──それだけダ……」
それだけを言い残して司令官の悪魔の身体は塵に還った。
クリムは最初から魔法による奇襲の可能性を考慮していたのだ。
だからこそ、悪魔がわずかにでも魔法を使う素振りを見せたら、いつでもワイヤーに雷の属性を付与できるように準備もしていた。
それを一瞬の交差で見抜いたからこそ、司令官の悪魔はクリムを認め、彼女が望んだ正面からの戦いに応じたのだ。
「司令官の悪魔さん……この戦いが終わったら、貴女の名前を考えなければなりませんね……」
クリムはそう言って彼女の身に着けていた軍服から小さな紅い魔石を拾い上げると、サーベルと共に大事そうに腕輪に収納した。
尊敬するオーマ=ヴィオレットが一騎打ちで勝利を収めたアセンダーロードの魔石をそうしたように、彼女とおそろいのイヤーカフにしようと心に決めて。
そしてそのイヤーカフに、彼女に相応しい名を付けようと心に誓って。




