第283話 解決した問題、残る課題
「くっ、中々上手く行かねぇな……」
「詠唱の正確性よりイメージの方が大事だって言ってたけど、やっぱそこが一番難しいよな……」
深層の一角で魔法の訓練を続けているダイバー達が、そう小さくぼやく。
ヴィオレットから直々に詠唱や魔力操作のイメージを伝えられていた彼等ではあったが、それだけでものにできる程、実戦用の魔法は簡単ではなかった。
……しかし、それは寧ろ当然の事と言える。
彼等ダイバーは元々『腕輪』という、与えられた道具にスキルも魔法も依存してきた。
音声認識で自動的に魔力を吸い、それをスキルや魔法と言う形で出力してくれる便利アイテムに慣れる事で、逆に本来の魔法の習得や開発という概念から離れてしまったのだ。
「うぅ……異世界の魔法って、こんなに感覚違うの……?」
「魔力の操作は出来てると思うんだけどなぁ……」
魔法系のジョブを持つダイバーも、『腕輪』に発現していない魔法を構築する経験はない。
ジョブの適性や【心得】スキルもサポートしてくれない彼等の魔力操作は、まさに補助輪を外されたばかりの自転車のように覚束ない物だった。
そんな中、一人だけあっさりと魔法を成功させるダイバーがいた。
「……やっぱすげぇな、魅國さんって」
「ああ。……なんか様子おかしいけどな」
彼等の視線の先では、今まさに無数の蛇を思わせる霧を自在に操り、部屋の隅に貯められた水に氷の柱を生み出した魅國の姿があった。
しかし、あるダイバーが言ったように、彼女の雰囲気は普段の物とは違っている。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■、感覚は覚えましたね? 魔法名は──『霧蛇の群れ』という意味の、■■■■■■■■としましょう。──あぁ、わかったわ。──では次は、また自分でやってみてください」
まるで一人二役の芝居をしているように、京都弁と標準語を交互に口にし、そしてまた同じ魔法を水溜りに撃ち込む魅國。
先程よりも威力がやや低いのか、二つ目の氷の柱は最初の物よりも小さかったが、危なげなく魔法を連続で成功させていた。
「……これが才能の差ってやつか……」
「──いえ、そう言う訳ではありませんよ」
自身と魅國の差に打ちひしがれるダイバーをフォローしたのは、彼等の魔法の訓練をつけているオーマ=ヴィオレット本人だった。
彼女はダイバー達の自信が折られてしまう前に、魅國が連続で魔法を成功させているカラクリを伝えに来たのだ。
「──魅國の【誇華虎意】の効果を利用して、ヴィオレットさんが魅國を操ってる!?」
「ええ。ご自身の身体で魔法を使わせれば、詠唱もイメージも魔力の操作も直接伝えられますからね。習得が圧倒的に速いのはその為です。そもそも、最初の一回は私が魔法を使っているような物ですし」
その説明を受けて、魅國の魔法習得の早さに納得がいくダイバー達。
先程の魅國の一人芝居も、彼女本人とヴィオレットが交互に話していたのだと理解する。
だが……それを知ったところで彼等が感じたのは、やはり『不公平』という嫉妬にも近い感情だった。
もちろん魅國はあくまでも自分が持つ能力をフルに発揮して魔法を習得しているだけであり、ズルをしている訳ではない事は彼等も解っている。
しかし、その最初から持つ能力によって、明確な差が生まれているのも事実だ。そこに何も感じるなと言う方が難しいだろう。
……複雑な表情を浮かべる彼等を宥めるように、ヴィオレットは魅國の考えを一つ打ち明けることにした。
「魅國さんは、ああやって多くの魔法を短時間で習得する事を望みました。何故か分かりますか?」
「そりゃ……魔都の攻略の為だろう。様々な状況に対処するには、多くの手札が必要なのは確かだしな……」
「それも一つですが、もう一つ理由があります。彼女は多くの魔法を──より具体的に言えば、皆さんが欲した魔法の全てを習得し、それを皆さんに【誇華虎意】で共有するつもりなんです」
「な……!?」
魅國の計画を知ったダイバー達は言葉を詰まらせた。
確かにその方法であれば、より確実にこの場の全員が魔法を手に出来るだろう。しかし、その分魅國の負担は大きくなる筈だ。
どうしてそこまでしてくれるのか……そんな疑問が表情に現れていた。
「……それはきっと、【誇華虎意】を受ければ知る事になるでしょう。彼女に伝わってしまった、私自身の秘密と共に」
「ヴィオレットさんの……秘密……?」
「【誇華虎意】の効果を受ければ、互いに隠し事は出来ません。貴方達の内心も、魅國さんは知る事になるでしょう。それでも構わない方は、この場で私に名乗り出てください。その方の望む魔法を魅國さんに習得してもらい、【誇華虎意】によってノウハウを共有します」
それは戦力の増強や魔法の習得だけを考えれば、非常に魅力的な提案だ。
魅國は更に多くの手札を獲得し、自身は望んだ魔法が使えるようになる。そしてその後の時間はその魔法の研鑽に費やす事が出来るのだ。
だが、同時に魅國には自分の内心が知られてしまう。
後ろめたい過去が無くとも、大抵の人間は相手に打ち明けたくない秘密が何か一つはあるものだ。
『好きな人』『嫌いな人』『趣味嗜好』『コンプレックス』……そう言ったものが、全てではないにせよ知られてしまう可能性を前に、躊躇するダイバー達。
そんな静寂を切り裂くように、早速一人のダイバーが挙手して名乗り出た。
「はいはい! 私、お願いしたいです!」
「クリムさん……本当に良いんですか? 少なくとも、【誇華虎意】中は隠し事は出来ませんよ?」
「でも、それって魅國さんも同じなんですよね?」
「まぁ……そうですね」
「じゃあ大丈夫です! お願いします!」
◇
「──ホンマにええんやな? クリムちゃん」
「はい! やっちゃってください!」
魅國の最終確認に対して、まるでハグを待つかのように両腕を広げるクリム。
互いの精神を共有し、魅國が習得した魔法を直接伝授する……その最初のダイバーとして名乗り出た彼女は謂わば『試金石』だ。
彼女が果たして望んだ魔法──属性の【エンチャント】をものにできるのか……その行く末を、周囲のダイバー達も固唾を飲んで見守っていた。
(属性の【エンチャント】は対応する属性魔力の作り方をマスターしてしまえば、そこまで難しい物ではない。問題は、その属性魔力をどれだけ習得できるかだ……)
私が扱える属性魔力──『炎』『雷』『風』『凍結』『闇』……そして『光』。
これらを一通り魅國の身体に使わせた後、私にかけられた【誇華虎意】は一旦解除された。
そして今、【エンチャント】と六種の属性魔力を使えるようになった魅國が、その全てをクリムに共有するべく……
「──【誇華虎意】!」
クリムの身体に小さな炎が埋め込まれたその瞬間、クリムの纏う雰囲気がガラリと変わった。
「……ん、精神の共有は問題無いみたいやなぁ。ほな早速詠唱を──おお、すごい! 私が関西弁を喋ってます!」
「──今から詠唱するんやから静かにせぇ!」
魅國が具合を確認しようとしていたところで、クリム本人が興味深さから言葉を発してしまい、魅國からのツッコミが飛んだ。
私自身体験したから知っているが、基本的に【誇華虎意】の主導権は本来の身体の持ち主にある。これは『共有した精神を通して相手を操る』と言う使い方は、本来想定された【誇華虎意】の使い方ではなく、副次的な──所謂『裏技』のような効果だからだろう。
その為、今のように行動に割り込むように動かれてしまうと、いくら【誇華虎意】の使用者である魅國でも操り続けることができないのだ。
「──ふふっ……操られるって聞いた時はちょっと怖そうに思えたけど、なんか思った感じじゃないね」
「うん。あのクリムちゃん見てたら、そう言う不安は無くなっちゃったかも」
そんなどこか漫才のようなやり取りは、周囲のダイバーが抱える不安を一つ解消してくれたらしい。
次第に見守っていたダイバー達の中からくすくすとした笑みがこぼれる中、やがて魅國が操るクリムの右手が左手で持った訓練用の槍に添えられる。
そして──
「ええか? この感覚を覚えるんやで……■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■!」
クリムの声が詠唱を完了すると同時に、槍がバッと炎を噴き……その身に纏った。
「……良し、成功や──うわあぁ! エンチャントだ! エンチャント・ヒートだ!!」
「──せやから、少し大人しゅうせぇ! 他の属性もやらなあかんのやから!」
自分の身体がエンチャントを使用したという事実に興奮するクリム。
まだまだ他の属性魔力の使い方も教えなければならない為、魅國もなんとか宥めようとするのだが……彼女の興奮はしばらく収まりそうもない勢いだ。
「ふぅ……ともあれ、【誇華虎意】を使った魔法の伝授は上手く行きそうですね……一先ずは安心と言ったところでしょうか」
詠唱の発音も、イメージも、魔力の操作も十分に及第点だ。
使いこなせばもっと魔法発動までのプロセスは洗練され、いずれは短縮詠唱や無詠唱も可能となるだろうが、今回の訓練ではそこまでするつもりはない。
それは【エンチャント】さえ使えるようになってしまえば【誇華虎意】の補助が無くても、各自練習出来る事だからな。
今日はとにかく可能な限りのダイバーに魔法が使えるようになって、帰って貰う事が重要なのだ。
(今の成功例を見たからか、他のダイバーのモチベーションも上がっているみたいだな。【誇華虎意】を使った魔法の習得に乗り気になり始めたダイバーもいるだろう)
炎を纏った槍を翳すクリムを見る表情で分かる。
やはり成功例が一つある場合と、まったく無い場合とでモチベーションは大きく変わるのだ。
練習が無駄にならない。ちゃんと魔法は使えるようになる。こう言った確信がないまま努力を続けるのは、先の見えないトンネルを延々と歩くような不安が常に付き纏う。
それを払拭できただけで、この【誇華虎意】には大いに意義があったと言えるだろう。
そして──
「──これで皆さん、一通り希望の魔法を使えるようになりましたね。今後は各自、覚えた魔法を使いこなす練習をしてください。魔法に慣れて行き、イメージがしっかりと刻まれれば、やがては詠唱の短縮や無詠唱での発動も可能になります」
【誇華虎意】を使用しながら数時間の訓練を続け、今回の参加者達はそれぞれの希望していた魔法を使えるようになった。
これだけの人数がたったの数時間で実戦用の魔法を使えるようになったというのは、正直に言って驚異のスピードだ。
今回の訓練で魔法を習得出来なかったダイバーには、以降の実力検査後にでも訓練に混ざって貰おうと考えていたが……その懸念も解決してしまったな。【誇華虎意】様様だ。
──しかし、せっかく魔法を習得したと言うのに、彼等の中には不安げな表情を浮かべる者もいる。
それは恐らく、【誇華虎意】を通して私の知っている情報や秘密を知ってしまったからだろう。
「……皆さんの不安は分かります。正直なところ、今の私では敵の魔族に勝算は薄い。だからこそ、皆さんの力を借りたいんです。きっと、何とかして見せますから」
世界の危機と、それを阻止する決定打が無い事。
彼等の解決した問題に比べて、私が抱える課題はまだまだ多く残されているのだ。
そしてこの日、彼等には魔法の知識と、【誇華虎意】を通して知った私の情報を許可なく広めないように釘を刺して解散となった。
魔都攻略の日まで、残り一週間──
実力検査と訓練は魔都攻略ギリギリまでやりますが、実際に描写するのは今回が最後です。
次回一話か二話くらい挟んで、その次からは一気に魔都攻略開始まで時間を飛ばす予定です。




