第282話 【誇華虎意】の本領
「──そう。そんな感じです。回復魔法は傷口周辺を直接変質させるのではなく、注いだ魔力を傷口周辺の『治癒力』のようなものに変質させるイメージです。広義的に言えば回復魔法も強化魔法の一種なので、それを意識すると解りやすいかと」
「解りやすい言われてもやなぁ……そもそも治癒力っちゅうんが曖昧で掴みにくいんやけど……」
「大丈夫です。【誇華虎意】で魅國さんと繋がっている今のあなたなら、きっとその感覚も直ぐに掴めますよ」
自身の掌に薄く付けた一筋の切り傷に、魔力を集中させてうんうんと唸るティガー。そんな彼女を鼓舞しながら、私は彼女の手の甲に添えた自身の手に感じる魔力の動きを観察する。
私は今、ティガーの回復魔法の訓練にほぼマンツーマンで付き合っていた。
というのも彼女が現在発動している【虎華誇為】は魔力を使い果たす以外に解除の条件が存在せず、しかも解除されると同時に魔力の枯渇で意識を失ってしまう。
魔力の回復を促すポーションは持っているが、魔力枯渇後の酷い二日酔いのような状態では魔法の訓練も困難と言う事もあり、訓練ができる今の内に可能な限りのコーチングをしようと言う事になったのだ。
(【虎華誇為】が解除されるまでは、ティガーの理性を保つために使われている【誇華虎意】の解除も出来ないしな……)
魅國に凍結属性のイメージを伝える為に【誇華虎意】を使おうと思っている私としても、この手順の方が都合が良い。
【誇華虎意】は相手と精神を共有するという、異世界でも見た事のない魔法だ。同時に複数人との意識を共有したら、どう言う事になるか分かったものではない。
少なくとも私が自分で体感して判断するまでは、【誇華虎意】による精神の共有は一人までにした方が無難だろう。
(ん……この感じは……)
その時。私の手に感じるティガーの魔力が、早くも傷口の修復をし始めた。
(──早い! 扱いが難しい筈の回復魔法が、こんなにも早く習得の兆しを見せ始めた!)
肉眼ではまだ確認できないレベルであり、回復魔法と呼ぶにはあまりにも稚拙だが……それでも本来、この一歩目を踏み出すまでが難しいのだ。
それを可能にしているのは恐らく──
(【誇華虎意】のサポートがここまで強力だとは……!)
戦闘では地味に感じられた効果だが、とんでもない。これは様々な方面で応用が効く凄まじい魔法だ。
このペースなら習得が難しい回復魔法が今日中にでも……
「──すまん、ヴィオレット。ウチ、そろそろ限界や……!」
「! そうでしたか、すみません。ではこの傷は私が癒しておきます。せめてこの感覚を覚えていてくださいね」
どうやら【虎華誇為】の消耗と回復魔法の訓練で魔力を消費し続けた結果、既にティガーの魔力は底をつきかけていたようだ。
魔力枯渇によってティガーの意識が完全に失われる前に、彼女の掌に魔力を注いで傷口を完全に癒す。
傷口が魔力によって癒される感覚は、回復魔法の練習をある程度こなした後の方が分かりやすい。この感覚を覚えてくれれば、今後の自主練でも助けになる筈だ。
「おお、きに……っ……」
「──おっと。……どうやら魔力が完全に枯渇したようですね。魅國さん、もう【誇華虎意】を解除しても大丈夫ですよ」
「了解や」
魅國がそう言うと、気を失ったティガーの中にあった魔力の反応がフッと消える。
どうやらアレが魅國の撃ち込んだ【誇華虎意】だったらしい。
(撃ち込んだ魔力を受信機や発信機のようにして、互いの意識や感覚をやり取りしている……って感じか?)
この魔法を一部でも再現できれば今後の訓練に使えそうだけど……流石にメカニズムが複雑すぎるな。
実際に体験してみて、それから再現できるか判断する方が良さそうだ。
「……では、魅國さん。今度は私に【誇華虎意】をお願いします」
腕輪から取り出した布製の装備──以前に配信で使っていた『お忍びコーデ』の服を簡易的な枕にし、そこにティガーを寝かせた後、改めて魅國にそう頼む。
彼女はこくりと頷き、そして……
「──【誇華虎意】」
放たれた小さな炎が、私の中に撃ち込まれた。
「……これで、もう精神の共有が出来たという事でしょうか?」
(せやで、この声ももう聞こえるやろ?)
(! これは、所謂テレパシーという奴ですか……!)
思ったほど劇的な変化は感じられず、身体の感覚を確かめていた私が問いかける。
すると彼女──魅國からの返答は、私の脳裏に直接声が響く形で届けられた。
(これも【誇華虎意】の一端と言う訳ですね……やはり素晴らしい魔法です)
(おおきに。……なんや、色々と考えとるみたいやけど、この魔法は再現できそうか?)
(! なるほど、お互いに隠し事は出来ないみたいですね……)
魅國と意識を共有した影響か、彼女が把握している【誇華虎意】の効果が自然と分かるように、彼女もまた私がこの魔法を再現して魔法の訓練に利用しようと考えている事を把握したようだ。
彼女からすればあまり気分の良い物ではないだろう事実を知られてしまったが……まぁ、概ね問題はないだろう。なにせ──
(再現は難しいですね……直接体験してみて感覚は分かりましたが、それを魔法に落とし込むとなると限界があります)
自分以外の意識が身体に宿るのは初めての事ではないが、意識の送信機や受信機を魔法でどう再現したものか。
やはり今後の訓練にこの魔法を利用する為には、魅國本人にサブコーチのような形で協力して貰うしかなさそうだ。
きっとこの考えも彼女には伝わっている事と思うが……だからこそ難しいだろうな。この魔法を使うと言う事は、多くの他人に自分の心の秘密を打ち明けるようなもの。
もしも私が再現できたとしても、信頼できる少数にしか使う気になれないだろうな……
……
(──ん? あれ、これマズくないか? それってつまり──)
(……驚いたわぁ。ホンマに異世界転生ってあったんやねぇ……)
(あっ)
◇
「あぁああぁあああ、あの、あの、この事についてはなにとぞ秘密に……!」
ウチの目の前でこれまで見た事ないレベルの動揺を見せるヴィオレットはん。
配信で本人も言っていた事とは言え……まさか異世界の存在をこないな形で確信する事になるなんて、ウチ自身も想定外や。
しかも……
(まさか、ヴィオレットはんが並行世界のソーマはんやったなんてな……)
(しーっ! しーっ! そ、それだけは本当に内緒に……!)
若干涙目になりながら必死になる姿は、割としっかりしとるソーマはんと同一人物とは思えへんけど……【誇華虎意】で共有された意識が教えてくれた事実や。嘘は吐けへん。
それに、そないな事どうでもよくなるくらいの重大な秘密も知ってもぉたからな……
(悪魔の親玉がもう一人のヴィオレットはんで、しかも勝ち目は薄い。けど、何とかせなこの世界が魔族に侵略される……)
(すみません……! 私の所為で、世界を巻き込んでしまって……!)
見る見るうちに蒼褪めていくヴィオレットはん。
この世界に生きるもんとしては『ウチらを巻き込むな』と責めるべきなんかも知れんけど……そうするに至った経緯まで、もう全部伝わって来てもぉたからなぁ……
(……まぁ、ええわ。ウチも同じ状況に置かれたら、多分『帰りたい』って思うやろからな。責める気ィにはなれへんよ。それに、何とかする為に動いとるんやろ? なら、何としてもそれを成功させるだけや)
(魅國さん……!)
千年間の孤独なんてもん出されてもぉたら、そないな気も失せてまうやろ……魔族をこの世界に送り込んでもぉたんも、完全に想定外やったみたいやしな。
けど……
(こうなったらやれるだけの事はやって貰うで。凍結魔法だけやない、ウチが使えそうなもん全部教えて貰うさかいな)
(! で、ですがそれでは魅國さんに負担が……!)
(その為の【誇華虎意】やろ。ウチと精神を繋げた今のヴィオレットはんなら、ウチの身体に魔法を使わせる事も出来る筈や)
【誇華虎意】で精神を繋げた二人は、互いの行動にも多少干渉が出来る。
その性質があるからこそ──その性質を受け入れたからこそ、ウチとティガーは完全な連携を可能にしとるんや。
逆に言えば『自分の行動の全てを相手に委ねる事も可能』……現に以前ウチは一度この【誇華虎意】の繋がりを通して、ティガーの口で言葉を発した事もある。検証はとっくに完了しとるんや。
(ウチの声も魔力も、全部ヴィオレットはんに任す。そうすれば魔法の詠唱も感覚も、ウチは直接体験できるし、その分習得も早なる筈やろ?)
(魅國さん……私をそこまで信頼してくれるんですか……?)
どうも過去の経験で『信じて貰う』事に慣れとらんみたいやけど、その事含めてもう全部知ったんや。信頼なんて今更やろ。
(やったろやないか、サブコーチでもなんでも。多くの魔法を覚えたウチが、それを同じように他のダイバーに教えれば戦力の増強も一気に進む。信頼できるダイバー皆魔改造して、絶対にあの魔族の計画止めるんや!)
ヴィオレットはんから伝わって来るこの使命感に、嘘がない事も知ってしもたからな。




