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第281話 組手の意図

「──そこやッ!」

「ぐ……ゥッ!」


 『コカコイ』というスキルの効果なのだろうか……近距離戦において凄まじいパフォーマンスを発揮するティガーの膂力は更に引き上げられており、攻撃を防いだショートソードを握る手に痺れが走る程。

 まさか魔族の手が物理的な衝撃で痺れさせられるとは思わなかった。

 【エンチャント・イデア】で訓練用ショートソードの『傷付かず、傷付けず』の理想が発揮されていなければ、今の一撃で互いの武器が砕けていた事だろう。

 そして、魅國の動きにも明らかに変化があった。


「ならば魔法で──」

「させへんで!」


 ティガーの苦手な魔法に対しては、すかさず魅國がフォローを挟む。

 彼女はティガーと常に背中合わせのまま立ち回っており、その顔はこちらに向けられていない。だというのに、彼女は背中に目でもついているかのように正確に炎を操っていた。


(連携の理想は一心同体になる事とは言うが……これはまさにその理想の体現だ……!)


 ティガーと魅國の連携は、異常と呼べる程の精度を誇っていた。




「──なるほど、そう言うスキルでしたか……」


 組手を終えた後、私は二人からスキルの効果について聞かされた。

 身体能力を極限まで引き上げる代わりに理性を捨て、魔力が無くなるまで戦い続ける【虎華誇為】。そして、自身と他者の精神を繋げ、完璧な連携を可能とする【誇華虎意】。まさか同音異義のスキルとは……


「ああ。一度使ぉたら自分では解除できんのは欠点やけど、その分強力や。そこらの悪魔相手には負ける気ィせぇへん。ただ──」

「ええ、遠距離だとその強みが殆ど失われるのが弱点……ですね?」


 言い淀んだティガーの言葉の続きを確認するように問いかけると、神妙な面持ちで頷いたティガー。

 先程の組手、魅國の魔法もスキルの効果なのか威力は引き上げられているように感じたが、ティガーの方の強化幅と比べると正直誤差の範囲内だ。

 あくまで【誇華虎意】は【虎華誇為】のデメリットを打ち消す『サポート用の魔法』と言う事なのだろう。


「ここからが本題なんやけど、ウチらの戦い方に丁度ええ『おすすめの魔法』を教えて欲しいんや」

「ウチらはヴィオレットはんがどないな魔法を教えられるか知らんからなぁ。思い切って専門家にまかそう思てたんよ」

「なるほど、その為の組手でもあったと言う事ですね」


 確かに聞くと体験するとでは、随分と評価の変わりそうな能力だった。

 二人の精神が共有されると言う事は、実質目が二対あるような物であり、死角もほぼ無い完全な連携が可能。

 なんなら脳も二人分。状況の把握から的確な判断まで、諸々の処理を二倍に出来る筈だ。


(既に乱戦を想定した際の最適解にも近い分、おすすめと言われても迷うな……)


 炎魔法に抵抗力の無いティガーの危機は魅國がカバーし、魅國が対処できない雷はティガーが双雷牙で防げるわけだし……


(ティガーの攻撃は十二分な威力があった。大抵の悪魔はアレを受ければ耐えられないだろう。火力が不足しているのは魅國の魔法……)


 私との組手で使った【サーマル・ヘイズ】なら威力も十分だろうが、アレは準備に時間がかかる上にその段階で周囲に与える影響が大きすぎる。

 いざと言う時の選択肢としてならばともかく、作戦に組み込む前提に考えるべきではない。


(一方で遠距離戦中にはティガーは手持無沙汰になっていた。乱戦時であればそういう事はそうそう無いにせよ、ティガーの火力が警戒されれば自然と悪魔も距離を取る筈……)


 近~中距離戦においては無敵に近いが、遠距離では強みが消される……実際に戦って感じた印象を纏めると、こんな感じか。


(二人が互いの意思を自然と汲み取る完璧な連携。活かすなら、そうだな……)


「──はい、決まりました。確認になりますが、お二方とも何か『こういう魔法が良い』といった拘りは無いんですね?」

「せやな。ウチは無いで」

「ウチもや。先ずは戦いに無事に勝つ事が最優先やからなぁ」

「分かりました。では──」


 最終確認を済ませた私は、改めて二人にそれぞれ覚えて貰う魔法を伝えた。


「ウチが凍結の魔法で……」

「う、ウチが回復魔法やとォ!?」

「はい。凍結魔法であれば火力は問題になりませんし、ティガーさんは【虎華誇為】の効果時間を維持する為にも、積極的に攻撃に魔力を使うべきではありません。いざと言う時に必須になるタイプの魔法を覚えるべきと判断しました」


 この判断は少し迷うところもあった。

 というのも、回復魔法も属性魔法も、他のダイバーに教えた物と比べて難易度が高い。

 ティガーに教えた回復魔法に関しては地上でも安全に練習できるからまだマシだが、魅國に教えた属性魔法は先ず『属性魔力』の作り方から覚える必要があるからだ。


「属性魔力って急に言われてもなぁ……なんともイメージ付かへんわ」

「そうでしょうね。私も言葉で説明できるものではないと思います」

「? なんや、手汗魔法とは違うんか?」


 魔法を使う際の魔力についての説明に、割り込むように疑問を投げかけるティガー。

 『手汗魔法』という呼び方についてはもう諦めるとして、先ずはこの二つの魔法の決定的な違いについて教える事にした。


「魔法は魔力によって条理を変質させる技術の総称ですが、ある程度であれば条理に沿った方が効率が良いんです。空気を水に変質させるより、元々あった水を集めた方が効率が良い……皆さんに教えた、所謂『手汗魔法』はそう言う物なんです」

「せやから、凍結もそう言う風に教えればええんやないんか?」

「ティガーさん、どうすれば物が冷えるか分かりますか?」

「バカにすんなや。分子運動を小さくすればええんやろ? そのくらい普通に知っとるわ」

「その通りです。分子一つ一つの運動を止めれば、確かに属性魔力無しで凍結魔法は使えます。でもそれをするのってとんでもないロス……というか、多分人間の魔力量では不可能なんですよね」


 無数のボールが自由に転がっている部屋に一人入って、全てのボールを手で止めてまわる様なものだ。

 効率があまりにも悪いし、なんなら折角止めたボールに他のボールが当たれば再び動き出してしまう。そうなれば魔法は不発になり、しかも使った労力は返ってこない。

 それなら部屋の外で先に作った大きな板でも持ち込んで、それを使ってボールを壁に押し付けて止めた方が確実だし早い。


「だから、魔力そのものにそうさせる性質──属性を持たせるんです。魔力そのものを先ず変質させて、その魔力で条理を変質させる。二度手間に思えて、実はこっちの方が効率的なんですよ」

「なるほどなぁ……──ん? あれ、でもそれって……」

「気付きましたか? この『属性を持たせる』という過程が【エンチャント】の原理なんです。だからこの魔法を覚えると言う事は、私の使う【エンチャント・フリーズ】も使えるようになるという事でもあるんですよ」


 まぁ、だからこそ難しいのだ。実質魔法を二つ覚えろと言っているような物なのだから。

 イメージを掴んでからは普通の魔法の習得と同じなのだが、それまでがなぁ……


(魔都攻略までには間に合うと思うけど、ダンジョンの外で練習できないと考えるとな……)


 正直不安は残る。

 使えるようになった後も、使いこなすまで練習する時間が必要だからだ。


「なんというか、こう……私が知っているイメージをもっと、感覚的に伝える方法があれば良いんですけどね……」

「イメージを……」

「感覚的に……?」


 ついつい漏らしてしまった私の呟きに反応したように、ティガーと魅國が互いの事を見つめる。

 その仕草を見て、私の脳裏にも直ぐにピンと閃きが走った。


「! そうか! 【誇華虎意】! 【誇華虎意】を使いましょう!!」

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