第279話 魔法の責任
『消音』の魔法で撤退の手段を奪った後、乱入者達はそれぞれの武器を手にガムシャラに向かって来た。
しかし、彼等の攻撃が私に届く筈もなく……
「──まぁ、こんなものでしょうね。検査結果ですが、五人合わせてマイナス七二〇点……論外ですね」
「……っ! ────ッ! ────────、────────ッ!!」
肩で息を切らせながら、乱入者達は私に鋭い視線を向けながらパクパクと口を開く。
音を奪っている為、口の動きから察するしかないが……
「『卑怯者が、腕輪を封じられて勝てる訳ないだろ』……と言ったところでしょうか?」
まぁ、確かに彼らの最大の武器を封じているのは間違いない。
「しかし、こうでもしなければ貴方達は腕輪の機能で即逃亡を計るのでしょう? ここまでの事をしておいて、不利になったらすぐに逃げようとする貴方達は卑怯ではないと?」
「っ! ────! ────────ッ!!」
「『逃げるか! さっさと声を戻せ!』……でしょうか? 信じられませんね」
実際一度は逃亡を計ったのだ。そんな彼等の『もう逃げない』ほど、信用ならない言葉もない。
「──あぁ、そうだ。貴方達が被っているその目出し帽……それを自ら外して素顔を晒していただければ、直ぐにでも『消音』の魔法を解除して差し上げますよ?」
「……ッ!」
彼等が逃げようとする最大の理由は、自分達の正体がバレる事を恐れているからだろう。正体さえバレなければ、今後も何食わぬ顔で普段の配信活動を再開できると思っている。
そんな推測のもとにそう交渉を持ちかけると、びくりと反応した彼等は私の推理を裏付けるかのように、かえって目出し帽を手で押さえた。
「……まだ分かっていらっしゃらないようなので、ハッキリ言いましょう。もう貴方達は詰んでいます。私はこの後、貴方達の目出し帽を力尽くで剥ぎ取り、その顔を配信に晒すつもりです。二度と同じ真似が出来ないように、そして貴方達の後に続こうとする者が出ないように。言ってみれば、見せしめになっていただくわけです」
淡々と告げると彼等の表情に焦燥が浮かぶ。
他ダイバーの配信に過剰に干渉し、刃を悪意をもって向けたのだ。正体がバレればダイバーの資格も腕輪も奪われ、おまけに刑務所まで一直線と言う破滅が約束されている。
ダイバーがその力を犯罪に利用した際の量刑は重くなるというのがこの世界の法律なので、今回の障害未遂だけでも集団による計画性から懲役十年くらいは行くかもしれない。
「──っ!」
「おっと、逃がしませんよ」
慌てて弓使いのダイバーが部屋の天井に開いた境界から下層へ逃げようと跳躍したが、脚の力みからそれを見抜いていた私は即座に飛翔し、彼の脚を掴んでそれを阻止する。
そして、もがく彼の両腕を尻尾で胴体に素早く固定し、その行動が全くの無駄である現実を教えてあげた。
「今の貴方は私の『消音』の魔法で腕輪の使用が封じられています。撤退どころか、武器も変えられずアイテムも取り出せない。スキルも使えない……そんな状態で下層に行けば、逃げるどころかその辺の魔物に殺されてしまいますよ?」
「──っ!」
錯乱気味に藻掻いていた彼も、私の言葉で下層がどう言う場所かを思い出したらしい。直ぐに抵抗を止めてかちかちと歯を鳴らし始めた。
すっかり大人しくなった彼を見て、もう逃亡は計らないだろうと判断して地面に下ろしてやる。
その途端、彼は即座に姿勢を低くし──
「……っ!」
「土下座ですか……ここに来た時の威勢はどうしたんですか、まったく」
その姿に憐憫を感じないわけではないが、しかしここで優しくしてしまえば今後も同じことをする者が現れるだろう。
例え彼が心の底から反省していたとしても、他の迷惑系ダイバーが『謝れば許して貰える』と考えて模倣犯になる可能性を考えると、やはり許す訳には行かない。
「そう言う訳で、看過するわけにはいきません。貴方達の計画はあまりにも身勝手で、しかも社会的な影響や被害が大きくなり過ぎる。諦めてください」
「……っ!! ────っ!! ────っ!!」
冷たく突き放すと、私の腰に縋りついて来るが……私はそんな彼の目出し帽を、容赦なく剥ぎ取った。
「!!!」
「さぁ、貴方達はどうしますか? 自分でその目出し帽を剥ぎ取って素顔を見せれば、『消音』は解除しますよ。……それとも彼のように、無理やり引っぺがされるのがお好みでしょうか?」
顔が露わになった乱入者のダイバーは必死で顔を隠して地に伏してしまったが、私はそれに目もくれず、彼から剥ぎ取ったばかりの目出し帽をまるで挑発するかのようにぷらぷらと揺らす。
残った乱入者達は仲間の無残な姿を見て、やがて互いに目配せすると……自ら目出し帽を脱いだ。
その下から現れた素顔は予想と違わず、いずれも迷惑系ダイバーとして知られている面々だ。というか……
「はぁ……また貴方達ですか……」
彼等の内、三人ほどは以前にも見た覚えがある。
私の正体がバレた数日後にアパートにやって来たり、復帰を決めた後にL.E.O.の前で絡んで来たりとしつこい男だ。
私のため息混じりの指摘に一瞬表情が引き攣った彼らだったが、やがて武器を手放すとこびへつらう様な表情で『声を戻してくれ』とジェスチャーで伝えて来た。
「……良いでしょう。約束しましたからね」
パチンと指を鳴らすと同時に魔法を解除してやると──
「すまなかった! ちょっとした冗談だったんだ!」
「……は?」
彼等は土下座をすると同時に、そう弁明し始めた。
「いつもの俺らの配信スタイルなんだって! ちょっと脅かしてリアクション引き出そうってさぁ!」
「俺らが束になってかかってもあのオーマ=ヴィオレットに勝てる訳ないなんて事、最初っから分かってたって! なぁ!?」
「そうそう! 魔法を盗み見てやろうとか誤解なんだって! 俺らがそんなに頭回る訳ないだろぉ!?」
呆れた事に、彼等はこの期に及んで今後の裁判での量刑を軽くしようとしているようだ。
(声を返したのは間違いだったか? いや、どの道同じ事か。裁判でも同じように言うだろうからな……)
いずれにせよこれまでの迷惑行動の数々を踏まえれば彼等の悪意は明確だし、無駄な抵抗でしかない。
彼等の態度を見る限り、少なくとも反省している訳ではないようだし……もう話す事も無いだろう。
「……リスナーの皆さん、協会に通報をお願いします。配信に顔も証拠も十分載ってますから、もう腕輪で逃げる事も出来ないでしょうし」
「なっ!? おい、だから冗談だって……!」
「貴方達からの悪意はこの数週間で嫌と言うほど知りました。もう容赦はいたしません……この配信を見ている他の迷惑系ダイバーの方々も、彼等のような行動を起こす場合は覚悟をしてから来てくださいね。同じように対処いたしますので」
カメラ目線でしっかりと釘を刺しておく。
今回の乱入者程度の実力であれば、例え二〇人以上が同時に襲って来ても無力化するのは簡単だ。
ただ……今のように無駄に時間を取られるからな。乱入されないに越した事は無い。
〔通報したぞー〕
〔5名様ブタ箱ご案内~〕
「ありがとうございます、助かりました」
リスナー達からの報告に感謝を述べる。
すると、迷惑系ダイバーが慌てた様子で私に脅しをかけて来た。
「いっ……良いのかよ!? お前も俺達に危害を加えただろ!? それだって捌かれるんじゃねぇのか!?」
「危害……組手の事ですか? 私は寧ろ、実戦用の武器を使う貴方方に傷一つ付けずに無力化しましたが」
「そっちじゃねぇよ! 魔法で俺達の声を奪っただろ! 腕輪の使用を妨害するのは、十分犯罪だ! お前も道連れなんだよ、ざまぁみろ!!」
苦し紛れか、してやったり顔でそう吐き捨てる迷惑系ダイバーに対して、私はきょとんと小首を傾げて見せた。
「魔法で? 声を? 私がですか? ……そんな証拠が何処にあるんです?」
「はっ!? 配信に載ってんだろ! てめぇがそう言ったんじゃねぇか!」
「あぁ……アレはハッタリですよ? 恐怖で声が出なくなっちゃっただけなんじゃないですか?」
「ふっ、ふざけんな! 俺らは実際に──」
「分かってないみたいですね。それをどう証明できるんですか? 魔法を使われた証明です」
「なっ……あ……っ!?」
そこで言葉が詰まった迷惑系ダイバー。
自分が実際にされてみて、漸く自分達が何をしようとしていたのか理解できたらしい。
「ようやく分かりましたか? これが魔法の怖いところなんです。『本物の魔法』に対して、この世界の法律は全くの無力なんですよ。だから私は教える相手を──信頼できる使い手を自分で選ぶんです」
彼等はそれを崩そうとしていたのだ。
勝手に私の持つ魔法の知識を盗み見て、私が感知できない『魔法の使い手』を増やそうとした。
その末路は裁けない犯罪の飽和による社会的な混乱だ。……だからこそ、こうやって彼等を見せしめにする必要があるのだ。
「し、信頼ぃ? そいつらだって、欲望の一つや二つあんだろ! そう言う事に使わねぇなんて保障、ねぇだろうが!」
「もし私が教えた魔法が犯罪に使われたのだとしたら、その時は私が責任をもって裁きますよ」
魔法を使えばその対象物には暫くの間『魔力』という痕跡が残る。
私でなくとも魔力感知が可能な者であればそれを認識できる為、誰の魔法なのかも分かってしまうのだ。
一応、異世界の知識には魔力の隠蔽も存在するが……
(それも完璧ではないしな。完璧であれば、異世界で人間に混じって生活するのはもっと簡単だった)
その後、少しして駆けつけた協会の職員に拘束され、乱入者達はあえなく御用となった。
彼らのせいで随分と長引いてしまった配信も、こうしてようやく終了する事が出来たのだった。




