第278話 憤怒
「──ここまで、です。尻尾に気を取られ過ぎましたね。残念ですが、不合格とさせていただきます」
「っ、……ありがとうございました」
〔まじかぁ…〕
〔よく頑張った!〕
〔カッコ良かったぞー!〕
この日、予定していた最後の組手。
訓練用のショートソードを首に添えられたダイバーは、私の結論に項垂れながらも一礼して武器を降ろした。
配信の最後にもなる実力検査の結果が不合格で終わってしまうのは私としても残念ではあったが、私情を挟めば無駄に命を散らすダイバーが増えるだけだ。
魔都の悪魔は私より弱いが、私より容赦もしないのだから。
「さて……これにて本日の検査は終了となります。この後、合格者には魔法の訓練もありますし、早急に配信を締めましょう! 皆さん、こちらに集まってください!」
〔もう終わりか…長かったような短かったような〕
〔改めて見ると凄い数を相手にしたなヴィオレットちゃん…〕
〔30連戦か……休憩も挟んだとはいえスタミナエグイな〕
〔いや流石に疲労は溜まってるんじゃないか?〕
実力検査は終わったものの、この日の予定はまだ残っている。
クリムのように門限があるダイバーもいる事だし、早々に配信を締めて訓練に入ろう。
部屋の隅の方で組手の様子を見ていたダイバー達に向けて手を振り、中央へと呼び集める。
「では配信開始時と同様、それぞれ挨拶をしていただき、配信を──」
と、配信を締めようとしたその時。
突如として、大きな声が部屋に響き渡った。
「ちょおっと、待ったあぁーーーーーーッ!!」
そして、部屋の天井に広がる境界を通って、下層から数人のダイバーが姿を現した。
〔!?〕
〔乱入!?〕
〔えっ誰?〕
〔これそう言うサプライズとかじゃなくて!?〕
〔予定通りって訳じゃなさそう…〕
リスナーも察している通り、こんな流れは予定にない。
乱入してきた彼等の装備はバラバラで統一感がなく、更に言えば立ち振る舞いからも実力にバラつきがある事が分かる上、連携も取れていない。……恐らくは即席で組んだパーティだ。
しかし、そんな彼等にも明確に統一されている特徴が二つ見受けられた。
「……何者でしょうか。実力検査に来るような装備ではないようですが」
彼等が持っている武器は訓練用のそれではなく、いずれもしっかりと刃が磨かれた実戦用だ。
そしてもう一つ……彼等は全員、黒い目出し帽を被っていた。
兜のように防御を目的としたものではなく、素性を明かさない為の物。配信もしておらず、明らかに良からぬ企みの下にこの場にやってきている事が分かった。
「……私に用があるのなら、配信が終わった後にしていただけますか?」
「そうつれない事言わずに今相手してくれよ。実力検査やってんだろぉ?」
予想はしていたが、この発言から彼等の意図がよく伝わった。
(人格の面から実力検査の参加を見送られた者……まぁ、良く言う『迷惑系ダイバー』だな。恐らくKatsu-首領-が教えてくれた連中だろうが、それにしては……)
彼が組手前に伝えてくれた内容を脳裏で反芻しながら、それとなく乱入者の様子を伺う。
(──合計四人。一人足りないな……)
ドタキャンでもされたか、下層を抜ける過程で脱落したか、或いは……
「おい、お前達! 他者の配信に対して過剰な干渉は──」
「大丈夫です、Katsu-首領-さん。ここは私に任せてください」
Katsu-首領-がダイバーとしてのルールやモラルを説こうと、こう言う炎上で名を売ろうという手合いは元々それを無視して動く連中だ。まさに焼け石に水だろう。
義憤に一歩踏み出そうとするKatsu-首領-を片手で制しながら、私が代わりに乱入者の方へと歩を進めると、彼等はニヤニヤとした笑みを浮かべながら武器を構える。
「おうおう、相手してくれる気になったか? お優しい事だなぁ?」
「組手って事は勿論手加減してくれるんだよなァ? 俺達人間にとって、お前みたいな悪魔は強くて怖ぁいバケモンだからよォ!」
〔うっわマジの迷惑系かよ…〕
〔場所と日程割れてるからなぁ〕
〔ガチでイカれてるわ〕
挑発するような発言の数々。
人間から向けられる明確な敵意と排斥に、嘗ての私ならショックを受けていたかもしれないが、今は違う。
「──クリムさん、落ち着いてください。私は平気ですから」
背後から聞こえて来る彼女の怒声と、彼女を宥めようとする周囲のダイバーの声に向かって、そう伝える。
「! だって! その人達ヴィオレットさんに酷い事を……!」
「リスナーさん達や貴女のように、私の為に怒ってくれる方がいる。それが分かったから、もう平気ですよ」
「ヴィオレットさん……」
〔ヴィオレットちゃん…!〕
〔トゥンク…〕
〔強くなったなぁ〕
振り返って笑顔でそう告げると、クリムの怒りも落ち着いたのか大人しくなる。
……というか、鋼糸蜘蛛の焔魔槍まで取り出して何をするつもりだったのだろう。流石にちょっと怖いぞ。
彼女の一瞬見せた剣幕に、僅かに不安を抱いたその時だった。
「──隙ありィ!」
「! ヴィオレットさん!」
背を向けていた乱入者たちが、好機とばかりに武器を振りかぶりながら襲い掛かって来た。
「露骨な誘いを誘いと見抜けない。マイナス十点」
「ぐぁっ!?」
〔!?〕
尻尾をしならせて振り下ろされたサーベルを弾き、更に襲撃者の胴に素早く巻きつける。
そして魔力感知で割り出したもう一人の襲撃者に対して即座に投擲し、動きを牽制。槍を構えていた彼は咄嗟に構えを解き、投げられた身体を受け止めた事で攻撃を封じられた。
「無駄な跳躍、マイナス五点。想定外の動きに対処できない、マイナス十点」
「く……っ!」
淡々と採点をしながら歩み寄る。
彼等の奥に控えた乱入者の一人が、引き絞った弓から矢を射かけて来るが……
「奇襲にタイミングを合わせない、マイナス十点。連携が甘い、マイナス二十点」
正面から射かけられた矢など、余程の速度でもない限り簡単に指で摘まめる。
私でなくとも同じ事が出来るダイバーは多いだろう。
摘まみ取った金属製の矢を軽くその辺に放りながら、私はなおも歩を進める。
「っ、ゥオオァッ!」
「攻撃にスキルを合わせない、マイナス五点」
カランと軽い音を立てて矢が地に落ちると同時、立ち上がったサーベル使いが斬りかかって来るも、初心者のような力任せの斬撃だ。
先程の矢と同様に指先で摘まんで軽く振ると、サーベル使いはあっさりと手を離して一メートル程飛んで行った。
(なんだ、この弱さは? いくら何でもおかしすぎる。……いや、そう言う事か)
「……本来の武器種を使っていない、マイナス三十点」
「──ッ!?」
私の採点を聞いた乱入者の体が、その瞬間ぎくりと強張った。やはり、図星だったようだ。
恐らくは身バレ防止の為だろう。目出し帽で顔を隠し、配信もしていなくても、この場には多くのダイバーが集まっており、しかも配信中の乱入だ。
本来の武器を使って戦ってしまえば、配信に載った彼等の動きから正体がバレかねない。だから彼等はスキルを使わなかった……いや、そもそもスキルを使えなかったのだ。対応した武器ですらない為に。
「計画性が無い、マイナス二十点。相手を過小評価する、マイナス三十点」
飛んできたナイフを奪ったサーベルで軽く払い落し、そのサーベルも適当にその辺に放り投げる。
どうやら三人が注意を引きつけ、その隙を狙った投擲だったようだが……
「気配の消し方が甘い、マイナス二十点。そもそも足音が消せていない、マイナス四十点」
恐らく元々隠密系のジョブではあるまい。
装備はそれらしく誤魔化しているが、その手のスキルがあるならば足音くらいは消せている筈だ。
「ああ、そうそう。気配と言えば……──【ストレージ】」
「──シィッ!!」
思い出したように腕輪から防犯用のカラーボールを取り出す。
それを隙と判断したのか槍使いが突きを放って来るが、やはり本来の得物ではないのだろう。攻撃に威力も速度も足りていない。
最小限の動きで攻撃を躱すと同時に、槍の柄に尻尾を巻き付けて武器を取り上げる。
そして槍を尻尾で振るい、元槍使いの脚を払うと同時に右手でカラーボールを部屋の一角に【投擲】すると──
「──ぐぇっ!」
「な……っ!?」
〔!?〕
〔もう一人居たのか!〕
虚空で炸裂したカラーボールが、もう一人の乱入者の存在を明らかにした。
仲間の潜伏が見抜かれた事で、乱入者の間に動揺が広がる。
「隠れてやり過ごそうとしても無駄です。私、そう言うの分かるようになったので」
恐らく彼は本当に隠密系のジョブなのだろう。
スキルによる隠形で魔力感知をすり抜け、この部屋に隠れていた。
認識阻害の術式に対抗する為に編み出した魔力によるソナーを使った結果、彼の位置だけぽっかりと魔力が消えるからバレバレだったが、あの技術を開発してなければ危なかったかも知れない。
……いや、その場合は春葉アトが教えてくれそうだな。そんな気がする。
まぁそんな事は今は置いておいて、だ。
「貴方達の目的は恐らく、この後合格者達に向けて行う魔法の訓練の覗き見。そして、仲間内での共有と言ったところでしょうか……そう言う事を考えるような人だから、今回の実力検査から外されたのだという事が分かりませんか?」
〔うわ、そう言う事か…〕
〔質悪いな〕
今回の実力検査では、合格者には私が直接魔法を教える事にしている。
現代社会ではまだ法整備もされていない、異世界由来の正真正銘の魔法をだ。当然それには責任が付きまとう事になる。
だからこそ私利私欲で地上で魔法を使って悪事を働く可能性がある者は、実力以前の判断基準で候補から除外したのだ。
SNSでもそう発信していたのに、彼等はここに現れた。つまり──
「ここで盗み見た魔法を犯罪に利用しようとしましたね? そしてその責任を私や、ここにいる他のダイバーに背負わせようとした。そうでしょう?」
「……!」
慣れない武器で挑みかかって来たこの四人も、結局は陽動だ。本命は魔法を手に入れる事。
本来実力検査で合格を貰って得る権利を、この五人はかすめ取ろうとするばかりか悪用を企み、更にはその罪の責任を押し付けようとまでしていたのだ。
私の発言からその目的を理解した背後のダイバー達が、怒りと侮蔑の視線を彼等に向ける。
〔質悪いってレベルじゃなかったわ〕
〔ガチの犯罪者予備軍じゃん…〕
〔マスク引っぺがそう!〕
〔晒した方が良いなこいつら〕
〔声で誰か分からんかな…〕
「ちぃ……っ、こうなったら出直して……!」
「させる訳ないでしょう。まだ、貴方達の検査は終わっていませんよ。──『消音』」
腕輪で撤退しようとしたのだろう。腕輪に指を添えた瞬間、彼等の口の周辺から音を奪う。
腕輪の機能を使うには、着用者の魔力の他に、指示の声を腕輪が認識しなければならない。その声がかき消されてしまう事を理解した彼等は、途端に狼狽し始めた。
「心配なさらずとも、検査が終われば魔法は解いてあげますよ。大丈夫、安心してください。貴方達の体には一切の傷がつかない事を保証しますから」
〔心はバッキバキに折る気満々で草〕
〔ざまぁw〕
〔ヴィオレット、キレた!!〕
地面に転がった彼等の武器を尻尾で拾い上げ、その足元に投げて返してやる。
「武器もお返しします。お望み通りたっぷりとお相手しましょう。ええ、怒っていませんよ。ちっとも。シャボン玉を愛でるように優しく、優しくしてあげます。そうしないと……勝手に壊れてしまいそうですからね」
ちょっとした補足。
魔力のソナーをいつやったのかに関してですが、乱入者の数が四人である事を確認した直後です。
具体的には『或いは……』のタイミングです。




