第277話 忠告
「──うわ、寒っ……!」
ヴィオレットさんと魅國さんの組手が激しくなってきた為、ヴィオレットさんの計らいで渋谷ダンジョンのロビーに避難した俺達は、サウナ風呂のようになっていたあの部屋と空調の効いたロビーの温度差に思わず身をブルリと震わせた。
「うへぇ……インナーが汗と湿気でびっちゃびちゃだ……」
「インナーだけでも予備のに着替えるか。Katsu-首領-も行くだろ? 更衣室」
「そうだな、着替えるとしよう」
他の参加者に倣って、俺もダイバー用の更衣室へ向かう事にする。
今戦っている魅國さんの次は俺の番と言う事もあり、パフォーマンスを崩す要因は出来る限り排しておきたかったのだ。
(──ん?)
その時、ふと視線を感じて振り返ると、ロビーに並べられた長椅子の一つに五人のダイバーが集まってスマホを見ているのが確認できた。
感じた視線はその内の一人が向けていたもののようで、サッと視線を外されたのが分かる。
(今の視線……)
気になったのは、先ほど感じた視線に少なからず敵意が混じっているように思えたからだ。
今は何かしらの動画か配信を見ているのだろう彼等の表情は険しく、それは真剣と言うよりはどこか苛立たし気にも見えた。
「──そろそ……くか?」
「いや、まだこの後も………………」
「タイ……グが肝心…………」
「ああ。目……の………………」
こそこそと話している内容も、どこか悪意を滲ませている。
……そう感じてしまうのは、彼等が皆『迷惑系ダイバー』と呼ばれる者達だからだろうか。
(杞憂であればいいが……少し気になるな)
「……なぁ君たち、今──」
「彼らは気にしないで良いよ、Katsu-首領-さん」
逡巡した後、確認の為に声をかけようとした俺の肩に手を置き、背後から小声で止めたのは春葉アトだった。
「! アトさん、やはり貴女も気付いていたんですね」
俺よりも実力が高く、更に直感も優れている彼女が気付いてない訳がないとは思っていたが……彼女が黙って見過ごしたと言う事は、俺の気にし過ぎだったと言う事だろうか。
それとも──
◇
「──フンッ! ッダァッ!! ──【パワースラッシュ】!」
「良い踏み込みですね。しっかりと互いの間合いを解っている」
Katsu-首領-が振るうロングソードをショートソードで受け流して反撃を叩き込むが、それは彼の持つ盾でしっかりと防がれ、更に鋭い斬撃が飛んでくる。
ショートソードとロングソードの絶妙な間合いの差をしっかりと見切り、攻撃の直後にもあらゆる反撃に対処できる距離を確保している。更に尻尾の動きにもしっかりと気を配っており、隙が無い。
堅実な彼の戦いを支えるのは、その観察力と判断力だ。
(そんな彼が感じた悪意か……)
ロビーに避難した後の話はこの組手が始まる前にこっそりと聞かされたが……まぁ、メンバーや状況から考えて何を企んでいるのかは大体想像ができるな。
(春葉アトが『気にしなくていい』と判断していると言う事は、『後からでもどうとでもなる』か『ロビーで対処しない方が良い』場合のどちらかだろう)
或いは本当にKatsu-首領-の杞憂だった可能性もあるが……限りなく薄いと判断する。
彼自身の観察力が悪意を感じ取ったのなら、それもまた信用に値する物なのだと、この短い組手の時間で理解したからだ。
(『迷惑系ダイバー』の事は頭の片隅にでも置いておくとして……今はこの組手だ。Katsu-首領-──彼には一つ、気になるスキルがある)
Katsu-首領-は、あのチヨの首に唯一刃を当てたダイバーだ。
幸か不幸か当時の彼の得物ではチヨの首に傷を付ける事も出来なかったが、気になるのはその際のKatsu-首領-の反応。
『──え?』
まるで偶然当たったような、きょとんとした表情。それはチヨも同じだった。
だが、それは本来あり得ないのだ。あのチヨが偶然の刃を許すはずがない。
未だに詳細は明かされていないが、Katsu-首領-が発現していたというスキルがそれを可能にしたはず。
(それを使いこなせているかどうか……この組手で見極める!)
彼の反応や、その後スキルの検証の為に暫く配信をしなかった事からある程度の予想は出来ている。
恐らくは何かしらの条件で発動する自動反撃。通常のスキルのように動きをアシストするのではなく、完全に動きをスキルに預ける類だろう。
使いこなせないまま魔都に連れて行くのはリスクが大き過ぎる。かと言ってKatsu-首領-と言う戦力は、それだけで切り捨てるにはあまりにも惜しい。
検証を経てまで使いこなせていないのならば、私が付き合ってでも使いこなさせる必要があるのだ。
「──では、そろそろこちらからも本格的に攻めていきますよ。貴方の全てを測る為に!」
「……っ!」
私の宣言を受け、Katsu-首領-の表情が引き締まる。
こちらの意図はもう分かっている筈だ。きっと条件が整えば、直ぐにでも例のスキルを使ってくるはず。
その確信の下、翼による飛翔で一気に距離を詰め、私は両手のショートソードで連続切りを放った。その時──
「──ッ!?」
Katsu-首領-の体がゆらりと揺れ、まるでつんのめったような動きでショートソードが躱された。
そして前傾姿勢になった私の真下から、彼の長剣による鋭い突き上げが喉元目がけて迫って来る。
「く……ッ!」
(なんだ、今の動き……!?)
バク宙の要領で辛うじて攻撃は躱せたものの、完全に意識の外から反撃を放たれていた。
何かしらの反撃が来る……そう確信していてもこれなのだ。チヨが初見で躱せなかったのも、今の一撃で十分納得できた。
だが──
「っ、流石はヴィオレットさんだ……」
(全く弱点が無い訳でもないか……)
感嘆するように呟いたKatsu-首領-の手は、恐らくじんじんと痺れている事だろう。
先程の突き上げを回避した一瞬、私は同時に尻尾を鞭のようにしならせ、彼の手首を弾いていたからだ。
その影響か、よく観察すれば彼の左手の握りが甘くなっている事が分かる。
(恐らくは自動反撃スキルによる弊害か……咄嗟に腕を捻って直撃を防ぐ事も出来ないくらい、スキルに身を預ける必要があるんだろう)
あの瞬間に左手を捻っていれば、私の咄嗟の反撃は彼のガントレットで十分防げた筈なのだ。
先程の私の刺突は咄嗟の物だった為、軌道も直線的で分かりやすかった。そして、彼の観察力と判断力ならそれが可能だった筈……
「──分かりました。Katsu-首領-さん、合格です」
「……ありがとうございました」
合格を受けとったのに表情が微妙に渋かったのは、彼のスキルに改善の余地が見つかった為だろう。
(非常に強力だが、多用は禁物だな……)
最高効率による反撃を可能にする代わりに、咄嗟の判断を殺させている。
本番前の配信にあまり多くの情報を載せるべきではない。そう言う判断もあって、私は組手を早めに切り上げたのだ。
彼が今のスキルについて多くの情報を発信する前に気付けたのは良かった。彼も分かっているとは思うが、念の為に釘を刺しておく事にしよう。
「Katsu-首領-さん、念の為に魔法で手首を治療しますね」
「ああ、ありがたい」
彼の合格を祝う喝采が観戦していたダイバー達から上がる中、私は彼に歩み寄り、さりげなく左手に回復魔法をかけておく。
そして声を殺して先程発覚した弱点の共有と、情報発信をしないように忠告した。
「──ええ、勿論分かっています。俺自身、まだこのスキルについて完璧に把握できた訳でもありませんから」
「なるほど……検証したい事があれば、おっしゃってくださいね。微力ですが、手伝わせていただきますよ」
「! ……いえ、非常に心強い。その時は是非、よろしくお願いします」
治療がてらのやり取りでそう約束し、組手を終えたKatsu-首領-がダイバー達の下へと歩き始める……その前に、彼は思い出したように立ち止まり、腕輪から何やら書類を取り出すとこちらに手渡してきた。
「すみません、これを忘れる所でした」
「? これは?」
「以前貴女とクリムさんが発見した、碑文の解読が完了しました。こちらがその内容と、書かれたと推測される年代や時代背景、その他もろもろに関する書類です」
「碑文……──ああ! あの時の!」
彼に言われるまで忘れていたが、且つて『裏・渋谷ダンジョン』でスパイダーマザーを討伐した後に発見した碑文の事を思い出した。
確かにあの時私とクリムは碑文の内容をスマホで撮影し、SNSに解読の依頼を出していたっけ。
当時はSNSも賑わせたが、その後の悪魔達の登場によって一過性のブームに収まったと思っていた。
(解読を続けてくれている人もいたんだなぁ……)
そうしみじみと感じながら、受け取った書類を腕輪にしまう。
今になってこれが役に立つのかは分からないが、興味はあるので配信後にでも目を通すとしよう。
「……なるべく早く、そして、絶対に目を通してください。それだけは進言しておきます」
「? はい、わかりました」
Katsu-首領-はそう進言──いや、あの気迫はもはや忠告の域だろう。
一体あの碑文に何が書かれていたというのか……
(気になるけど、今は組手を最後まで熟す事が最優先だな)
まだまだ相手にしなければならないダイバーは大勢いるのだ。
先ずはそちらに専念しなければ。
次回、最後の組手終了まで時間を飛ばします。




