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第276話 氷雨と陽炎

 むわりとした熱気が渦巻くダンジョンの一室で、炎と水の飛び交う魔法戦は続いていた。

 とは言っても、ここまで私が魅國に対して攻撃を放った回数は数える程度。

 彼女が攻撃魔法の操作に集中している時でも、相手の魔法の接近を感知できるリソースを残せているかどうか……また、その攻撃に対して的確な対処ができるかどうかを確認するくらいだった。


(予想はしていたが、いずれも問題なし。後は最高火力と、大規模な魔法への対処は確認しておきたいな……)


 既に他のダイバーは【マーキング】をさせた後に一時撤退して貰った。

 ここの温度は既にサウナ同然であり、体調に影響が出始めるのも時間の問題だったからだ。

 魅國の体調も心配ではあるのだが、この状況は恐らく彼女が意図的に作り出した物……そして、この環境でこそ使える魔法の存在を私は知っている。


(周辺の気温は条件をとっくに満たしているだろう。それを更にここまで引き上げたのは、こちらの防御を考慮しての物……)


 彼女が使おうとしているのは、元々防御が難しい類の魔法だ。

 一応私にはそれを防ぐ方法もあるのだが、それもこの組手で見せてしまった。だからこそ彼女はこの部屋を蒸し風呂にするまで、炎の魔法で空気を熱し続けたのだ。

 ここまでしなければ私の防御は貫けないと──いや……ここまですれば、私の防御も貫けると確信して。


「はぁ……はぁ……! 行くで、ヴィオレットはん! これが、ウチの最高火力や! ──【サーマル・ヘイズ】!!」

(──やはり来たか!)


 魅國がその魔法を使用した途端、私はブルリと身を震わせた。

 それは武者震いでも、まして恐怖でもない。ただ単純に、この部屋の気温が急激に低下したためだ。

 周囲には一瞬で濃霧が立ち込め、魅國の姿が見えなくなる中、私の目の前には更なる異変が現れていた。


(これが【サーマル・ヘイズ】……凝縮された"熱"そのもの……!)


 シュー、シューと音を立てながら濃霧を裂いて眼前に現れたのは、揺らぐシャボン玉のようにも見える魔力の塊だ。

 先程までこの部屋を覆っていた熱を魔力で掌握、圧縮して作られた球状の塊が、その熱で霧を溶かしながら進んで来ている。

 直径は目測で約三メートル。

 私の全身をすっぽり覆って余りある大きさのそれは、俗に言う『陽炎』……八月のこの季節、外に出れば見かける事も珍しくないそれが今、私の目の前に局所的に発生していた。

 【サーマル・ヘイズ】は要するに、この陽炎を操る魔法なのだ。ただし──


「(■■、■■■■■■■(水よ、集いて穿ち抜け))──『アクア・レイ』」


 試しに陽炎へと放った水圧カッターは陽炎(サーマル・ヘイズ)を貫くどころか、触れた瞬間にジュウッと音を立てて蒸発してしまった。

 この部屋中の"熱"を直径数メートル大まで圧縮したのだ。その温度は、見た目から想像もできないレベルになっていた。


「行くで!」

「っ!」


 魅國の指揮によって、陽炎が空中を滑るようにして襲ってくる。

 これに纏わりつかれれば、人間なら全身やけどでは済まない大ダメージを受けるだろう。

 少しでも陽炎の"熱"を奪う為に『水の大蛇』を差し向けるも、効果があるのかないのか……ただ言える事は、『水の大蛇』を構成していた水分が全て蒸発してしまった事だけだった。


(やはりこれでは駄目か! ならば、こちらも予定通り……大規模魔法で迎え撃つ!)


 魅國が【サーマル・ヘイズ】の準備をしていたように、魔法戦の中で私もずっとこの魔法を使う準備をしていたのだ。

 今はまだ未完成の魔法だが、こう言う機会に試さなければ見つからない欠点もあるだろうからな。

 ……とは言っても、本来の性能だと殺傷力が高い為、多少アレンジした呪文を唱える。


■■■■■■(宙に遍く水よ) ■■■■■(天を覆え) ■■(覆え) ■■■■■■■■■(氷の礫となりて) ■■■■■■(降り注げ)──【■■■■■■■(降雹の白雲)】!」


 私の魔法が発動するとともに、周囲の霧がうねり、上空へと集まっていく。

 霧は圧縮されて雲となり、一瞬で視界が晴れた。

 しかしこの魔法による攻撃はここからだ。


「!? この魔法は……ッ!」


 魅國がその変化に驚く暇も与えず、雲の中から無数の雹が降り始める。

 実際の雹とは降り始める高度が違う為、このゴルフボール大の氷の塊が例え頭に直撃してもダイバーならばダメージは無いだろう。

 だが、彼女の攻撃の方はそうではない。

 降り注ぐ雹は陽炎(サーマル・ヘイズ)を通過する度にジュワッと音を立てて蒸発してしまうが、その際に陽炎(サーマル・ヘイズ)の熱も大きく奪っていく。


「──くっ!」


 こちらの狙いが分かったのだろう。魅國は武器としている杖で目だけを雹から庇いながら、陽炎(サーマル・ヘイズ)を操作して私を狙う。

 視界が晴れた事でかえって視認しにくくなった陽炎(サーマル・ヘイズ)だが、魔力感知によって位置の把握は容易い。

 ヒラリヒラリと翼による飛翔で陽炎(サーマル・ヘイズ)を回避し続ける私の目の前で、陽炎(サーマル・ヘイズ)はまるで小さな穴の開いた風船のようにしぼみ続け──




「──はぁ……参った。降参や」


 数十秒の後に完全に消滅した。


「素晴らしい魔法でしたよ、魅國さん。勿論、合格です」


 魅國の降参を受けて『降雹の白雲』を解除した私は、彼女の正面に降り立つとその魔法の技量を讃える。

 しかし当の本人は肩を竦めると、確信を持った目で問いかけて来た。


「よぉ言うわ。ウチが【サーマル・ヘイズ】使うんも読んどったんやろ?」

「ダイバーの情報はちょっと調べれば出てきてしまいますからね。有名な方であれば特に」


 実際、私は今回の組手に参加するメンバーについて、既知の相手も初対面の相手も関係なく、なるべく予習してからこの組手に臨んでいる。

 流石に動画のアーカイブまでは追えなかったが、公開されているスキルや魔法の構成については調べ尽くしたつもりだ。

 だから知っていたのだ。魅國が【サーマル・ヘイズ】という魔法を持っている事を。


(……まぁ、使える状況が限られている上に連携も難しい為、炎魔法使いの中では珍しくハズレ魔法と言う扱いのようだが)


 そのおかげで威力の割に警戒されにくい魔法でもある。魅國もそれを狙っていたのだろうが、今回は当てが外れたという訳だ。


「──うおっ、涼しっ!?」

「足元が水浸しになってますね。組手に支障が無いと良いですが……」

「さっきまでサウナみたいだったのに、今はもう空調の効いたロビーより涼しいのなここ」

「これは……ちょっと身体が冷えないか心配ですね……」


「おや、皆さんおかえりなさい。確かにちょっと寒いかも知れませんね……直ぐに暖めます」


 配信で魅國との戦いが終わったことを確認したのだろう。魔法戦が本格化してきた辺りでロビーに避難して貰っていたダイバー達が、続々と戻って来た。

 気温の関係で本来のパフォーマンスが発揮できないのも問題なので、直ぐに魔法で部屋を暖める。冬場には毎日のように使っていたので、感覚はバッチリだ。


「おお、異世界の魔法って便利だな……一気に適温になった」

「ソーマがエアコン代わりにするのも分かるな」

「はは……その辺にしてくれ。なんかクリムにすごい睨まれてるんだ……」


 と、和気藹々とした雰囲気の中、一人の男性ダイバーが真剣な面持ちで歩いてきた。


「……次は、俺の番だな」

「Katsu-首領-さん。ええ、そうですね。直ぐに準備します」


 彼は長剣と盾を扱う堅実な戦い方が持ち味のダイバーとして知られている。

 私と魅國の魔法戦の影響で水浸しになった今の環境は、大きく影響が出てしまうだろう。


(部屋の隅にでも適当に魔法で穴を掘って、水はそこに貯めてしまうか……)


「あぁ、ヴィオレットさん。一つ良いだろうか?」

「? はい、構いませんが……」


 周囲を見ながら私が思案していると、Katsu-首領-が気になる事を伝えてくれた。


「俺の気にし過ぎなのかもしれないが……実は先程、ロビーでな──」

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