第273話 四戦目、五戦目
「──魔力も回復しましたし、そろそろ再開しましょうか」
身体の感覚を確かめ、十分に回復できたと判断した私は周囲のダイバーにそう告げる。
小休憩中の数分間は彼等と共に軽い雑談コラボのようなこともしてみたが、リスナー達の興味は早速現状合格を貰った三人が教えて貰う魔法に向いているらしかった。
クリムはいつかの配信でコメントをくれたように【エンチャント】を希望していたが、それが『鋼糸蜘蛛の焔魔槍』を持つ彼女に向いているのかというと微妙ではあるんだよな……
まぁ、本人の希望は可能な限り受け付けると言ってしまった以上、教える事は教えるが。
(……もしかしたら、希望の魔法の他に二、三個ほど合格者に合った魔法を教えるくらいで良いのかもしれないな)
そんな風に内心で実力検査後のプランを練り直す。
因みに春葉アトと兄さんは、それぞれ『あとで相談して決める』と回答をぼかした。まぁ、悪魔のリーダーも見ている可能性が高い配信だからな。
事情を知っている二人としては、相手に情報を与えない事を重要視したのだろう。
同じく事情を知っているのに真っ先に答えたクリムは……まぁ、この純粋さも彼女の魅力なのだし、後で軽く注意を促す程度にしておこう。
「──お願いします」
「こちらこそ、悔いの無いようにお願いしますね」
組手の為に部屋の中央に移動し、礼儀正しく頭を下げる騎士甲冑姿の女性ダイバーに同じく礼を返してから武器を構えた。
四戦目の相手は百合原咲。
つい先程戦った春葉アト率いるクラン『ラウンズ』のサブリーダーであり、『水魔法使い』のジョブでありながら槍も使いこなす近距離から中距離にかけて隙無く立ち回れる優秀なダイバーだ。
以前大型コラボや人鬼戦争でも共に戦った為、彼女の立ち回りについては知っていたが──
(実力が大幅に向上している……! 彼女の成長期は未だ継続中か!)
流石に春葉アト程の実力がある訳でも、クリム程槍の才能がある訳でもないが……しかし魔法と槍を組み合わせる技巧は素晴らしい。
私の放つ風魔法は彼女の【サテライト・ウォーター】に尽く防がれ、反撃の【アクア・レイ】で牽制。最初の関門である魔法への対処と、得意な間合いへ持ち込む技量はあっさりクリアして見せた。
「──【ラッシュピアッサー】! 【アクア・バレット】!」
「! なるほど、【アクア・バレット】をそう使いますか……!」
私のショートソード二刀流に対して百合原咲は槍一本。その手数の不利をどう覆すのか……彼女の答えがそれだった。
【アクア・バレット】は水魔法使いが最初に覚えている攻撃魔法なのだが、この魔法……殺傷力という点において非常に弱いのだ。
水球を射出する速度自体は最初に覚える魔法の中ではかなり速く、水圧もあって相手をノックバックさせる性質は大きいのだが、炎や雷といった魔法と比べると直接与えるダメージは微々たるもの。
水魔法使いが不遇とされる根拠として、最も挙げられる魔法がこれなのも頷ける。
──しかし、魔法以外の攻撃手段も鍛えればどうだろう。
(魔力消費が少なく、連発できる水魔法のノックバック……なるほど、武器を狙って使われると中々やり辛い……!)
生成した巨大な水球を自在に操作する魔法、【サテライト・ウォーター】と組み合わせて使っているのが非常に上手い。
【サテライト・ウォーター】を私の頭上や側面に回り込ませ、そこから【アクア・バレット】や【アクア・レイ】を撃ち出す……近接攻撃のメインアタッカーが、サブアタッカーやアシストも兼任しているような立ち回り。
一人なのに、まるで三人のダイバーを相手にしているような手数と柔軟さだ。
(魔法使いなのに近距離に特化しているのか……ラウンズだからこそ花開いた才能だな……!)
しかも彼女の本来扱う武器はチヨに作り直して貰った槍で、穂先に魔力で電気を生み出す事も出来る。
【サテライト・ウォーター】にその穂先を突っ込み、水球を帯電させれば彼女の攻撃のバリエーションは更に増える訳だ。
(槍と魔法にリソースを割いておきながら、足捌きや攻撃のフェイントを見切る余裕もある……これは──)
「──良く分かりました、百合原咲さん。合格です」
「! ありがとうございます……!」
チヨのような実力者の相手はまだ厳しいかもしれないが、恐らくユキくらいなら今の百合原咲でも倒せるだろう。……元々ユキとは魔法の関係で相性が良かったしな。
そこに私が魔法を教えれば、きっと彼女ならそれも上手く戦術に織り込める。今後が特に期待できるダイバーだと私には感じられた。
「──ふぅ……ついにあたしの番ッスね! 緊張してきたッス!」
「冷静に戦えるかも見ていますから、気をつけてくださいね」
「了解ッス! 先輩、よろしくお願いしますッス!」
「ええ、よろしくお願いします」
五戦目の相手は高野恋。身長とほぼ同じ大きさの大斧を振るう、小柄な女性ダイバーだ。
あの質量の武器を刃を備えていない程度で訓練用として扱って良いのかは疑問だが、そこに関してはひとまず置いておくとしよう。市販されている以上は問題無いのだろう。多分。
彼女もクラン『ラウンズ』の一員であり、ダイバー歴は私よりもずっと長い。しかし、それでも彼女が私を先輩と呼ぶのは、彼女が『後輩系ダイバー』を自称しているからだ。
小柄な体格と、既に成人しているのに幼さを残した顔立ちも相俟って、違和感を感じさせないのがある意味恐ろしい。
──そんな彼女の体格は、戦闘においても有利に働いていた。
「大斧の腹を盾に……」
大剣然り大斧然り、巨大な武器を盾としても扱うというのは鉄板だ。
彼女の場合は特にその小柄な体格も相俟って、タワーシールドのように堅牢な守りを実現している。
そしてレベルアップで手に入れた膂力は、組手で使う風魔法程度なら意に介さない突進力を生み出していた。
(魔法を回避でなく受けるか……感電で本体も攻撃できる雷の魔法には弱い戦術だ。その弱点は彼女が合格できた場合に教える魔法でカバーさせるとして、私が今見るべきは……変化する戦況への対応力!)
距離を取ろうという動きから一転、今度はこちらから距離を詰める。
そして翼による飛翔で素早く回り込むと、両手の訓練用ショートソードを容赦なく振り抜いた。
その瞬間、私は一瞬我が目を疑った。
「どりゃああぁぁっ! まだ、まだッスよぉ!」
「っ!?」
高野恋が大斧を振るったその瞬間、彼女の身体がふわりと浮き上がり……そして空中で弧を描くように移動し、私の攻撃を回避するとともにこちらに向き直ったのだ。
(浮遊!? ──いや、反動か!)
物理法則を無視した動きの正体は、彼女の武器と彼女自身の間にある重量的なアンバランスさだ。
小柄な彼女が自身よりも遥かに重い得物を勢いよく振り抜いた時、発生する反作用や慣性と言った法則によって彼女の身体の方が浮き上がる。そして、まるで大斧の方が彼女を振り回したかのように、空中で動く事が出来るのだ。
(斧を振る動きで回避するとは何とも器用な……しかし、その性質上彼女の攻撃の方向は限られる。振り下ろしのような上から下への攻撃では彼女の身体の方が動いてしまう以上、警戒すべきは──!)
「おらぁ! ッス!!」
気合の掛け声と共に繰り出されたのは、私の想定した通りの横薙ぎ。それも、微妙に下から上へと斬り上げるような攻撃だった。
この動きをほぼ完璧に予測していた私は姿勢を低くし、その攻撃をやり過ごす。
(彼女は下から上への攻撃しか出来ない! そうして反作用によって自身の身体に下向きの力を加え、増加した摩擦によって斧の重量に振り回される事を防いでいる!)
これは明確な弱点だ。攻撃の方向が限られると言う事は、確実に回避できる場所が生まれてしまうという事。
それを見抜かれれば、悪魔にそこを突かれて敗北してしまうだろう。
(しかしこの武器を使っている以上、高野恋もそれは理解している筈だ。でなければ下層を一人で探索することなど不可能……さぁ、この攻撃をどう躱す!?)
大斧を振り抜いた反作用によって、今の彼女は地面に少し押し付けられている状態だ。バックステップによる回避も難しい力が加わっている筈。
彼女の弱点を見抜いた悪魔は、そこを容赦なく攻めるだろう。その戦いを想定した組手である以上、私もここぞとばかりに訓練用ショートソードを構えて攻めかかった。
「──【スピンスラッシュ】ッス!」
「!」
彼女の選択は大斧を振り抜いた勢いを更に加速させた、回転斬りだった。
角度を調整したのだろう。再び斬り上げるような角度で振り抜かれる大斧は、今度はその刃を地面に食い込ませ、飛散する無数の礫と共に私に迫った。
(! 高野恋の身体が遠ざかる……! そうか、地面を斧で蹴ってバックステップとカウンターを同時に……!)
あの重量の武器を、あの体格で良く使いこなすものだと感心するが…………しかし、残念ながらそこまでだ。
「っ!」
「斧の重量と自身の軽さを活かした戦い、見事でした。しかし、動きのタネが分かってしまえば、こうして先回りは容易い……まだまだ、未完成ですね」
「くぅ……っ、仕方ないッスね……この結果を受け入れるッス……!」
彼女の攻撃の瞬間に翼で飛翔し、彼女の頭上から回り込めば、容易にその首にショートソードを押し当てる事に成功してしまった。
これでは魔都では通用しない。しかし……私は一つだけ、彼女の戦い方に可能性を感じていた。
「……一つ、質問があります。貴女はこの検査で合格した場合、どんな魔法を私から教わるつもりでしたか?」
「え? えっと……『自分の重さを増やす魔法』があればって思ってたッス。そうすれば、普通に斧を振るう動きと、斧に振り回される動きが使い分けられるッスから」
「なるほど、必要な魔法は理解していたのですね……」
そう、彼女に必要な最大のピースがそれなのだ。
その魔法があれば、彼女の動きを予測できる者はいなくなる。
「でも、不合格になっちゃった以上、すっぱり諦めるッス。今のままでも下層を探索する分には十分ッスからね」
「いえ、合格です」
「えっ」
私の出した結論に、落ち込んでいた高野恋が顔を上げる。
「えっ、ご、合格ッスか? でも今あたしはあっさり負けて……」
「最初に言ったように、勝ち負けで合否を付けている訳ではありません。私が見るのはあくまでも魔都で戦える素質があるかです。貴女は自分に必要な魔法が何か理解していた……それを身に付ければ、貴女は確かに悪魔相手にも十分戦える素質がある。そう判断しました。言ってみれば、補欠合格ってところでしょうか」
「……ッ! や、やったああぁーーー!! ……ッス!!」
勿論それ以外にも簡単な攻撃魔法は覚えて貰うつもりだけどな。
流石に大振りな得物一つで、魔法を連発してくる悪魔を相手させるわけにもいくまい。
迎撃に必要な魔法を脳内でピックアップしながら、私はしょんぼりムードから一転して軽い足取りでラウンズの仲間の下に駆けていく高野恋の背中を見送るのだった。
今回高野恋が持ち込んだ訓練用の大斧はL.E.O.でのオーダーメイドです。ヴィオレットは勘違いしていますが、市販はされていません。こんな物を訓練が必要な時点で振り回せるダイバーはいないので、商品として成立しないのです。
この武器を非殺傷として扱って良いのかは某『逆刃刀』以上に怪しいですが、あくまで不殺と言う事で……




