第272話 三戦目、決着
-20:00 追記-
一部誤解を招く表現があり、修正しました。
ヴィオレットと春葉アトの組手が始まって数分が経過。
二人の戦いは魔法も交えた激しい物になっていた。
「──【レイ】、【レイ】!」
「(【■■■■■■■】)──『レイ』!」
春葉アトの手元から放たれた二筋の光線を、魔法をアレンジして迎え撃ったヴィオレット。
彼女はそのまま広げた翼による飛翔で距離を詰め、再び春葉アトに攻撃をしかける。
……ように見せて、数発の斬撃と蹴り、更に尻尾による突きまで織り交ぜた連撃で春葉アトを牽制しながら、一瞬作り出した隙を突いて背後に回り込んだ。
翼を用いて頭上を飛び越え、上下逆さまのまま春葉アトの背に狙いをつけたヴィオレットは、そこで本命の一撃を繰り出そうとするが──
「ここで……」
「──【スピンスラッシュ】!」
「──っく!?」
春葉アトはすかさず【スピンスラッシュ】を使用。
回転斬りでヴィオレットの攻撃を弾くと共に、ヴィオレットと正面から向かい合う。
「「ハアアァッ!!」」
そして、正対する一秒も惜しいと言わんばかりに、再び激しい斬撃と刺突の応酬が繰り広げられる。
部屋の隅でその戦いを見守っていたダイバー達は、いつからかリスナーへの解説や実況も忘れて見入っていた。
彼等の目には拮抗しているようにしか見えなかった二人だったが……しかし次の瞬間、確かに存在していた僅かな差が、その均衡を突き崩した。
「──そこですッ!」
「っ!!」
ヴィオレットが右手で切り上げるように振り抜いたショートソードが、春葉アトの左腕ごと槍を大きく弾き上げた。
そして全身を回転させながら春葉アトの左側に回り込み、二振りのショートソードで同時に切りかかる。
「──【ウェポン・ガード】!」
しかし、春葉アトも決して勝負を諦めてはいない。
咄嗟に【マジックステップ】も併用したバックステップで僅かにヴィオレットから距離を取り、捻り出した一瞬と言う時間で槍の防御を割り込ませた。だが──
「読んでますッ!」
「……っ!」
ヴィオレットは翼に風の魔力を付与し、空中で鋭角に軌道を修正。
ショートソードは【ウェポン・ガード】の力場をスレスレの所で避け、更に春葉アトの背後に回り込んだヴィオレットのショートソードが春葉アトの脇腹と首筋にピタリと添えられた。
ブワリと、ヴィオレットの翼が生み出した風によって、春葉アトの髪とマントが靡く。
「──……はぁ、あたしの負けだね。完敗だ」
「ふぅ……つくづく貴女が味方で良かったですよ……流石に少し疲れました」
どこか満足気なため息とともに春葉アトが敗北を認める。
戦いが決着を見た瞬間、それを見届けていたダイバー達からワッと歓声が上がった。
「やっべぇ! 二人ともどんだけだよ!?」
「【聖痕/スティグマ】の効果が切れてないってことは、まだ十分経ってなかったのか……」
「アレで二人とも本来の武器じゃねぇんだろ!? 本気だったらどうなるんだ!?」
「ぐぬぬ……! 今の私では、まだあのヴィオレットさんには……!」
「これがヴィオレットさんとアトさんの……! これなら確かに魔都の攻略も出来そうッス!」
組手の後とは思えないほどの熱狂。
今居る場所がダンジョンの中である事も忘れる程、二人の戦いは彼等の想像を遥かに超えていたのだ。
「──アトさん、今良いですか?」
「うん?」
降ろした武器を腕輪にしまい、送られる喝采に堂々と手を振り返していた春葉アトに、小声でヴィオレットが問いかける。
「彼等はああ言っていますが……私と悪魔のリーダーである、『彼女』……どちらが勝つと、貴女の直感は言ってますか?」
「──残念だけど……本気で戦ったら、悪魔のリーダーが勝つと思う。あたしが見たアイツは、それだけ次元が違った」
「……そうですか。忌憚のない意見、ありがとうございます」
ヴィオレット自身、それは理解していた事だった。
悪魔のリーダーである魔族とは既に間近で会った事もあり、実力の差は痛感していた。
しかし、どこか超常めいた春葉アトの直感であれば、違う結果があり得るのではないか……そこに期待をしていたのだが……
(……いや、やる事は変わらない。例え勝てない戦いだろうと、アイツを放置すればこの世界は魔族に侵略されてしまうんだから……!)
より色濃くなった敗北の予感。
ヴィオレットは周囲のダイバーや配信を見ているリスナー達に気取られないよう、内心で決意を新たにするのだった。
◇
『──すみませんが、ここで一旦小休憩とさせて下さい。流石に今の三連戦は少し疲れました』
〔はーい〕
〔凄かった!〕
〔マジでこの二人はレベルが違うわ〕
〔今の内に感想語ろうぜ!〕
「冗談じゃないわよ……やっぱりバケモンじゃない……!」
オーマ=ヴィオレットと春葉アトの戦い……その決着を『すまほ』の配信越しに見届けた今、私の中にあるのは恐怖だった。
以前あのチヨとほぼ対等に戦っていた頃から思っていた事だったが、春葉アトの強さは常軌を逸している。
オーマ=ヴィオレットの方はまだ分かるのだ。彼女は結果的に人間ではなく、魔族と言う異世界の種族だったのだから、寧ろその事実を知って納得したほどだ。
しかし春葉アトはどうだ。いくら魔物を狩って鍛えたと言っても、アレが本当に人間の動きなのか。遥か昔、私が人間だった頃にあんな動きが出来ただろうか……記憶を探ろうとするも、あまりにも朧気で結論は出なかった。
いや、今の自分に出来ない事が、人間の頃の私に出来た筈もないか……
「ホント……なんであんな奴に命を狙われなきゃならないのよ……!」
これではあの方の目論見通りに計画が上手くいっても、私はその頃にはアイツらに殺されているのではないか……そんな不安から頭を抱える。
(こうなる事が分かっていれば、こんな『すまほ』なんか拾わなかったのに……!)
好奇心は猫をも殺すとは、まったく良く言ったものだ。
興味本位で手元に置いたばっかりに私はあんな仕事を任され、それが原因で何故か正体を見抜かれ……今はこうして自室で震える日々。
『ねっと』とやらの掲示板で、何とかあの『こめんと』が私の物じゃないという風説を流そうともしてみたが、反応は芳しくなかった。
というか、何やら人間に馬鹿にされているらしいことが伝わって来て、無駄にイライラさせられただけだった。
そもそも何なんだ『RP』って。日本人なら日本語でやりとりしろよ。
「アイツらがこの街に攻めて来る前に何とかしないと……!」
窓の外に広がる街並みを見れば、何も知らない悪魔の仲間達がキャハハとのんきに空を飛んでいるのが見える。
悩みという概念を知らないその振る舞いは、彼女達が元・人間ではなく元・魔物だからなのだろう。そう考えると、内心で見下していた彼女達が猛烈に妬ましくすら思えてきた。
(はぁ……アイツらもチヨに組手を持ちかけられて、恐怖に震えればいいのに……)
以前は度々見かけたその光景も、ここ最近はとんと見かけない。
戦闘狂のあのチヨがこんなにおとなしくなるなんて、いったい何があったというのか。
あの方が言うには、ファームの巡回の任を解かれてこの街の警備に回されたという話だったが……
(ずっとこの街にいるって言うのなら、寧ろ毎日のように組手を持ちかけてきてもおかしくないと思うんだけど……)
「──ん? ずっとこの街に……?」
閃いた。
バケモノにはバケモノをぶつければいいのだ。
チヨが春葉アトと互角以上に戦える事は知っているし、何よりアイツは自作の魔法をいくつも開発している。
戦いを楽しみたい余り人を殺さないアイツでも、流石に仲間である私が殺されそうと知れば、春葉アトを殺してくれるだろう。
(そうよ……アイツと私はこの街でたった二人、元・人間の仲間なんだから!)
そうと決まれば善は急げだ。
私は机に『すまほ』を置くと部屋の窓から外へと飛び出し、今もこの街のどこかにいる筈のチヨを探し始めた。




