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第270話 それぞれの成長

「──そろそろこちらも仕掛けていきますよ!」

「っ! ──【集中】!」


 ヴィオレットとソーマの組手が始まってから早数分。

 ここまでソーマの攻撃を観察することに徹していたヴィオレットが、一転して攻勢に移った。

 左手の訓練用ショートソードを振り抜いてソーマのロングソードを弾き、右手の訓練用ショートソードで放つ突きによって、彼から盾の防御を引き出す。そして……


「ハァッ!」

「ぅぐッ!?」


 構えられた盾を蹴りつけ、ソーマの身体を数メートル程吹っ飛ばした。

 そして、ヴィオレットはすかさずバサリと広げた翼で飛翔。高度は精々二メートル程度に抑えてはいるが、速度に関してはそこまで加減するつもりは無いのだろう。

 踏み込むよりも速い動きで辛うじて着地したばかりのソーマに肉薄し、両手のショートソードで追撃の連続切りを放つ。


「っ、ぅおおっ!! ──【燕返し】!」


 スキルも使ったソーマの反撃がヴィオレットのショートソードを弾くが、彼女の方はソーマと異なり二刀流だ。もう一振りのショートソードが容赦なく彼の身に迫る。

 ソーマはそちらも盾で受け流して何とか攻撃を凌いでいるが、ヴィオレットは内心で彼の対応に厳しい評価を下していた。


(──蹴りや、尻尾の突きへの警戒が甘い。飛翔した悪魔の厄介な所の一つは、選択肢の多さだと言うのに……)


 そう。例え両手を用いて全力で攻撃しているように見えても、空を飛べる悪魔にはまだ両脚と尻尾と言う攻撃手段がある。

 両足で地面を踏みしめて戦う人間と比べて、倍以上の手数を常にキープできるのだ。

 実戦ではここに魔法も加わるだろう。ここでの対応力の高さ次第で、生存率は大きく変わると言って良い。


(……この攻撃に対処できなければ、魔都には連れていけませんね……)


 ヴィオレットが内心でそう決めて放った、尻尾の突き。

 タイミングは丁度ソーマがヴィオレットの攻撃を弾いた直後……彼女が意図的に生み出した、小さな隙だ。

 ソーマにしてみればこれは千載一遇の好機。しかし、この()()に乗れば最後。尻尾の反撃を躱す事も出来ず、そこで決着となるだろう。


「──ッ! ここだ!」

(……駄目だったか)


 ソーマの目がギラリと輝く。

 この好機に食いつくのは仕方のないことだが、出来れば見切って欲しかった……そんな落胆の色が、ヴィオレットの目に滲む。


「──なっ……!?」


 しかし次の瞬間、ヴィオレットの目は驚愕に見開かれた。

 決着を確信して放った彼女の尻尾が、空を切ったのだ。

 そして彼女の尻尾を回避したソーマの姿は今、ヴィオレットの背後にあった。


(後ろ!? そうか、【マジックステップ】で私の下を潜ったのか……!)

「──【一閃】!」


 今度こそ生まれた本当の隙。そこに居合のような体勢から振り抜かれるのは、ソーマの最速の一撃だ。

 ソーマがあの一瞬を好機と判断したのは、尻尾の攻撃を見切った上での事だった……その事を正しく理解したヴィオレットは笑みを浮かべ、ソーマの攻撃を軽々とショートソードで受け止めた。


「──合格です、兄さん」

「…………いや、こっちの会心の一撃を止めながら言われてもなぁ……」

「そこはホラ、まだまだ実力の差があると言う事で」

「……はぁ~……まぁ、仕方ないか。お前はこの後も連戦があるもんな」


 一先ずの安堵と多少のガッカリ感が綯い交ぜになったため息を吐きながらも、ソーマは満足そうに剣を降ろす。

 そして腕輪にロングソードを収納し、彼の戦いを讃える歓声を上げるダイバー達の方へと歩いて行った。


 その背中を見ながら今回の組手全体を振り返って、ヴィオレットは思う。今の彼なら、魔都に溢れる木っ端悪魔程度に遅れをとる事は無いだろうと。

 勿論まだ魔法への対処には改善点はある。今回は使わなかったが、雷の魔法を金属製の武器や盾で防ぐのはタブーだし、そもそも攻撃の密度も実際には全く変わって来るだろう。

 しかしそう言う部分は今後彼に教える魔法や、レベルアップによる成長で十分補える範囲内にある。

 そう判断したが故の『合格』だった。


「──さて、これで組手の趣旨はある程度伝わったと思います。私が見るのはあくまでもあなた達の実力であり、勝敗という結果ではありません。勿論、私に攻撃を当てる事が出来れば即戦力級ではありますが、そうでなくても悪魔と十分に戦える能力がある事を示していただければ合格といたします。そのつもりで向かって来てください」


 ヴィオレットは二人の戦いを見守っていたダイバー達を見回し、改めてそう告げる。

 彼女の言葉に対するダイバーの反応は様々だ。付け焼刃や初見殺しで今回の実力検査を乗り切ろうと考えていたダイバーは難しい表情になり、一方で自分の実力を確かめる目的もあったダイバーは一層気を引き締める。

 変わらず自然体で佇むダイバーもいれば、緊張にゴクリと喉を鳴らすダイバー。そして──


「はい、はーい! 次、私の番です!!」


 それらをまるで気にせず、無邪気に駆けよって来る少女。

 ヴィオレット対ソーマの組手で、開始の合図を出した彼女──クリムこそ、ヴィオレットの二戦目の相手だった。




「──始めっ!」


 二戦目、対クリム。

 春葉アトの合図で始まったこの戦いは、最初から激しい動きを見せた。


「『風の礫』!」


 一戦目と同じく、少しずつ距離を取りながらヴィオレットが放った牽制の魔法。

 しかし【マジックステップ】で滑らかに蛇行しながらも鋭く距離を詰めるクリムには、掠る様子もない。

 速度を維持したままヴィオレットを自身の武器──槍の射程に収めたクリムは、早速攻撃に移った。


「──【スピンスラッシュ】!」

「ッ!」


 スキル発動による肉体の強化だけではない。

 急接近による突進力と、全身の回転が加わったにより加わった遠心力を乗せた、槍の回転薙ぎだ。

 受け止めては武器が持たない。そう瞬時に判断したヴィオレットは、翼による低空飛翔を使った回避を選択。

 しかし、身体の下を通過したばかりの槍が、クリムの素早い切り返しによって再度その身に迫る。


「く……ッ!」


 ショートソードによるガードは間に合ったが、踏ん張りの効きにくい空中で受け止めた所為もあり、その威力によって僅かに体勢が崩された。


(──後ろか!)

「甘いですよ!」


 【マジックステップ】により、一瞬でヴィオレットの背後に回り込んだクリムを尻尾で牽制しながら、その隙に振り返って無数の『風の礫』を放つ。

 回避行動に移れば今度はこちらがペースを握れる……そんな狙いは、しかし正面から突き崩された。


「──【ラッシュピアッサー】!」


 クリムは自身に迫る全ての『風の礫』を、スキルの強化を乗せた連続突きで迎撃。

 そして──


「──【エア・レイド】、【フルスイング】!」


 スキルで強化した跳躍によって瞬時に距離を詰め、【フルスイング】で強化された槍の振り下ろしを見舞う。

 下手に回避に移ろうものなら翼を持っていかれそうな一撃を、ヴィオレットは交差させたショートソードで受け止めざるを得なかった。


「ぐっ、ぅう……ッ!!」


 その威力は凄まじく、強引に着地させられた両足が地面に浅く減り込むほど。

 そしてこの時、ヴィオレットは自身が握るショートソードから()()()()()が響いた事を聞き逃さなかった。


(! これは、マズい……!)

「──ヤアアアアァァァァァッ!!」


 内心焦ったヴィオレットだったが、今は組手の途中だ。待ったをかける事は出来ない。

 両足が僅かとはいえ地面に減り込んでいる今、素早い回避は封じられており、既に彼女に迫っていた槍の一撃はショートソードで対処する以外の選択肢が無かった。


(──かくなる上は!)


 既にショートソードが限界である事は明らか。そう判断したヴィオレットは、ガードではなくパリィを選択した。


 ──そして、部屋中に響き渡る金属の破砕音。


 クリムの槍を勢いよく頭上へと弾いた二振りのショートソードが、その威力とヴィオレットの力に耐えられなかったのだ。


「うわ……っと!?」


 ヴィオレットのパリィの威力のあまり、体勢をぐらつかせたクリムは直ぐに体勢を立て直したが……

 しかしまだまだ戦うつもりでいたクリムとは異なり、ヴィオレットは追撃をかけようともせず、まるで『降参』をするかのように両手を挙げた姿勢で直立していた。


「──えー……っと、とりあえずクリムさん。合格です」

「えぇぇ~っ!? も、もう終わりですか!?」

「見ての通り、武器も砕かれちゃいましたからね……予備は用意してありますが、このまま続ければ残りの皆さんを相手にする分が不足してしまいそうですし」


 直前のソーマとの戦闘で、既に大分負荷がかかっていたのだろう。

 本来初心者が使う訓練用の武器。それも金属疲労が蓄積した状態では、今のクリムの一撃を受け続けるには力不足だったのだ。

 一応こういう場合も想定して予備のショートソードを多めに準備して来ていたヴィオレットも、流石に二戦目で武器が壊れるとは思ってもみなかった。


(──いや、そう言えば以前にも一度だけクリムと組手をした時も、結局武器の方が持たなかったんだったな……)


 二戦目がクリムだった時点で武器を新しい物に交換しておくべきだったか、と内心で反省するヴィオレット。

 一方のクリムはやや不完全燃焼なのか、なおも組手を続けようと持ち掛ける。


「で、でも……ホラ! まだヴィオレットさんの尻尾を使った戦いとか体験してませんし、悪魔相手の対応力も見ないとじゃないですか!?」

「いや、貴女そもそもチヨ相手に何度も勝ってるでしょう……実力を示すと言う意味では、もう十分過ぎる程見ましたよ」

「うぐぅ……っ!」


 図星を突かれて悔しそうに閉口するクリム。

 そもそも彼女に関しては本来この実力検査に参加する必要が無い程、その活躍が知られているダイバーの一人だ。

 この後ヴィオレットとの組手を控えている春葉アトを始めに、そう言った一部のダイバーは既に合格が決定されていると言っても良い。

 それでもなお今回の実力検査に参加しているのは『魔法を教わる為』であったり、後発のダイバー達に戦い方を参考にして貰う為といった事情が大きいのだ。

 寧ろ『尊敬するダイバーであるヴィオレットと戦える数少ない好機』として参加する、クリムのようなタイプの方が珍しいだろう。


 やがてヴィオレットから散々説得されたクリムは、合格を貰ったにも拘らずどこか悔しそうにすごすごと他のダイバー達の方へと歩いて行った。

 その小さな背中を見送りながら、ヴィオレットは考える。


(武器や魔法の面で手加減はしていたが、それでもあそこまでペースを握られるとは……)


 少し前の組手から既に一回り近く強くなっていた彼女の成長は、今後もしばらくは続くだろう。

 魔都の戦いを控えた今、ヴィオレットにはその事実が何よりも頼もしく思えた。

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体重が乗りにくい空中での攻撃の足やらしっぽやらがそんなに脅威になるのかな?
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