第269話 実力検査開始
「──そんな訳で、今日は悔いの残らない試合をするつもりで来ました。よろしくお願いします!」
配信開始後、約十分。
オーマ=ヴィオレットを筆頭に実力検査の参加メンバーがやや手短にそれぞれの挨拶をして行き、最後に二十歳前後の男性ダイバーが意気込みを口にし終えたところで、再びオーマ=ヴィオレットが口を開いた。
「さて、皆さん挨拶も済ませたところで、私から最後の注意事項を一つ。合格者には配信終了後、それぞれが望む魔法の訓練を行いますので、合格した方は残ってください。逆に惜しくも合格を逃してしまった方は、配信終了後はなるべく早く帰還をお願いします。訓練中は危ないですし、訓練方法を聞かれても不公平ですからね」
〔魔法の訓練は見れないか…〕
〔まぁ呪文とかコツとか配信でラーニングさせる訳にも行かないしな〕
彼女の注意にリスナーと参加ダイバー達が納得した事を確認したヴィオレットは一つ頷き、パンと手を叩いて大々的に宣言した。
「それではリスナーの皆さんも待ち侘びていることと思いますので、早速実力検査を始めたいと思います!」
〔待ってました!〕
〔ヴィオレットが大人になってるのまだちょっと慣れないな〕
〔大人ヴィオレットちゃんも美人で良いな〕
配信開始直後にはコメントを賑わせた彼女の姿にもちらほらと慣れ始めたリスナー達。
そんな彼等の目の前で、オーマ=ヴィオレットの姿が変わる。
「ですが、その前に──今回は皆さんが『悪魔に対してどこまで戦えるか』の検査です。なので、実戦を想定して、こちらの姿でお相手させていただきましょう」
肌の色が青白くなり、頭部から角が生える。
市販品のデニムコートの背中に開けられた穴から一対の飛膜を備えた翼が広がり、ずるりと生えた細長い尻尾がヒュンと音を立てて空を切る。
人間から魔族への一瞬の変化。もはや正体を隠す事もなくなった彼女の本来の姿に、コメント欄は賑わいを見せた。
〔変身だぁ!〕
〔魔族の状態で戦うのか!〕
〔アニメみたいな変身バンク作れそうw〕
中にはいまだに彼女が魔族である事を不安視するコメントも混ざってはいたが、現状の彼女を受け入れる者が大多数を占めていた。
内心その事に安堵しながら、オーマ=ヴィオレットは最初の組手相手として、一人のダイバーを指名する。
「早速始めましょう。最初の相手は『ソーマ』……『兄さん』です。私と同じクラン『トワイライト』に所属する彼との組手は、どちらかと言うとデモンストレーションの側面が大きいですが……もしもふがいない戦いを見せるようであれば、勿論魔都の戦いには置いていくつもりですからそのつもりで」
「……ああ、分かってる。俺なりに全力で相手させて貰うぞ」
〔なるほどな〕
〔なさけない姿見せんなよソーマ!〕
〔仮にも妹にフルボッコにされたら恥ずかしいぞー!〕
組手の順番は事前に打ち合わせている事は既にリスナー達にも伝えられている為、配信の進行は実にスムーズだ。
指名されたソーマが参加者ダイバー達の中から一歩踏み出すと、他のダイバーは組手の邪魔にならないように部屋の隅へと移動する。そしてそれぞれの配信枠で、彼等の戦いを解説すると言う流れになっている。
「……こうして貴方と戦う日が来るとは、最初の頃は想定していませんでしたね」
「そうだな。まぁ、こういう試合形式なら偶には良いだろう」
リラックスした様子のオーマ=ヴィオレットと、緊張を滲ませるソーマ。そこに既に実力と経験の隔たりを感じさせながらも、両者は部屋の中央で向かい合う。
距離は数メートル。近距離と言うには遠く、遠距離と言うには近いそんな絶妙な間合い。
そこからどう自分の得意な距離へと戦いを持って行くのか……実戦を想定した今回の組手は、そこから始まっていた。
「「──【ストレージ】」」
それぞれ腕輪に収納していた、訓練用の武器を取り出して構える。
オーマ=ヴィオレットは二振りのショートソードを、ソーマはロングソードと盾を手にしていた。
……そして、ソーマの次に組手を行う事になっているクリムの合図で、二人の試合が始まった。
「──始めっ!!」
一戦目、対ソーマ。
試合開始と同時に距離を詰めようと疾駆するソーマ目がけて、オーマ=ヴィオレットが最初に放った一手は早速の魔法だった。
「『風の礫』、固めた空気を撃ち出す魔法です。この魔法は当たっても『痛い』で済みますが……実戦では殺傷力のある魔法が飛んでくるでしょうから、直撃はマイナス査定になりますよ」
「分かってる! ってぇ、のっ!」
比較的安全な部類とは言え、狙いを正確に高速で連発される風の魔法。
ソーマは視認する事も難しいそれらを左右にステップしながら、時には盾やロングソードで防ぎつつ距離を詰める。
一方のヴィオレットは悪魔の動きを想定し、逆にソーマからは距離を取るように動いていた。
しかし、あくまでもこれは組手だ。その速度は遅く、加えて高所への飛翔もしない。彼女が全力でそれをすればそもそも試合にならず、実力検査の意味が無くなってしまう為だ。
だからこそソーマは程なくして彼女との距離を詰め、本格的な戦いへと移行できた。
「──【パワースラッシュ】、【燕返し】!」
スキル【パワースラッシュ】で威力を強化した斬撃を、斬り返しの速度と精度を強化する【燕返し】を利用して連続で放つ。剣士系のジョブが比較的序盤から使える、鉄板コンボだ。
しかし魔族としての能力を十全に使うヴィオレットは、その連撃をスキルも使わずに悠々と捌く。
「この程度の攻撃では、悪魔には届きませんよ!」
「分かってるさ! ──【スピンスラッシュ】!」
動体視力、三半規管、体幹等、複数の能力を強化して回転切りを放つスキル【スピンスラッシュ】。
これも中層に行けるダイバーであれば習得している者も多いスキルであり、普通に使ってもヴィオレットに通用する筈もないスキルだ。
しかし──
「! この動き、【マジックステップ】ですか……!」
ソーマは身体全体を回転させながら、足捌きを強化するスキル【マジックステップ】を併用。
攻撃を敢えて防がせながら、彼女の背後を取る事に成功する。
(発声を必要とする攻撃スキルで注意を引き、無言で発動できる【マジックステップ】を本命に立てる。悪くない動きだ……)
チヨのような一部の実力者を除けば、この動きに初見で対応できる悪魔は少ないだろう。
だが──
(これだけで合格を上げる訳には行かないな)
確かに良い作戦だが、魔都の悪魔は大勢で襲ってくることが想定される。
初見殺しの類は直ぐに対策されるだろう。
ソーマ自身の動きも悪くないので好印象ではあるが、まだ様子見の域は出ないと言うのがヴィオレットの見立てだった。
「──くっ……!」
「良い動きでした。しかし、悪魔は今の様にその攻撃を防ぐ事が出来ます。二度目以降は実戦では命取りですね」
ソーマの攻撃を弾いたのは、ヴィオレットの腰付近から伸びる尻尾だった。
正面から相対すると忘れがちになるが、人間とは異なり悪魔には尻尾があるのだ。それも刃物の様に硬く、鋭い先端を備えた武器として。
今は弾いただけだが、動きを見抜かれればその尻尾の先端は彼の首を穿つ事も出来るのだ。
尻尾の動きで言外にその事を伝えながら、ヴィオレットは再び武器を構えた。
「さあ、もっともっと見せてください。悪魔に対してどう戦うのか、貴方の持ち得る全力を、発想を、センスを! 私はその全てで貴方という『戦力』を判断します!」
「──ああ、望むところだ!」
◇
「いやぁ……良い動きするようになったね、ソーマくん。数年前とは大違いだ」
二人の戦いを見ながら、満足気に笑みを浮かべる春葉アト。
彼女の解説を聞きながら組手の様子を楽しんでいたリスナーから、彼女に質問が投げかけられた。
〔アトネキ的には受かりそう?〕
「んー……あたしの直感を言うとこの先の展開、面白くなくなっちゃうでしょ? だから秘~密!」
〔えぇ~!?〕
春葉アトの直感が良く当たるのは界隈で有名な話だ。
彼女もそれは自覚しており、今は敢えてそれを語らずにリスナーが楽しめるよう配慮していた。
「でもね、ヴィオレットちゃんの言ってる事は間違ってないよ。初見殺しや付け焼刃だけで挑めるほど、魔都は甘くない。イチかバチかでこの検査に臨んでたダイバーは、今の内に作戦を見直した方が良いかもね」
そう言って彼女がチラリと視線を向けた先では、数人のダイバー達が難しい表情でヴィオレットとソーマの組手を眺めているのだった。




