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第266話 壁となる理由

『──猛虎と百華を協力させる、やと?』


 組手の話を持ち掛ける前日、そう持ち掛けた魅國の提案にティガーが疑問を呈した。

 猛虎と百華は、今や互いに顔を見ただけで口喧嘩程度の諍いは当然というレベルの仲だ。そんな彼女達に協力させる方法や、その意義について問いかけるティガーに魅國は苦笑を返す。


『アンタの考えとることは分かるで? 「そこまで面倒見れるかい」ってな。けどな、ウチらが抜けた後の猛虎と百華がどうなるか、考えた事あるか?』

『アホ、ウチかてなんも考えとらん訳とちゃうわ。そもそもアイツらの暴走の理由は、ウチらがアイツ等の頭張っとって、妙な自信がついとるからや。せやからウチらがどっちからも居らんくなれば、アイツらも大人しくなるやろ。もともとそう言う話やったやないか』


 自分達がクランを抜ければそれで問題の殆どは解消される……そんなティガーの考えに魅國も一定の理解は示すが、しかし彼女はもう一歩踏み込んだ。


『確かにウチらが虎華呼居として活動を始めれば、関西クランのパワーバランスは大きく変わる。ただでさえ立場が危うくなっとる猛虎と百華にとっては、まさに致命的や。アイツらも互いに争っとる場合やないと気付くかもしれん。けどな……その場合、アイツらがどんな動きをするか分かるか?』

『……あぁ、そう言う事かいな』


 魅國の真剣な眼差しに、彼女の意図を察するティガー。

 最近はクランの確執で敵対する事も多かったが、元々が幼馴染なのだ。互いの考えそうなことはなんとなく分かっている。

 魅國もティガーに自身の考えが伝わった事を理解しつつ、改めてその理由を口にした。


『そうや。アイツらが何をするか、ウチらには分からん。そして虎華呼居になったウチらは、アイツらの動きを知る術もなくなる……ストッパーが居らんくなるんや』

『それは……確かに面倒な話やなぁ……』


 人間、追い詰められたら何をするか分からない。

 特に金銭に困った者が強盗に走るなんて例は事欠かない。

 勿論それは猛虎と百華に限った話ではないが、ことダイバーとなれば大事になりやすい。

 ダイバーとなった人間は、探索活動を開始して一月も経てば非ダイバーと比べ物にならない超人的な身体能力を獲得する。

 地上では腕輪の機能が制限されるとはいえ、彼等が犯罪に手を染めればその膂力だけで十分な脅威となるのだ。

 一応ダイバーが犯罪を犯した場合に刑が重くなりやすい等、その為の法整備もされてはいるが、それでも犯罪に走る者がいない訳ではない。

 まして猛虎と百華は、規模だけで言えば関西で一、二を争う巨大クラン。その人数が一斉に追い詰められれば、その中から犯罪に手を染める者が出る可能性が無いとは決して言えないだろう。


『血の気多い奴も居るからなぁ……ダイバーの稼ぎが少ななったら、っちゅう訳か……』

『クランの中にはウチらの元・クラスメートも居る。知り合いから犯罪者なんて、出しとぉないやろ?』

『……まぁ、お前の意図は分かったけどなぁ。その問題はアイツらを協力させて解決するもんなんか?』

『全部が全部解決する訳やない。けど、一度でも猛虎と百華が協力する事を覚えれば、変わるもんがある。──追い詰められた時、()()()()()()()()()()()()()んや』



(──ホンマ、最後の最後まで世話焼かせる奴らやなァ!)

(少しは手加減したれよ? 『協力しても効果ない』って思われたら、この状況に持って来た苦労も水の泡やで?)

(分かっとるわ! せやからまだ組手が続いとるんやろがい!)


 【誇華虎意】で共有した精神を介して、思考で会話しながら猛虎と百華を蹴散らしていく。

 蹴散らす言うても、防御に構えられた武器や盾に対する攻撃で吹っ飛ばす程度に留めなあかんのがものっそい面倒やな……


(流石に隙丸出しの奴は紙風船割らんと怪しまれるから、コイツのは割るで!?)

(それは仕方ないわ。そもそも未熟過ぎる奴も混じっとるからなぁ)


「──隙だらけや!」

「ひぃっ……!?」


 ウチの攻撃を防ごうと構えられた三節棍を訓練用のショートソードで断ち切り、返しの刀でネックレスの様に胸元に揺れる紙風船を割る。

 【虎華誇為】【誇華虎意】を発動してから、これで『死人』扱いになった猛虎・百華のメンバーは十七人目。

 焦りながらも止む無く協力していた連中の中にも、次第にまともに連携が取れる者が出始める。


(……いや、当たり前やな。虎華呼居の頃から居った奴は、前にも協力しとった経験があるんやからな)

(その感覚を思い出しただけで良しとしようやないの。……ちゃんと手加減するんやで?)

(何度も言わんでも分かっとるっちゅうねん!)


 【虎華誇為】【誇華虎意】の状態になって更に開いた実力差は、ようやく思い出した程度の連携程度で縮まるようなもんやない。

 けど、折角の連携を一撃で返り討ちなんてしたら、それこそ『コイツと組んだからだ』なんて考えかねんのが今のこいつらや。圧倒しつつも程よく戦いを演出せんとあかん。


「皆、今は普段の事忘れて協力するんや!」

「戦えとる! ウチらもやれるで!」


(やれるかァ! あんま舐めとったら、いてこますぞボケェ!!)


 一応全部計画通りに進んどるのに、何かめっちゃ腹立つわ。こっちがどんだけ気ィ遣っとるか、分かっとるんかこいつら。……いや、分かられたら失敗なんやけど。

 これ配信しとったらウチのイメージガタ落ちやで、ホンマ。


(どうどう。魔法の攻撃は全部ウチが防いだるから、そっちは任せたで)

(あぁ、もう! なんかそっちの方が楽なんとちゃうか!?)


 その後数分間、ウチらは思いっきり手加減しながら未熟者どもの未熟な連携を鍛え続けた。

 ……向こうに鍛えられとるっちゅう自覚は無いやろけどな。







「──ウチらの負けです……流石に、お二人には届きませんでした」


 最後に残った猛虎のダイバーの紙風船が割られた破裂音が、組手の決着を告げた。

 散々実力の差を見せつけたからか相手も大人しく敗北を認め、武器を降ろす。


「ふぅ……当たり前や。そう簡単にこのティガーが負けて堪るかい」

「あはは……それもそうですね。でも……ティガーさんと最後に戦えて、良い経験になりました」


 負けはしたものの、この言葉に嘘は無いんやろな。

 ここ最近で一番スッキリした顔しとるわ。


(その分、こっちは手加減でゴッツ疲れたけどなァ!!)

(どうどう。その感情、表に出したらあかんよ~)


 なんや魅國と繋がっとるからか、外面取り繕うんも上手くなっとる気がするな……ちょい複雑な気分や。

 ……まぁ、疲れただけの甲斐はあったか。


「やっぱ勝てんかぁ……」

「魅國はんと()()()()が組んだんや。付け焼刃で届く相手やないんは分かるやろ」

「……! せやな、ティガーさんの弱点の魔法も()()がカバーしとったし、隙が無かったわ」


 一足先に『死人』扱いとなり声援を送っとった連中の声に耳をすませば、今回の組手に意義があったんは明白やった。

 ウチの事を『ケダモノ』と呼んどった百華も、魅國の事を『放火魔』と呼んどった猛虎も発言を改め、両クラン間にあった蟠りは少なくなっとる。

 中にはウチらがクランから抜ける事実を嘆いて涙流しとる奴も居るが、そこもお互いに慰め合っとるようやし……まぁ、ウチらがいなくなっても何とかやっていけそうや。


「──さて、組手も決着したところで……ウチらが勝った時の条件、覚えとるやろな?」

「はい、勿論です。何なりと命令してください」


 今回の組手でウチが勝った場合の約束は、『参加した猛虎全員、ウチの命令聞いて貰う』。

 この内容は魅國の方も同じで、これでウチらは猛虎と百華にこの場で命令を下せる権利を持った訳や。

 それを思い出した猛虎と百華がウチらの前にぞろぞろと集まって来て、大人しくこっちの言葉を待つ姿勢を取った。

 ここで文句を言わんのは、せめてものプライドって奴やろな。


(……このプライドをまともに使ってればなぁ)

(過ぎた事や。だからこそ、()()()()()()んやろ)


 そう。この命令の内容も、既にウチらで相談して決めとった。


「……ほな、命令するで。お前らには──」







「──うげ、アレって『猛虎』か?」

「『百華』の方かも。この近く白樹の森あったしなぁ……」


 組手の翌日。

 下層を探索していたダイバーが、目の前から歩いて来る数人のダイバーの集団に顔を顰める。

 『絡まれる前にこの場を離れよう』と目で互いに合図する彼等に、ダイバーの集団が声をかけて来た。


「あ、そこのダイバーさん! ここ最近、お騒がせしてすみませんでした!」

「……え?」


 そう言って頭を下げる集団に、一瞬呆気にとられるダイバー。

 しかし、彼の相方のダイバーは何かに気付いたようで、彼等の装備の一部を指差して彼にその違和感を小声で伝えた。


「なんか変だと思ったら、こいつら猛虎と百華のダイバーが混ざってるんだよ。ホラ、あれは猛虎のシンボルで、あっちは百華のシンボルだろ?」

「! 確かに……仲直りしたって事か……?」

「いや、それは知らんけど……」


 虎をモチーフにしたシンボルと、咲き乱れる花々を象ったシンボル。

 それが同居して何も起きていない時点で、彼女達の間に何か変化があったのは明白だ。その事実に少し警戒を解いた男性ダイバーは、改めて彼女達に事情を尋ねた。


「えっと……声をかけて来たのは、その謝罪の為か? なら俺達はこの先に──」

「あぁ、白樹ですね? それならちょっと待ってくれます?」


 その言葉に『なんだ、結局採取は止められるのか』とげんなりする男性ダイバーだったが、そんな彼の目の前で猛虎と百華は腕輪に指を添えてアイテムを取り出した。


「白樹でしたら、こちらをお使いください。これまでウチらが迷惑かけたお詫びに、現在ウチらが採取していた白樹を配り歩いているところなんです」

「……えぇ?」


 そう言って手渡される白樹。

 一瞬偽物を掴まされてないか訝しんだ彼だったが、相方のダイバーが何かを思い出したように手を打った。


「──あぁ! ティガーさんと魅國さんがSNSで発表してたアレか!」

「アレ? アレってなんだ?」

「お前見てなかったのか。昨日の夜、二人がクラン『虎華呼居』の再結成と一緒に発表してたんだよ」


 そう言ってスマホの画面を見せる相方。

 表示されたSNSの投稿にはこう書かれていた。


『ここ最近の猛虎・百華の起こした問題に関しては、既にウチと魅國で手を打ちました。猛虎と百華にはしっかり反省させている途中ですので、彼女達に会ったら話を聞いたって下さい。』

『P.S. もし、未だに渋谷ダンジョンで問題を起こしている猛虎・百華を見かけたら、ウチか魅國に伝えてください。改めてしばきます』


「あぁ……そう言う事か……」


 内心で『しばかれたんだな』と納得し、そう言う事ならと必要分の白樹を受けとるダイバーの二人組。

 そのまま何事もなく彼等と分かれた猛虎・百華のダイバーは、先程のやり取りに先日ティガー達に言い渡された命令を振り返っていた。


『──先ず、ここ最近の騒動の謝罪・反省・補填は絶対や。SNSで謝罪と白樹の独占の撤回をして、今まで貯めた分の白樹は謝罪と共に無償で配り回れ。それが終わるまでは帰んな。そして、せめて今後こっちに居る間くらいは猛虎・百華の間で揉め事起こすなよ』

『あぁ……でも、白樹は自分達の装備をWD製にする分くらいは残してもええよ? 戦力強化まで禁止したら、流石にかわいそうやしなぁ』

『……まぁ、後はそうやな。お前らはそろそろ自分達で戦う力を付けろ。この下層は丁度鍛えるのにもええ環境や。最近関西で危ななっとるクランの立場を何とかしたいんやったら、ここで鍛えて自分達で何とかするんや。もうウチらを頼るんやないで』

『百華もや。ウチとティガーはもう虎華呼居になる。ウチらが関西に戻ったら、競合相手になるんやからな』


 その後、組手の中で一番動きがマシだった者をそれぞれクランリーダーの後継として指名し、ティガーと魅國は腕輪の機能で帰還した。

 そんな二人の元・クランリーダーを、猛虎のクランリーダーを任された女性ダイバーは内心で優しすぎると考える。

 彼女は以前の虎華呼居が分裂する切っ掛けとなった騒動で、【虎華誇為】によって暴走するティガーの姿を近くで見ていた。

 だから組手の途中で既に気付いていたのだ。ティガーが思いっきり手加減をしていた事に。

 ……そして、その目的も何となく感じとっていた。

 だからこそ彼女は自らの過去を反省する。


(ずっと自信が持てなくて、話し合いでも強く出れんかったけど……ティガーさんから任された、最後の頼みや。ティガーさんみたいにはなれんくても、クランリーダーとして皆を纏められるようになろう!)


「──ん? あの土煙……っ、リーダー! 向こうからランページブルの群れや!」

「! 群れは小規模……皆さん、迎撃の準備を! 百華の魔導士さんはウチの合図で【プラズマ・レイ】を! 先頭のランページブルを怯ませて下さい! ふらついて勢いを削いだら、ウチら猛虎が前衛張ります!」

「了解や。任せとき、琥珀(こはく)はん」


 渋谷に来る時の新幹線で、勢いに押されて意見を飲み込んだ気弱なダイバー『琥珀』はもう居ない。

 彼女は今、任された群れを率いるリーダー『琥珀』としての一歩を踏み出していた。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 まぁなんやかんやで『雨降って地固まる』って事になった…で良いんでしょうかね? メンバーの中にはもしかしたら一人二人は「やっぱ自分はアカンわ」と心折れた人もいるかもしれないですが、…
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