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第267話 実力検査に備えて

「ただいまー」

「あら、おかえり斗真。紫織ちゃん、今集中してるからちょっと静かにしててね~」

「ん、分かった」


 帰宅の挨拶を済ませた俺は、口元に人差し指を添えるおふくろの言葉に、リビングで瞑想をする一人の女性にチラリと視線を向ける。

 床に敷いたカーペットの上で座禅を組み、時が止まったように静止している彼女──紫織(ヴィオレット)の姿は、窓の外から見られる可能性を考えてか二十歳程の人間の女性の姿になっている。

 前にL.E.O.で新しい防具の発注を済ませた日の帰宅後、新しい魔法を開発すると目標を立ててから、彼女は度々こうして数時間程瞑想するようになった。

 どうやら新しい魔法の構築の為、イメージを固めているところなのだそうだが……


「こら斗真。あんまり人をじろじろ見るもんじゃないわよ?」

「ん? ああ、分かってるって」

「それとも……こういう女性がタイプなのかしら?」

「違……ッ! ──そうじゃなくて、魔法の完成が間に合うのかって思ってな……」


 紫織はオリジナルの魔法の開発が成功するかどうかは、適性や閃きによるところも大きいと言っていた。

 魔都攻略開始までに間に合うかどうか……それによって随分攻略の難易度は変わって来るだろう。


「──大丈夫ですよ。イメージの構築自体は順調ですから」

「! 紫織、起きてたのか」

「いや、元々寝てる訳じゃないので、普通に声は聞こえてましたよ……斗真ってこういう女性がタイプなんですか?」


 そう言って、ニヤニヤと笑みを浮かべながらポーズを決める紫織。

 こういう冗談を交わせる程度に回復したのは素直に喜ばしいが、今はおふくろの目もあるからやめて欲しいところだ。


「からかうなよ……それより、──【ストレージ】。ホラ、買って来たぞ」

「あっ、ありがとうございます。助かりました──【ストレージ】」


 俺が近所のダイバー専門店にて買って来た物──訓練用のショートソード数本を受けとると、紫織は感謝の言葉と共にそれを受けとり、自身の腕輪に収納する。

 数日後の実力検査でダイバーと組手をする際、万が一にも相手に致命的な怪我を負わせない為の武器だ。

 相手も実力が高いダイバーが多くなる為、破損の可能性を考慮して少し多めに買って来た。

 変身魔法で姿を変えられるので自分で買いに行くと紫織は言っていたのだが、まだ街中でも『オーマ=ヴィオレット』に対する噂は時折耳にする。

 今は魔法のイメージに集中して貰う為にもと、俺が自ら買って出た役割だった。それと──


「ところで、兄さん。ちゃんと自分の分も買って来ましたか?」

「ああ、──【ストレージ】」


 紫織の確認に対する答えとして、腕輪から訓練用のロングソードを取り出して見せると、紫織は満足気に頷いた。


「確かに。……ちゃんと身体は慣らしておいてくださいね? 私と最初に戦うのは、貴方なんですから」

「分かってるよ。俺だってもうソロで渋谷の下層を潜れるダイバーなんだ。みっともない姿は見せないさ」


 オーマ=ヴィオレットの魔都攻略に同行するかの適性検査。そのデモンストレーションとして、まずは俺がオーマ=ヴィオレットと組手を行う事になっている。

 その後のダイバー達の意気込みにも関わる、重要な役割と言えた。


「斗真と紫織ちゃんが戦うって、心配だわ……」

「あくまで組手ですから大丈夫ですよ。ちゃんと寸止めもしますし、いざとなれば私が魔法で回復しますから」

「ダンジョンに潜ってる時点で命がけだし、むしろ回復魔法が使える紫織がいる分、普通の探索よりは安全だよ。おふくろも元ダイバーなんだから分かるだろ?」

「そうなんだけどね……」


 頭では分かっていても、感情は……という奴なのだろう。

 紫織の事も自分の娘の様に思っているおふくろとしては、心配せずにはいられないようだ。


「それよりも……その、母さん。キッチンの方は大丈夫ですか?」

「──あっ、いけない! 煮込みの途中だったわ!」

「いや、忘れんなよ。危ないな……」


 紫織の指摘で思い出したのか、ぱたぱたと慌ててキッチンへ向かうおふくろ。

 ……どうやら何事もなかったようで安心だ。

 キッチンの方を確認してボヤ騒ぎが起こってない事を確認した俺は、外した腕輪をテーブルに置き、スマホに充電ケーブルを繋ぎ──そこでふと思い出した。


「そう言えば、下層の例の騒動は解決したっぽいぞ」

「下層の……と言うと、確かティガーさんと魅國さんのクランが喧嘩して色々やってたってアレですか?」

「ああ、その二人が直々に動いて反省させたらしい。今じゃ猛虎と百華は逆に一緒に組んで探索してるんだと。ついでにティガーと魅國はクランを抜けて、二人で虎華呼居の再結成をしたんだと」

「え、えぇ……? 色々あり過ぎて、ちょっと気になりますね。配信のアーカイブでも見てみましょうか」

「いや、配信外で色々解決したらしくて、詳しい事は分からないんだ。パッシブマッシブの投稿では変化のあった前日に猛虎が下層に集まってたらしいから、そこで何かやったんじゃないかって言われてる」


 そう説明すると、紫織は更に気になってしまったようで、SNSで情報を漁り始めた。

 少し前まで『魔族バレ』の一件での炎上が酷くてSNSを絶っていた反動からか、ここ最近の紫織は情報に貪欲だ。

 今でもあの一件に言及してヴィオレットを炎上させようとする投稿もあるにはあるが、紫織が配信で自ら諸々の事情を明かした事もあって、そう言う投稿は完全に孤立している。

 あの配信以降そういった悪意にも強くなった今の紫織なら、もうその程度の投稿で傷つく事も無いだろうと安心できた。


「……本当に情報が無いですね。そこまでして隠す必要があったのでしょうか?」

「まぁ、今は『元』がつくとは言え、わざわざ身内の不祥事を喧伝する意味も無いしな。こんなもんじゃないか?」

「むぅ……」


 俺がそう宥めてもなお、好奇心に突き動かされるようにSNSをしかめっ面で見る紫織の姿に、思わず『ふっ』と笑みが漏れた。


「そんなに気になるなら、三日後の実力検査で本人に聞いたらどうだ? 確か二人とも、初日に参加してくれるんだろ?」

「……そうですね。少なくとも、そうした方が間違った情報は掴まされませんし」

「他に誰が居るんだっけ? 初日のメンバーは」


 前回の大型コラボ同様、応募してくるダイバーの数は非常に多かった為、今回は両親も一緒に参加メンバーの選別を手伝ったが、日程に関しては紫織に一任している。

 だから参加する俺も、当日のメンバーを完全に把握している訳じゃないんだよな……


「えぇ、ティガーさんと魅國さんは初日のメンバーですね。お二人とも『同じ日に検査をして欲しい』と要望があったので、丁度良かったです」


 そう言って、次々に参加メンバーの名を並べていく紫織だったが……そのメンバーがまたとんでもなかった。


「クリムに春葉アト、百合原さんにKatsu-首領-……お前、このメンバーを一日で相手するのか……?」


 挙げられた名前は、どれもトップダイバー級の実力者。ティガーと魅國もここに並ぶ事を考えると、紫織の負担は相応に重くなると思うのだが……


「何も全員一度に相手する訳じゃありませんし、疲労が溜まったら休憩も挟みます。レベルアップで能力が落ちてきているとはいえ、魔族の回復能力があれば問題ないですよ」

「そうなのか……? ──って言うか、これだけのダイバーが集まる中で、デモンストレーションするのか俺……!?」

「ふふっ、なさけない姿は見せられませんね。兄さん」

「……ちょっと、近所のダンジョン行って来るわ」


 ここ最近は本格的な探索もしてなかったし、せめて身体は慣らしておこう。

 下手な戦い見せたら今度は俺がプチ炎上しそうだ……

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