第248話 集う思惑
メリークリスマス!(イヴだけど)
鋭い爪と二振りのハルバートの穂先が奏でる剣戟の音が、洞窟に絶え間なく反響する。
雷纏うハルバートの穂先が、同じく雷を纏ったチヨの爪とぶつかる度にスパークし、無数の火花が空中に生み出される。
そして生まれた火花は、風纏うハルバートの穂先とチヨの爪の衝突が生み出す複雑な風に煽られて宙を踊り、二人だけの空間を彩っていた。
「──良い? 貴女は今、私の奇襲から仲間を身を挺して守り、ダイバー達を殺そうとする私から彼女達を逃がした……そう言う設定ね」
「うん、分かってるよ」
しかし激闘を繰り広げる二人──チヨと春葉アトの間に敵意は無く、刃や爪と共に小声で言葉を交わしていた。
そう。これは真剣勝負ではなく、ただのフェイク。今もなお接近してくる悪魔のリーダーに向けた、ブラフの為の即興劇。しかし──
「……今はこんな殺陣で済ませられるけど、アイツが来たらそうはいかない。──それでも、続ける?」
今のような児戯を直接悪魔のリーダーに見られれば、こんな演技は一瞬で見破られてしまう。
ゆえに悪魔のリーダーがここに到着した場合、チヨは振る舞いはどうあれ本気で春葉アトを殺しにかからなければならない。
『今なら撤退した事にするという選択も出来る』──そう問いかけるチヨ。彼女の見立てでは、本気のチヨに春葉アトは敵わない。
命のリスクを背負って得られるリターンは、悪魔のリーダーの容姿を確認できるだけ……そんな割に合わない賭けに、最後まで付き合うのか。
その確認に対する春葉アトの答えは……
「勿論。私もね、無策で貴女に付き合った訳じゃない。逃げるまでの時間を、本気の貴女から捻り出すくらいは出来るつもりだよ」
「! ふふ、それはちょっと楽しみだ……──死なないでね、春葉アト」
「──ッ! ──【聖痕/スティグマ】!」
その瞬間、チヨの動きが変わる。
ハルバートにかかる一撃毎の重みが、一気に数倍になったかのように感じる程の急激な変化があった。
チヨの爪が風を纏い、空中を引掻くように動かされれば、無数の風の刃が春葉アトに向けて放たれる。激しくスパークする爪を束ねた抜き手は、まさに落雷の如き速度と威力でもって振るわれる。
……いずれも必殺たりうる一撃だ。
チヨがそれを使い始めた理由はただ一つ。
(──リーダーらしき魔力が、もうこんなにも近く……っ!)
既に悪魔のリーダーが、ブラフが効かない程近くに来ているからだ。
チヨが調整してくれたのだろう、春葉アトは接近したリーダーの姿を見やすい位置にいた。すなわち、魔都に抜ける洞窟の出口を視野に収められる立ち位置だ。
チヨの猛攻を【聖痕/スティグマ】の効果で引き上げられた身体能力も活かし、ハルバート二刀流等という曲芸のような大立ち回りで捌き切った春葉アトの目に、やがてその姿が映り込んだ。
「ッ!」
魔都を背に一対の翼を広げて浮かび上がるその姿。
桁違いの魔力を放つ悪魔のリーダーを目撃した春葉アトは、一瞬我が目を疑った。
(似てる……っ! いや、似てるなんてもんじゃない! いったいこれは──!?)
『オーマ=ヴィオレット』……現在ダイバー活動を休止している友人の姿が、悪魔のリーダーと重なる。
いや、正確には彼女が活動を休止する切っ掛けとなった姿が──悪魔となった彼女の姿が、まさに目の前に現れた悪魔のリーダーと瓜二つだったのだ。
しかし彼女が口を開いた瞬間、重なった友人のビジョンは一瞬でかき消された。
「──何を手間取っているの? チヨ。貴女らしくないわよ」
「ゴメン、ゴメン! ちょっと楽しくなっちゃってさ~! 直ぐに仕留めるから怒んないでよ」
彼女の声質もまた、ヴィオレットと似ていた。
しかし、その声色はあまりにも冷たく……そして空虚だった。
(違う……! あの子は姿が変わっても、あんな目はしない……!)
彼女の眼は二人を見ているようで見ていない。
彼女にとって敵である春葉アトの事は勿論、仲間である筈のチヨでさえ、心の底では何とも思っていないのだ。春葉アトは、類まれなる直感によってその事を理解した。
それが彼女の友人であるオーマ=ヴィオレットと、あまりにもかけ離れて映ったのだ。
彼女の眼にはいつだって好奇心があった。
それはダンジョンという未知に溢れた場所ではもちろん、地上でも変わらない。
彼女が──オーマ=ヴィオレットがダイバーとしてデビューして、もうすぐ一年が経つ。同じダンジョンを攻略する二人は必然、比較的近所に住んでおり、街でばったり遭遇する事もそれなりにあったのだが……その度に彼女は色々な物に好奇心の視線を向けていた。
渋谷の高層ビルに掲げられた無数の看板やCMを流す大型モニター、時にはたまたま通りすがったパン屋の香りに惹かれてふらふらと立ち寄る姿も見かけた。
彼女は平凡な日常にすら感動を覚える程、好奇心に満ちている。その好奇心が、目の前の悪魔からは感じられなかったのだ。
だからこそ──彼女がオーマ=ヴィオレットと瓜二つだからこそ、春葉アトは心の底から思った。
(──私は、コイツが嫌いだ)
それはある種の拒絶反応だった。
彼女が友人と似ているからこそ許せない。友人と似た顔で、真逆の振る舞いをする彼女を受け入れられない。
端的に言ってしまえば、それは極端な解釈不一致による不快感でしかないのだが、この時点で春葉アトにとっての悪魔のリーダーの印象は決定した。
「──アンタが悪魔のボス?」
「……」
「あたしね、アンタとそっくりな友達がいるんだけどさ……なんでかな。アンタの事は好きになれる気がしないや」
チヨの攻撃をギリギリで防ぎながらも、そんな様子を感じさせない表情で悪魔のリーダーへと言葉を投げかける春葉アト。
『コイツに弱いところは見せたくない』──皮肉なことに、オーマ=ヴィオレットと逆の感情から、彼女に向けた決意と同じことを思った春葉アトの意地がそうさせた。
その強がりを煩わしく感じたのか、悪魔のリーダーがチヨに命じた。
「チヨ。──そいつを殺しなさい」
「はいはい!」
内心『何で挑発するのこの子!?』と思いながら、チヨが仕方なく両手に雷を纏わせた連続突きを放つ。
雷の魔力は同質の魔力を持つ武器以外で防げば、感電して動きが止まってしまう。春葉アトは雷の魔力を纏うハルバートを持ってはいるが、それは一振りだけ……チヨの連撃を防ぎ続けるのは精々数秒程度だろう。
チヨは春葉アトに視線を送る。それはチヨからの合図だった。
『ここが限界。これ以上は引き延ばせない』。
これ以上は本気の必殺技──【奈落の腕】を使うしかなくなるという合図だった。
「これで、とどめ!!」
チヨの右腕がスパークし、落雷もかくやと言う轟音と共に春葉アトの心臓を狙って突き出される。
しかし、春葉アトはまるでそれを予期していたように──
「──【ウェポン・ガード】!」
「あっ」
チヨの抜き手が雷のハルバートに防がれる。
その瞬間、春葉アトの持つ無数のスキルが共鳴し、チヨの魔力を上乗せした雷が反射されてチヨ自身を貫いた。
そして、その閃光はチヨの数メートル背後に居た悪魔のリーダーへと迫ったが……
「──ふん」
彼女は二人分の魔力が込められた雷を、雷を纏わせた尻尾の一振りで相殺してしまった。
まるで周囲を飛び回るコバエを叩き落としたかのようなため息をつき、彼女が視線を向けた時には──
「──逃げられたか。全く……失態ね、チヨ。楽しみ過ぎよ」
「あ、あっはっは~……すみません。でも、街には入れなかったんだから仕事はしましたよね?」
「……まぁ、良いわ。中々良い物も見れたしね」
「──良い物?」
「こっちの話よ。貴女が気にする事じゃないわ」
そう言って、何事もなかったように魔都の方へと飛び去って行く悪魔のリーダー。
その背中を目で追いながら、チヨは人知れず拳を握り込む。
(さっきの雷で何の痛痒も無しか。やっぱり、私だけじゃアイツを倒せない……!)
一人では決して勝てない相手である事を再確認し、無力感に歯を食いしばるチヨ。
そんな彼女を振り返り、悪魔のリーダーは一方的に告げた。
「──あぁ、そうだ。貴女の配置を変えるわ。下層……じゃなくて、ファームの巡回はもう必要ないから、貴女も街の警護に就きなさい」
「っ! は、は~い!」
握った拳をさりげなく隠しながら、被り慣れた笑顔の仮面でそう答えるチヨ。
内心で一瞬バレたかと警戒したチヨだったが、再び魔都の奥へと飛び去って行く悪魔のリーダーに杞憂だったかと胸をなでおろす。
──そして、にやりと口端を上げた。
(これは思わぬ僥倖だ。魔都の中の警護であれば──あの方に近付ける……!)
いくつもの思惑が、魔都に集結しつつあった。




