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システムエラーと大根

セレスティアとの同居生活が始まって、一週間が経った。


 俺の予想に反して、彼女は音を上げなかった。

 朝は俺より早く起き、かまどに火を入れ、不格好なスープを作る。

 昼は泥だらけになって畑の草を抜き、夜は俺の泥だらけの服を川で洗う。


 純白だったドレスは、すっかり土色に染まっていた。

 白魚のようだった手にはマメができ、爪の間には黒い土が入り込んでいる。

 だが、彼女は不満一つこぼさなかった。

 むしろ、マメができるたびに「アレン様と同じ手ができましたわ!」と歓喜の声を上げる始末だ。


「……お前、本当に王女なのか?」


 ある日の昼下がり。

 畑の畝に座って休憩しながら、俺は尋ねた。


「はい。一応、ルシフェル王国の第一王位継承権を持っております」

「そんな奴が、なんでこんな辺境の村で大根の葉っぱをむしってるんだ」


 セレスティアは、大根の葉についた青虫を丁寧に取り除きながら、ふふっと笑った。


「王宮での生活は、息が詰まるのです。誰もが私を『最強の魔術師』『完璧な王女』としてしか見ない。私の内側にある、本当の私を見てくれる人は、誰もいませんでした」

「……」

「でも、アレン様は違いました」


 彼女は、泥だらけの手で胸を押さえた。


「アレン様は、私を『ただの邪魔な女』として扱ってくださる。私の身分も、力も、美貌も、アレン様の前では何の意味も持たない。それが、どれほど心地よいことか……」


 重症だ。

 自分をぞんざいに扱う人間に惹かれるなど、まともな精神状態じゃない。


『マスター。対象個体セレスティアの精神構造を分析しました。彼女は幼少期から「完璧であること」を強要され続けた結果、自己肯定感が著しく歪んでいます。無価値な自分を受け入れてくれる(ように見える)あなたに、依存している状態です』


 脳内でナビが解説を入れる。

 なるほど。つまり、俺が彼女を冷たくあしらえばあしらうほど、彼女は「素の自分を許容されている」と勘違いして、さらに依存を深めるわけか。


「……めんどくせえ」

『……同感です、マスター。対象個体セレスティアは、システム上でもひどく目障りな……失礼、イレギュラーな存在です。彼女の魔力出力は、マスターの「特異点」としての力と共鳴し、予測不能なバグを引き起こす可能性があります』

「バグ?」

『はい。例えば——』


 ナビが言葉を言い終わる前に。

 セレスティアが、突然立ち上がった。


「アレン様! あの大根、見てください!」


 彼女が指差した先。

 畑の隅に植えていた大根が、異様な光を放っていた。

 青白い、魔力の光。

 そして次の瞬間、大根はズボッと自ら土から抜け出し、二股に分かれた根を足のように使って、畑の中を走り出した。


「は?」


 俺は目を疑った。

 大根が。走っている。


「アレン様の大根が、命を宿しましたわ! なんて素晴らしい奇跡!」

「奇跡じゃねえ! 捕まえろ!」


 俺は慌てて立ち上がり、走り出した大根を追いかけた。

 セレスティアも「待ちなさい、愛しき大根!」と叫びながら追いかける。


『マスター。これがバグの一例です。対象個体セレスティアの無意識の魔力放出が、マスターの特異点としての空間書き換え能力と干渉し、植物に一時的な疑似生命を与えました』

「解説はいい! どうやったら止まるんだ!」

『物理的に破壊するか、魔力が尽きるのを待つしかありません』


 大根は、驚くべきスピードで村の広場へ向かって走っていく。

 広場では、村の女たちが井戸端会議をしていた。


「キャアアアアッ!?」

「な、なんだいこの化け物は!」


 走る大根を見て、女たちが悲鳴を上げる。

 大根は女たちの間をすり抜け、ドノバン爺さんの畑へ突撃しようとした。


「させねえよ!」


 俺は、手に持っていた鍬を投げつけた。

 鍬は空中で回転し、大根の胴体に命中した。

 グシャッ、という音と共に、大根は真っ二つに割れ、青白い光を失って地面に転がった。


「……はあ、はあ」


 俺は息を切らしながら、割れた大根に歩み寄った。

 ただの大根に戻っている。


「アレン様!」


 遅れて追いついてきたセレスティアが、割れた大根を見て涙ぐんだ。


「ああ、なんて可哀想な大根……。でも、アレン様の手で終わらせてもらえたのだから、本望でしょう」

「お前のせいだろ」


 俺は、割れた大根を拾い上げた。

 今日の夕飯は、大根の煮物に決定だ。


「おい、ナビ」

『はい、マスター』

「こういうバグは、頻繁に起きるのか?」

『対象個体セレスティアの感情が昂ぶった際に、発生確率が上昇します。……不愉快ですね。彼女の精神を安定させることが、バグを防ぐ最善の策ですが、推奨はしません。マスターが彼女に優しくする義理などありませんから』


 精神を安定させる。

 つまり、俺が彼女に優しく接すればいいということか。

 だが、それは俺の信条に反する。俺は誰にも優しくしない。誰からの愛も受け取らない。


「……知るか」


 俺は、大根をセレスティアに押し付けた。


「今日の夕飯はこれだ。泥を落として、よく煮込め。硬かったら承知しねえぞ」

「はいっ! アレン様のご期待に添えるよう、身を粉にして煮込みますわ!」


 セレスティアは、大根を胸に抱きしめ、幸せそうに微笑んだ。

 その笑顔を見ると、俺の胸の奥で、何かがチクリと痛む。

 孤児院で忘れてきたはずの、厄介な感情。


 俺は、その痛みを無視して、再び畑へと戻った。

 泥と鍬。

 それだけが、俺の真実だ。

 それ以外は、全てエラーに過ぎない。

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