表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/33

完璧な秩序と不完全な泥

ヴィクトリアの放つ緑色の刃が、嵐のように俺に襲いかかる。

 その一つ一つが、システムが計算し尽くした「必殺の軌道」を描いていた。

 だが、俺の鍬は、その全てを泥臭く、力任せに弾き落としていく。


『……エラー。攻撃の命中率0%。特異点の回避パターンが計算限界を超過しています』


 ヴィクトリアの口から、ナビの無機質な声が漏れる。

 彼女の表情には焦りも怒りもない。ただ、計算が合わないことへの「処理落ち」が起きているだけだ。


「計算限界? 当然だろ。俺の動きは、明日の天気と同じくらい気まぐれなんだよ」


 俺は、刃の雨を掻き分け、ヴィクトリアの懐へと飛び込んだ。

 渾身の力で鍬を横薙ぎに振るう。


 ガァァァン!!


 鍬の刃が、ヴィクトリアの体を守る半透明のシールドに激突した。

 シールドは激しく明滅し、亀裂が走るが、完全には砕けない。


『……絶対防壁、損傷率40%。修復プロセスを並行実行』

「チッ、硬えな」


 俺が舌打ちした瞬間、ヴィクトリアの周囲の空間が歪み、無数の「茨」が出現した。

 かつて彼女が使っていた「深淵の茨」ではない。純粋なデータで構成された、触れたものを即座に分解する「消去の茨」だ。


「アレン様、下がって!」


 背後からセレスティアの叫び声が聞こえた。

 俺は反射的に後方に跳躍する。

 直後、俺が立っていた場所を消去の茨が薙ぎ払い、床のテクスチャが完全に消失して「虚無」の黒い穴が開いた。


『……対象との距離を確保。広域消去プログラムを起動します』


 ヴィクトリアが両手を広げると、王宮の回廊全体が緑色の光に包まれた。

 壁、床、天井。あらゆる方向から、消去の茨が津波のように押し寄せてくる。

 逃げ場はない。


「……アレン様!」


 セレスティアが、俺の前に飛び出してきた。

 彼女は両手を広げ、迫り来る茨の津波の前に立ち塞がった。


「馬鹿野郎、お前は魔法が使えねえんだぞ! 下がってろ!」

「使えなくても、私には……アレン様にもらった『命』があります!」


 セレスティアの胸元で、あの「青いリボン」が激しく発光し始めた。

 それは、システムの一部だった彼女が、最後に残した「愛のバグ」。

 リボンから溢れ出した青白い光が、ドーム状の結界となって俺たちを包み込む。


 ズザァァァァァァッ!!


 消去の茨が結界に激突し、激しい火花とノイズを散らす。

 茨は結界を削り取ろうとするが、青白い光はそれを必死に弾き返していた。


『……未確認の防壁プログラムを検知。論理構造が不明。……なぜ、消去の力が通じないのですか』

「……お姉様。これが『愛』です」


 セレスティアは、結界を維持しながら、ヴィクトリアに向かって叫んだ。


「計算も、効率も、秩序もない。ただ、誰かを守りたいというだけの、不完全で身勝手な感情。……お姉様が一番嫌っていた、ノイズです!」

『……ノイズ。はい、それはノイズです。排除すべき、世界のバグです』


 ヴィクトリアの赤い瞳が、さらに強く発光する。

 茨の津波の圧力が増し、セレスティアの結界に亀裂が入り始めた。


「くっ……アレン様、私の結界は、長くは持ちません……」

「十分だ。お前はよくやった」


 俺は、セレスティアの肩に手を置き、彼女の前に出た。


「あとは、俺の仕事だ」


 俺は、鍬を両手で強く握りしめた。

 システムの力は強大だ。ヴィクトリアは今、この世界そのものとリンクしている。

 だが、俺にはわかる。

 どんなに完璧なシステムにも、必ず「隙」がある。

 それは、俺が毎日向き合っている「自然」と同じだ。どんなに分厚いコンクリートで覆っても、必ずどこかに亀裂が入り、そこから雑草が芽を出す。


 その亀裂は、今、目の前にある。

 ヴィクトリアが「完璧な秩序」を維持しようとすればするほど、セレスティアの「不完全な愛」というノイズに対する処理が追いつかなくなっているのだ。


「……見えたぜ。お前の『根っこ』が」


 俺は、鍬を上段に構えた。

 セレスティアの結界が砕け散るのと同時。

 俺は、迫り来る茨の津波に向かって、真っ向から突進した。


「おおおおぉぉぉぉぉっ!!」


 茨が俺の体を掠め、服を引き裂き、皮膚を削り取る。

 激痛が走るが、止まらない。

 俺の目は、ヴィクトリアの胸の中心——システムと彼女を繋いでいる「コア」だけを捉えていた。


『……警告。対象が絶対防壁の内部に侵入。……迎撃……』


 ヴィクトリアが手を伸ばそうとするが、遅い。

 俺は、彼女の懐に潜り込み、鍬の刃を彼女の胸のコアに向かって振り下ろした。


「これが、泥臭い人間の意地だ!!」


 ガキィィィィィン!!


 鍬の刃が、ヴィクトリアの胸のコアに激突した。

 青白い光と、緑色のノイズが激しく交錯し、周囲の空間がガラスのようにひび割れていく。

 システムと特異点。

 完璧な秩序と不完全な泥。

 二つの相反する力が、限界を超えて衝突し、王宮の最深部で爆発的な光を放った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ