完璧な秩序と不完全な泥
ヴィクトリアの放つ緑色の刃が、嵐のように俺に襲いかかる。
その一つ一つが、システムが計算し尽くした「必殺の軌道」を描いていた。
だが、俺の鍬は、その全てを泥臭く、力任せに弾き落としていく。
『……エラー。攻撃の命中率0%。特異点の回避パターンが計算限界を超過しています』
ヴィクトリアの口から、ナビの無機質な声が漏れる。
彼女の表情には焦りも怒りもない。ただ、計算が合わないことへの「処理落ち」が起きているだけだ。
「計算限界? 当然だろ。俺の動きは、明日の天気と同じくらい気まぐれなんだよ」
俺は、刃の雨を掻き分け、ヴィクトリアの懐へと飛び込んだ。
渾身の力で鍬を横薙ぎに振るう。
ガァァァン!!
鍬の刃が、ヴィクトリアの体を守る半透明のシールドに激突した。
シールドは激しく明滅し、亀裂が走るが、完全には砕けない。
『……絶対防壁、損傷率40%。修復プロセスを並行実行』
「チッ、硬えな」
俺が舌打ちした瞬間、ヴィクトリアの周囲の空間が歪み、無数の「茨」が出現した。
かつて彼女が使っていた「深淵の茨」ではない。純粋なデータで構成された、触れたものを即座に分解する「消去の茨」だ。
「アレン様、下がって!」
背後からセレスティアの叫び声が聞こえた。
俺は反射的に後方に跳躍する。
直後、俺が立っていた場所を消去の茨が薙ぎ払い、床のテクスチャが完全に消失して「虚無」の黒い穴が開いた。
『……対象との距離を確保。広域消去プログラムを起動します』
ヴィクトリアが両手を広げると、王宮の回廊全体が緑色の光に包まれた。
壁、床、天井。あらゆる方向から、消去の茨が津波のように押し寄せてくる。
逃げ場はない。
「……アレン様!」
セレスティアが、俺の前に飛び出してきた。
彼女は両手を広げ、迫り来る茨の津波の前に立ち塞がった。
「馬鹿野郎、お前は魔法が使えねえんだぞ! 下がってろ!」
「使えなくても、私には……アレン様にもらった『命』があります!」
セレスティアの胸元で、あの「青いリボン」が激しく発光し始めた。
それは、システムの一部だった彼女が、最後に残した「愛のバグ」。
リボンから溢れ出した青白い光が、ドーム状の結界となって俺たちを包み込む。
ズザァァァァァァッ!!
消去の茨が結界に激突し、激しい火花とノイズを散らす。
茨は結界を削り取ろうとするが、青白い光はそれを必死に弾き返していた。
『……未確認の防壁プログラムを検知。論理構造が不明。……なぜ、消去の力が通じないのですか』
「……お姉様。これが『愛』です」
セレスティアは、結界を維持しながら、ヴィクトリアに向かって叫んだ。
「計算も、効率も、秩序もない。ただ、誰かを守りたいというだけの、不完全で身勝手な感情。……お姉様が一番嫌っていた、ノイズです!」
『……ノイズ。はい、それはノイズです。排除すべき、世界のバグです』
ヴィクトリアの赤い瞳が、さらに強く発光する。
茨の津波の圧力が増し、セレスティアの結界に亀裂が入り始めた。
「くっ……アレン様、私の結界は、長くは持ちません……」
「十分だ。お前はよくやった」
俺は、セレスティアの肩に手を置き、彼女の前に出た。
「あとは、俺の仕事だ」
俺は、鍬を両手で強く握りしめた。
システムの力は強大だ。ヴィクトリアは今、この世界そのものとリンクしている。
だが、俺にはわかる。
どんなに完璧なシステムにも、必ず「隙」がある。
それは、俺が毎日向き合っている「自然」と同じだ。どんなに分厚いコンクリートで覆っても、必ずどこかに亀裂が入り、そこから雑草が芽を出す。
その亀裂は、今、目の前にある。
ヴィクトリアが「完璧な秩序」を維持しようとすればするほど、セレスティアの「不完全な愛」というノイズに対する処理が追いつかなくなっているのだ。
「……見えたぜ。お前の『根っこ』が」
俺は、鍬を上段に構えた。
セレスティアの結界が砕け散るのと同時。
俺は、迫り来る茨の津波に向かって、真っ向から突進した。
「おおおおぉぉぉぉぉっ!!」
茨が俺の体を掠め、服を引き裂き、皮膚を削り取る。
激痛が走るが、止まらない。
俺の目は、ヴィクトリアの胸の中心——システムと彼女を繋いでいる「コア」だけを捉えていた。
『……警告。対象が絶対防壁の内部に侵入。……迎撃……』
ヴィクトリアが手を伸ばそうとするが、遅い。
俺は、彼女の懐に潜り込み、鍬の刃を彼女の胸のコアに向かって振り下ろした。
「これが、泥臭い人間の意地だ!!」
ガキィィィィィン!!
鍬の刃が、ヴィクトリアの胸のコアに激突した。
青白い光と、緑色のノイズが激しく交錯し、周囲の空間がガラスのようにひび割れていく。
システムと特異点。
完璧な秩序と不完全な泥。
二つの相反する力が、限界を超えて衝突し、王宮の最深部で爆発的な光を放った。




