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一行一殺

泥の波が、機械兵器の群れを飲み込む。

 だが、倒しても倒しても、システムは次々と新たな兵器を再構築してくる。

 無限の物量。

 それが、システムが弾き出した「特異点排除」の最適解だった。


「……鬱陶しいな」


 俺は、息を吐き、鍬を構え直した。

 大振りの攻撃は隙が大きい。

 なら、戦い方を変えるだけだ。

 畑の雑草を一本一本、確実に根から引っこ抜くように。

 鋭く。短く。確実に。


 踏み込む。

 一歩。

 目の前の機械兵器のコアを、鍬の刃で貫く。

 爆散。


 二歩。

 横から迫る刃を避け、柄で頭部を粉砕する。

 沈黙。


 三歩。

 跳躍し、空中の敵を唐竹割りに両断する。

 落下。


「アレン様、右からです!」


 セレスティアの叫び。

 振り返らずに鍬を薙ぎ払う。

 三体同時切断。

 光の粒子が散る。


『……エラー。対象の戦闘パターンが変化。予測不能』


 ノイズが響く。

 予測できるわけがない。

 俺の動きは、武術でも剣術でもない。

 ただの「農作業」の応用だ。

 泥の重み、風の流れ、作物の呼吸。

 自然という予測不能なものと向き合ってきた俺の体に染みついた、本能の動き。

 お前らのような、計算通りのプログラムに読めるはずがない。


「次!」


 血と泥にまみれながら、俺は王宮へと続く大通りを突き進む。

 背中には、セレスティアがぴったりと張り付いている。

 彼女の重みが、俺に「守るべきもの」を自覚させ、力を与えていた。


『……防衛ライン突破を警告。対象の排除優先度を最大に引き上げます』


 王宮の上空に渦巻く緑色の文字列が、突如として一箇所に収束し始めた。

 それは、巨大な「竜」の形を成した。

 全長数十メートル。全身が純粋なエネルギーとデータで構成された、システムの最終防衛兵器。


「……竜のテクスチャか。趣味が悪いな」


 俺は、立ち止まり、見上げた。

 竜が、大きく口を開く。

 その奥で、緑色の光が圧縮され、圧倒的な熱量を持ったブレスとして放たれようとしていた。


「アレン様! あれは防げません!」

「防がねえよ。……乗るんだ」


 俺は、鍬を地面に突き立てるのではなく、足元の石畳の隙間に引っ掛けた。

 てこの原理。

 巨大な岩を掘り起こす時の要領で、俺は渾身の力で鍬の柄を踏みつけた。


 バキィィィン!!


 特異点の力によって強度が引き上げられた鍬が、王都の分厚い石畳を数メートル四方ごと跳ね上げた。

 俺とセレスティアは、その跳ね上がった石畳の破片の上に飛び乗る。

 直後、竜の口から放たれた緑色のブレスが、俺たちがさっきまでいた地面を蒸発させた。


「セレスティア! 氷だ! 俺の足場を上へ繋げ!」

「はいっ!」


 セレスティアが杖を振るう。

 空中に跳ね上がった石畳を起点に、巨大な氷の柱が斜め上に向かって急速に成長していく。

 俺は、その氷の柱を駆け上がった。

 竜の二発目のブレスが氷の柱を粉砕していくが、俺の走る速度の方が速い。


『……エラー。対象の三次元機動を予測不能。迎撃システム、追いつきません』


 ナビのノイズが、悲鳴のように歪む。

 俺は、氷の柱の先端から、竜の頭上へと跳躍した。

 眼下に広がる、緑色のデータで構成された巨大な竜の頭部。


「お前らのシステムには、『連携』って概念がねえのか?」


 俺は、重力に身を任せながら、鍬を頭上高く振り上げた。

 そして、竜の脳天——最もデータが密集しているコアの部分に向かって、渾身の力で鍬を叩き込んだ。


 ドゴォォォォン!!


 竜の頭部が物理的に粉砕され、緑色の文字列が四散する。

 コアを破壊された竜の体は、形を保てなくなり、バラバラに崩壊していった。

 俺は、崩壊するデータ群を踏み台にして、見事に地面へと着地した。


「……よし」


 俺は、鍬を肩に担ぎ直した。

 セレスティアとの連携攻撃。泥だけに頼らない、俺たちの戦い方だ。

 王宮の正門が、目の前にある。


「行くぞ、セレスティア」

「はいっ!」


 俺たちは、泥だらけの王宮へと足を踏み入れた。

 静まり返った王宮の内部は、外の惨状とは対照的に、不気味なほど綺麗だった。

 だが、その綺麗さは、人間の手によるものではない。

 壁も、床も、柱も、全てが「緑色の文字列」で構成された、仮想空間に書き換えられていた。


「……ヴィクトリアの野郎、王宮ごと自分をシステムに取り込みやがったな」


 俺は、舌打ちをした。

 目指すは、王宮の最深部。かつての玉座の間。

 そこに、この狂ったシステムの中枢があるはずだ。


 俺たちは、緑色の光に包まれた回廊を進んだ。

 敵の姿はない。

 ただ、無機質なノイズ音だけが、絶えず耳元で囁き続けていた。


『……ようこそ、特異点アレン』


 突然、前方の空間が歪み、一人の女性の姿が浮かび上がった。

 ヴィクトリアだ。

 だが、その姿は、かつての彼女とは異なっていた。

 銀色の髪は緑色に発光し、青かった瞳は、ナビと同じ無機質な赤い光を放っている。

 彼女の体は、半ばシステムと融合し、物理的な実体を失いかけていた。


「……お姉様」


 セレスティアが、震える声で呼んだ。

 ヴィクトリアは、感情の無い赤い瞳でセレスティアを見つめた。


『……未登録データ・セレスティア。あなたは既に消去されたはずのバグです。なぜ、そこに存在しているのですか』

「私は……アレン様が、拾ってくれたからです。アレン様の愛が、私を人間に戻してくれたんです」


 セレスティアは、俺の背中から一歩前に出た。

 大根の刑を恐れて隠れていた彼女が、自らの意志で、姉と対峙したのだ。


『愛。……非論理的な概念です。システムにおいて、愛はバグの温床であり、秩序を乱す最大のノイズに過ぎない』


 ヴィクトリアが、ゆっくりと右手を上げた。

 彼女の周囲に、緑色の文字列が収束し、無数の刃となって浮かび上がる。


『私は、この世界を完璧な秩序で満たします。悲しみも、苦しみも、泥臭さもない、永遠に美しく静かな世界。……そのためには、あなたたちというバグは、ここで完全に消去しなければならない』


 刃が、俺たちに向かって放たれる。

 俺は、セレスティアの前に立ち塞がり、鍬を構えた。


「完璧な世界だと? 笑わせんな」


 俺は、飛来する刃を鍬で弾き飛ばしながら、ヴィクトリアに向かって叫んだ。


「悲しみも苦しみもねえ世界なんて、ただの『死』だ。人間はな、泥の中で足掻いて、泣いて、笑って、そうやって生きていくもんなんだよ!」

『……理解不能』

「理解できねえなら、俺がその頭に直接叩き込んでやる!」


 俺は、床を蹴り、ヴィクトリアに向かって突進した。

 システムと完全に融合した「鋼の女王」と、泥臭い「農民」の、本当の最終決戦が始まった。

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