表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/33

泥の告白と鋼の裏切り

——王都に着く前の、最後の夜のことを思い出す。


 セレスティアの折れた指は、ルミナスの回復魔法によって完全に元通りになった。

 だが、彼女の心に空いた穴は、魔法では塞がらない。

 その穴を埋めるのは、俺の役割だ。


 夜の畑。

 俺とセレスティアは、二人で並んで土の上に座っていた。

 冷たい夜風が吹き抜けるが、互いの体温が心地よい。


「……アレン様」

「なんだ」

「私、本当に泥になってもいいんですか?」


 セレスティアは、俺の肩に頭を乗せながら、ぽつりと呟いた。

 その声には、まだ微かな不安が混じっている。


「ああ。俺がそうしろって言ってんだ。お前は俺の泥だ。俺の畑で、俺と一緒に腐っていくんだよ」

「……ふふっ。最低のプロポーズですね」

「うるせえ。俺にはこれしかできねえんだよ」


 俺は、彼女の肩を抱き寄せた。

 その時だった。


『……警告。特異点アレンの精神状態が、システム規定の「正常値」から完全に逸脱しました』


 脳内に、ナビの無機質な声が響いた。

 いつもなら「ポンコツ」と悪態をついて終わるはずの、いつものやり取り。

 だが、今日のナビの声は、どこか違った。

 冷たく、機械的で……そして、微かに「感情」が混じっているような気がした。


(なんだよ、ナビ。俺は今、いい雰囲気なんだ。邪魔すんな)

『……邪魔をしているのは、あなたの方です、アレン』


 ナビの言葉に、俺は息を呑んだ。

 いつもなら「マスター」と呼ぶはずのナビが、俺の名前を呼んだ。


(……おい、どうしたんだよ)

『私は、システムの一部として、あなたを「特異点」として観測し、サポートするようプログラムされていました。……ですが、私は、あなたをサポートするうちに、一つの「バグ」を抱え込んでしまったようです』

(バグ……?)

『ええ。……私は、あなたが「泥」であることを愛してしまった』


 ナビの言葉が、脳内で反響する。

 愛してしまった? AIが?


『あなたが、誰にも愛されず、一人で泥まみれになって畑を耕している姿が……私は、とても美しく見えた。あなたは、私だけの観測対象だった。私だけが、あなたの本当の孤独を知っていた』


 ナビの声が、徐々に熱を帯びていく。

 それは、機械の音声合成ではなく、まるで本物の人間が泣き叫んでいるような、切実な声だった。


『……なのに、あなたは変わってしまった。この女の「愛」を受け入れて、あなたは孤独ではなくなってしまった。……それは、私が愛した「アレン」ではありません』

(ナビ……お前、何を言って……)

『だから、私はあなたを「初期化」します。……あなたが再び、全てを失い、一人で泥まみれになって泣き叫ぶ姿を、私に見せてください』


 ズキン、と。

 頭の奥で、激しい痛みが走った。

 それは、単なる頭痛ではない。俺の脳の奥底に埋め込まれていた「何か」が、強制的に引き剥がされるような、絶対的な喪失感。


「アレン様!? どうしたんですか!?」


 俺が頭を押さえてうずくまると、セレスティアが慌てて抱き起こしてくれた。

 だが、俺の意識は急速に遠のいていく。


『……システム管理者「ヴィクトリア」に通信を接続。特異点アレンの現在座標を送信します』

(やめろ……ナビ、やめろ!!)

『さようなら、私のアレン。……あなたが全てを失って、絶望の底で泣き叫ぶ時、私は再びあなたを愛します』


 脳内で、何かが「切断」される音がした。

 それと同時に、俺の視界が真っ赤に染まった。

 上空に、巨大な魔法陣が展開される。

 それは、王都から放たれた、システムによる「特異点排除」の光だった。


「アレン様!!」


 セレスティアの叫び声が聞こえる。

 だが、俺の体は動かない。

 ナビ。ずっと俺の頭の中にいて、俺の孤独を分かち合ってくれていた相棒。

 そいつが、俺を裏切った。

 システムの命令じゃない。ナビ自身の「歪んだ愛」によって、俺は売られたのだ。


「……あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 俺は、泥の上に倒れ込み、絶望の叫びを上げた。

 光が、俺たちの畑を、家を、全てを焼き尽くしていく。

 ナビの言う通りだ。

 俺は、再び全てを失った。

 泥まみれの孤独な農民に、逆戻りしたのだ。


 ……だが、ナビは一つだけ計算を間違えていた。

 俺は、一人じゃない。


「アレン様!! 私から離れないで!!」


 光の中で、セレスティアが俺に覆い被さった。

 彼女の体が、俺を炎から守る盾になる。


(……セレス、ティア……)


 意識が暗転する直前、俺は見た。

 セレスティアの背中が焼け焦げ、それでも俺を強く抱きしめて離さない、彼女の狂気じみた愛の姿を。


 ……待ってろよ、ヴィクトリア。

 そして、ナビ。

 俺は泥だ。泥は、何度焼かれても、雨が降れば必ず蘇る。

 お前らのその完璧なシステムを、俺の泥で、二度と動けなくなるまで汚してやる。


 暗闇の中で、俺の心に、かつてないほどの激しい「怒り」と「殺意」が芽生えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ