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王都への帰還

夜が明け、俺たちは王都の城門前に到着した。

 かつて栄華を極めた白亜の城壁は、無数の黒い爪痕によって無残に削り取られ、一部は完全に崩落している。城門は内側から破壊され、鉄の扉がひしゃげて地面に転がっていた。

 周囲に人の気配はない。

 ただ、濃密な血の匂いと、魔物が放つ独特の腐臭だけが漂っている。


「……ひどい有様だな」


 俺は、崩れた城門を見上げながら呟いた。

 シオンは無言で剣の柄を握りしめ、ギリッと歯を食いしばっている。

 セレスティアは、青ざめた顔で自分の生まれ故郷の惨状を見つめていた。


「アレン様……。ここは、私の……」

「見なくていい」


 俺は、セレスティアの視界を遮るように彼女の前に立った。


「お前は後ろに下がってろ。ここから先は、泥と血にまみれる仕事だ。王女様が手を汚す必要はねえ」

「ですが……!」

「俺の言うことが聞けねえのか」


 俺が低く睨みつけると、セレスティアは唇を噛み締め、小さく頷いた。

 彼女の「重い愛」は、こういう時に役に立つ。俺の命令を「愛の証」と勘違いしてくれるおかげで、危険な場所から遠ざけることができる。

 だが、その勘違いを利用している自分自身に、少しだけ嫌悪感を覚えた。


「行くぞ、シオン。案内しろ」

「ああ。王宮へ向かう最短ルートは、中央の大通りだ。だが、そこは間違いなく魔物の巣窟になっている」

「構わねえ。正面突破だ」


 俺は、肩に担いだ鍬を握り直した。

 ナビとのリンクが切断された今、俺の身体能力は「ただの農民」のレベルに戻っている。セレスティアの魔力バフも、俺が禁止したため使えない。

 頼れるのは、泥を耕し続けた腕力と、この鍬一本だけだ。


 城門を抜け、王都の内部に足を踏み入れる。

 かつては美しい石畳が敷き詰められていた大通りは、魔物の足跡と瓦礫で埋め尽くされていた。

 両脇に立ち並ぶ商店や住宅の扉は破られ、窓ガラスは粉々に砕け散っている。


「……誰もいないな」


 シオンが、周囲を警戒しながら呟く。


「生存者は、地下の避難所に逃げ込んだか、あるいは……」

「あるいは、全部食われたか、だな」


 俺は、道端に転がっている「赤い染み」から目を逸らした。

 見たくない現実は、見ないに限る。


 大通りをしばらく進むと、前方の交差点に、黒い塊が群がっているのが見えた。

 シャドウ・ウルフの群れではない。

 二足歩行で、全身が岩のように硬い皮膚で覆われた魔物。「ストーン・ゴブリン」だ。

 数は、ざっと五十体。


「……厄介な奴らが出たな」


 シオンが、剣を構えながら舌打ちをした。


「ストーン・ゴブリンは、物理攻撃に対する耐性が極めて高い。俺の剣でも、致命傷を与えるのは難しいぞ」

「なら、俺の出番だな」


 俺は、鍬を両手で構え、一歩前に出た。


「おい、アレン! 無茶をするな。お前は今、バフがかかっていない状態なんだぞ!」

「関係ねえ。硬い土を砕くのも、硬い岩を砕くのも、やり方は同じだ」


 俺は、ストーン・ゴブリンの群れに向かって駆け出した。

 ゴブリンたちが俺に気づき、一斉に鈍重な足音を響かせて向かってくる。


「シオン、足止めを頼む! クロエ、セレスティアから離れるな!」

「承知した!」

「任せろ!」


 シオンが、素早い動きでゴブリンの群れに切り込み、剣の腹で打撃を与えて体勢を崩していく。

 俺は、体勢を崩したゴブリンの頭上に向かって、渾身の力で鍬を振り下ろした。


 ガァァァァン!!


 金属と岩が激突する、鼓膜を劈くような轟音。

 ゴブリンの硬い頭蓋が、蜘蛛の巣のようにひび割れ、砕け散った。


「よし、一匹!」


 俺は、そのまま鍬を横に薙ぎ払い、別のゴブリンの胴体を叩き割る。

 バフがなくても、俺の力は十分に通用する。

 だが、問題は「数」だ。

 倒しても倒しても、ゴブリンの群れは後から後から湧いてくる。


「アレン、キリがないぞ!」


 シオンが、息を切らしながら叫んだ。


「王宮から、次々と魔物が送り込まれている。このままじゃ、ジリ貧だ!」

「わかってる! だが、ここを突破しねえと王宮には行けねえだろ!」


 俺は、迫り来るゴブリンの腕を鍬の柄で受け止め、蹴り飛ばした。

 腕の筋肉が悲鳴を上げている。

 やはり、ナビのサポートがない状態での戦闘は、消耗が激しい。


「アレン様!」


 不意に、後方からセレスティアの声がした。

 振り返ると、彼女が両手を胸の前で組み、再びあの青白い光の粒子を発生させようとしていた。


「おい、やめろと言っただろ!」

「ですが、このままではアレン様が……! 私、少しだけなら……!」

「少しでも駄目だ! お前の魔力は、システムを刺激する! これ以上ヴィクトリアに隙を見せるな!」


 俺が怒鳴りつけた瞬間。


『——警告。不正な魔力波形を検知。排除プロセスを実行します』


 頭上から、無機質な声が降ってきた。

 ナビの声ではない。もっと冷たく、機械的な声。


 俺たちは一斉に見上げた。

 交差点の真上、空中に浮かぶようにして、一体の「それ」が存在していた。


 銀色の流線型の装甲に覆われた、人型の機械。

 顔の部分には目も鼻もなく、ただ赤いレンズのようなものが一つだけ光っている。

 背中からは、光の翼のようなものが展開されていた。


「……なんだ、あれは」


 シオンが、呆然と呟く。

 俺も、初めて見るその異形の存在に、息を呑んだ。

 魔物ではない。魔術で作られたゴーレムとも違う。

 それは、明らかに「高度なテクノロジー」によって作られた兵器だった。


『ターゲット・セレスティアを確認。排除を開始します』


 銀色の機械が、右腕をセレスティアに向けた。

 その腕の先端が変形し、砲身のようなものが現れる。

 砲身の奥で、赤い光が収束していく。


「セレスティア、伏せろ!!」


 俺は、全速力でセレスティアに向かって駆け出した。

 だが、間に合わない。

 機械の砲身から、極太の赤いレーザーが発射された。


「殿下!!」


 クロエが、セレスティアの前に飛び出した。

 彼女は、両腕を交差させ、自身の魔力を最大限に高めて防御壁を展開する。


 ズドォォォォン!!


 赤いレーザーが、クロエの防御壁に直撃した。

 凄まじい閃光と爆音が、王都の大通りを包み込む。

 周囲の瓦礫が吹き飛び、熱波が俺の頬を焼いた。


「クロエ!!」


 俺は、爆煙を掻き分けて飛び込んだ。

 煙が晴れた後、そこには、全身を黒焦げにして倒れ伏すクロエの姿があった。


「クロエ……! 嘘……クロエ……!」


 セレスティアが、クロエの体にすがりつき、悲鳴のような声を上げる。

 クロエは、ピクリとも動かない。

 即死だ。

 あのレーザーの威力は、人間の肉体が耐えられるレベルのものではなかった。


『排除プロセス、失敗。ターゲット・セレスティアの生存を確認。再充填を開始します』


 上空の機械が、再び右腕の砲身をセレスティアに向けた。


「……ふざけんな」


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 頭の中で、何かがブツリと切れる音がした。


 俺は、クロエのことが好きだったわけじゃない。

 無愛想で、殺し屋で、セレスティアに盲従するだけの、面倒な女だと思っていた。

 だが、彼女は、俺たちの仲間だった。

 俺の目の前で、理不尽な力によって命を奪われる理由なんて、どこにもない。


「アレン……」


 シオンが、俺の背中を見て息を呑んだ。

 俺は、鍬を地面に突き立て、上空の機械を睨みつけた。


「おい、ガラクタ」


 俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。


「俺の畑の案山子の方が、まだマシな面構えをしてるぜ。……今すぐ、その薄汚いツラを泥に沈めてやる」


 俺は、鍬を両手で握りしめ、地面を蹴った。

 ナビのサポートはない。セレスティアのバフもない。

 ただ、純粋な怒りだけが、俺の体を空高くへと跳ね上げた。

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